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◆仕事が大好きな私が、我が子の誕生を家族のイベントにした話

祭り女

学生時代は学園祭を運営するサークルに所属していた。卒業してからも高校の同窓会の幹事は何度かやった。会社では「創業とともに社員の活躍を祝う行事をやろう」と企画して産休に入る5周年まで毎年やった。

人混みや群れることは苦手なほうだが、なにかと「祭りごと」が好きな体質なようだ。


初孫、初ひ孫

我が子は、両親にとって初孫、祖母にとっては初ひ孫だった。兄弟も従兄弟もいるから、おそらく彼らにとっては念願の。祖母に至っては「どこどこさんのところは、この前3人目のひ孫が〜」と、親族に会うたびに耳にタコ話をしていたそうだ。

だから、我が子の生誕を夫婦の、だけでなく、『家族のイベント』にしたかった。そうすることで、喜びを最大限分かち合いたかった。


それぞれへお願い事

コロナ禍で派手なことはできないため、考えたのが以下。

◆祖母には、趣味の書道を生かしてもらい、命名書を書いてもらう
◆父には、家族旅行が減ってしまいっぱなしだったカメラを出してきてもらい、都度都度写真を撮ってもらう
◆母には、昔よくしていた裁縫を思い出してもらい、トッポンチーノを作ってもらう


出産前の年末、帰省の際に各自に指示出し。笑

結果は大成功だったと思う。

祖母は何枚も何枚も書いてくれて、どれもよい出来で1枚を選ぶのが大変だった。額に入れて、自宅に飾ってある。我が子が理解できるようになったとき、大おばあちゃんからの贈り物として、どれだけ喜んでくれるだろうか。

父は入院時からはぼ毎日写真を撮ってくれた。退院後主人が来てくれたときは家族写真も撮れたし、90歳差の祖母と我が子のツーショットは写真展に出しても恥ずかしくないくらいとってもいい写真だった。里帰りが終わり、自宅に戻る際はCD-Rを2枚も持たせてくれた。

母の裁縫熱はトッポンチーノに留まらず、おくるみ、スタイ、パンプキンパンツ、、、といろいろ作ってくれた。おかげで買わずに済んだ、のは言うまでもないが、母チョイスのセンスのよい生地ばかりで、うれしい。


手がかからない子

わたし自身、主人との同棲や犬を飼い始めたこと、結婚式、マイホーム購入、すべて親には相談なしに行った。長女気質のせいもあるし、離れて暮らしているというのもチープだが言い訳のひとつだ。親に迷惑をかけない、そう考えると罪悪感も薄れた。しかし、マイホーム購入時に電話で報告した際、「もっと早く言ってくれたら、いろいろ工面したのに」という母の悲しそうな声がいまだ耳に残っている。

親にとって、手がかからないいい子。
どこかでずっとわたしは、それを演じていたのかもしれない。もはや、それが自分のアイデンティティになってしまっているのかもしれない。

そんなこともあって、我が子の生誕は、親に「お願い事」をする、わたしのイベントでもあった。


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P.S. 散歩してたら、日傘の柄がうつって、とってもラブリーなお顔になっていました。

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