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私はその日映画を見なかった①

豊岡市に寄る予定はなかった

運命のような出会いの導きは、その前の日から始まっていた。

前夜、兵庫県は城崎温泉のつるや旅館に泊まった。奮発して夕食付のプランにし、至福の時間を楽しんでいた。
女ひとり、岩手から車で来た私を気遣ってか、面白がってか、宿の人がたくさん話しかけてくれた。偶然にも同じ青森県出身の彼から、出石市を散策することを勧められた。
私は翌日、言われたとおりに出石市へと向かった。

出石市に向かう途中、豊岡市の街並みに目を奪われた。
古く懐かしく、どこか能天気で、初夏の晴れの日がよく似合う景色。散策したい欲望に駆られるも、我慢して車を走らせる。しかし出石市に着いても、その欲望は消え去るどころか膨らみつづけた。
出石市も良い街並みだったが、私は踵を返していた。豊岡市に向かった。

フレンドリーなフレンド

歩道橋を登ったり降りたり、アーケード街を行ったり来たり、満足いくまで歩き倒し、お腹が空いたので通りがかりの喫茶店で昼食を摂った。

「フレンド」という名の、喫茶店。赤い椅子、本の山、綺麗に整えられた植物、灰皿。私の大好きな空間が広がっていた。
食事は、ひとつひとつ手が込んでいて家庭的で、胃に沁みる味。小鉢がいっぱい。美味しい、ありがたい。

食材はすべてその土地のもの

ここのオーナー夫婦も、たくさん話しかけてくれた。
「隣の豊岡劇場ね、今日は休みだけどね、最近オーナーが変わって頑張っているのよ。若い子さんは突っ走ってすごいわね。今日も休みだろうけど、きっと店の中で色々やっているんでしょうね」
「あなたも若い子さんなんだから、今できることは頑張って、でも息詰まる前にしっかり休むのよ。投げやりにならないで、自分を大切に」

あまりにも完璧の時間で、感極まって、「また豊岡に来たら、絶対ここに来ます」なんて言って、店を後にした。
外に出て、ほー、ここが豊岡劇場か、とぼんやり外観を眺める。
歴史を感じる外壁、かっちょいい。けれど内心、映画の街である盛岡に住む私は、ここもよくある映画館のひとつなんだろうなー、とどこか上から目線だった。
休みで残念だけど、豊岡にまで来て映画を見ることもないだろう、さようなら。そう思い、歩く速度を上げる。

「こんにちは」
うしろで声がした。振り返ると、豊岡劇場の扉が開いている。
「こんにちは」
男性がもう一度挨拶をする。私に向けられた挨拶だと気づく。
「こ、こんにちは?」
私は不安げに挨拶をする。
「今日、休みなんですけど……中、見ていきますか?」
「ほへ?」

私は豊岡劇場に導かれていた。

((続く))



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