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最愛は海色 第4章

ゴールデンウィーク以来ライブはなく、せっせと家に籠って新曲を作る日々が続いた。
このごろラブソングが増えた。感情の揺れ動きを形にしなければ落ち着かない。どこまでも素直な自分に、肯定と否定の気持ちが半分ずつ存在する。
梅雨が明ければ、暑い日々が続くらしい。天気予報を見る回数も増えた。
 
「今週の日曜日、空いていますか? そよかさんの写真を撮りたいです」
優多さんからメッセージが届いたのは、火曜日の下校帰りだった。
「空いています。ぜひよろしくお願いいたします!」
うきうきしながらすぐに返信をした。
それからは、週末を指折り数えて待つ日々が続いた。いつもより長めにお風呂に入ったり、多めに化粧水を塗ったりして過ごした。
 
「ついに明日ですね!」
「迎えに行きます! お家はどちらに?」
「湊高台にあります」
「え、僕もです。なんで今まで会わなかったんだろう」
準備は万端。ベッドの上で月明かりを頼りに、携帯を操作する。
窓から住宅地を眺める。この家々のどこかに優多さんが住んでいると思うと、一気に気分は高揚した。
 
当日。優多さんは親から譲ってもらったという軽自動車で、私の家まで迎えに来た。
「早く車に乗りたくて。僕、五月産まれなんですけれど、誕生日きてすぐに合宿行って、最短で免許取りました」
「どうしてそんなに早く免許が欲しかったんですか」
「いろんなところに行って、たくさん写真を撮れるから。人を乗せるのは今日がはじめてです。気を付けて運転するから、安心して乗っていてくださいね」
車窓に貼られた初心者マークが、反射して光った。
「今日はどこに行くんですか」
真剣にハンドルを握る優多さんの横顔を覗き見しながら、話しかける。
「やっぱり、海かな」
「やっぱり、海ですよね」
「うん、海しかないし。海が、好きだし」
海は、八戸の宝だと思う。ある映画のロケ地として選ばれ、話題になったこともある。監督は、「この映画を撮れる場所が日本にはないと思っていた、八戸に来るまでは」と言ったらしい。
波の行く先を辿ればひとつにつながっているはずなのに、海は場所によって表情を変えるから不思議だ。八戸の海は、人の心に近い青色をしている。
「海に行くなら、ホロンバイルに行きたいです!」
「いいね、賛成! でもまずは、お昼ご飯を先に食べようか」
八戸にできたばかりのチェーン珈琲店で、味噌カツパンを注文した。優多さんは悩みに悩んで、シロノワールを注文していた。
「これからソフトクリーム食べるのに、お腹大丈夫ですか」
「大丈夫。僕、お腹強いから」
どや顔をする優多さんはいじらしい。こんな時に人は、写真を撮りたいと思うのだろう。
 
「僕ね、通信制の高校に通っているんです」
運ばれてきた冷水を弄びながら、優多さんは私に打ち明けた。
「そうなんですね。それは、なんでですか?」
「ひとつは、中学生のときに不登校だったから。もうひとつは、できるだけ長い時間カメラと向き合いたいから」
優多さんのまなざしは、真剣だ。
「夢に向かって本気なの、かっこいいです。私はいまだに、自分が何をしたいのか分からないな」
「そよかさんは、歌い続けたらいいと思います。そよかさんには歌が必要でしょう」
優多さんの言葉は、私の心の深いところに響いた。この言葉はきっと、お守りとなるだろう。
「私も学校が辛いです。気持ち、分かります」
「勉強が不要だとは思ってはいない。教育は受けたい。けれど、社会性は学校に行かなくても、養えると思ってる」
「私もそう思います。でも、今の生活を変えるほどの勇気はないし、この考えだけが正解じゃないことも分かる。だから私は、他の居場所を見つけて息抜きをしながら、なんだかんだ普通に学校に通い続けると思う」
ゆっくり言葉を紡ぐ私を、優多さんは穏やかな眼差しで見守ってくれていた。
 

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