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最愛は海色 第5章

日曜の昼下がりの葦毛崎展望台は、カップルや家族連れ、若者のグループなどで賑わっていて、車がひっきりなしに出入りしている。ドアを開けようとすると、海から吹く強い風に煽られた。
ホロンバイルの壁は淡いクリーム色で、ドールハウスのようだといつも思う。優多さんはまきば、私はミックスC(まきばとマスクメロンの、ちょっとリッチなやつ)を注文した。
「風が強いし、店内は混んでいるし、車の中で食べようか」
「そうですね」
目の前に駐車している車の中でも、カップルがソフトクリームを頬張っている。目が合って、少し気まずかった。
「美味しそうに食べますね」
ソフトクリームを食べながらシャッターを切ろうとする優多さんは、てんやわんやしていた。

「そよかさん、歩くのって平気?」
「海を見ながら歩くのは大好きです」
「このあたりをゆっくり散歩してもいいですか」
「もちろん!」
ときおり車に乗って移動しながら、海沿いをひたすらに歩いた。
階上海岸の芝生を踏む足の感触、遠くを見れば見るほど薄くなる空の青。雲の動きは速く、空の広さを思い知る。水面は日光を受けて、宝石のように輝く。
自然はいつだって動じない。私たちを歓迎するわけでも拒むわけでもなく、ただ存在している。情報の数は少ないはずなのに、圧倒的なエネルギーを放っている。
「いい光」
優多さんはひとり言のように呟き、私にカメラを構え続ける。ファインダーを覗く時の、片目を瞑ってくしゃくしゃになる顔が好きだ。
海風に煽られて揺れる髪やスカートや、柔らかく光る海。この目で見た記憶が、次々と写真になって形に残されていく。
しがらみから一番遠い場所に、ふたりきりのような気がした。

帰路に着く。太陽は西へと傾き、あたたかなオレンジ色の日差しがすべてを包みこんだ。
この強烈なオレンジ色は、八戸でしか見ることのできない夕日だと思っている。穏やかな太平洋からの贈り物。この夕日を浴びながら育ったことを、誇りにさえ思う。
騒がしく鳴いていた蕪島のウミネコの声も遠く、鮫町から湊町にかけての細く曲がった坂を、優多さんの運転する車は走り抜けていく。
太陽は次第に姿を消した。夏は、暗闇になりきることのない、夕方でも夜でもない時間が存在する。この時間と、安心する優多さんの運転に身を委ね、ゆっくりと息を吐いた。

ごまかしようのないひとつの感情。人が人に惹かれるということ。
「優多さんのこと、好きです」
優多さんは少し間を置いて、嬉しそうに頷いた。
「僕もです」
優多さんはそう言って、左手でそっと私の手に触れた。はじめて優多さんに触れた瞬間だった。

「着いたよ。ほんとうに、僕の家と近いなぁ」
優多さんははにかんで笑った。
「また、散歩しましょう。夜に抜け出したりして」
「いいね、楽しみだな。今日はありがとう。またね」
「またね。おやすみなさい」
あたりはすっかり夜になっていた。夜の暗さは、永遠を思わせる。

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