週刊 表の雑記帳 第七頁_アビガンの戦略を見直そう
今週の目についた報道はtwitter参照。
アビガンは本当に効かないのか
今週半ば、「治療薬アビガン、有効性示せず」という見出しの一見衝撃的な記事が飛び込んできた(こちら)。五月中の承認を目指すと安倍首相も意気込んでいたアビガンだが、一体何があったのか。
共同通信の記事によると、「国の承認審査にデータを活用できると期待された臨床研究で、明確な有効性が示されていないこと」が分かったとのこと。しかしこれだけでは期待が裏切られたのか、まだ望みがあるのか、判断しかねる。その後のNHKによる記事(こちら)では、もう少し詳細に報道されている。記事から該当部分を引用する。
国内での臨床研究は、愛知県にある藤田医科大学など複数の施設に入院している軽症や無症状の患者86人を対象に入院初日から最長で10日間アビガンを投与する人たちと入院6日目以降に投与する人たちに分けて、ウイルスが6日目の時点で減っているかどうか比較するという方法で行われています。
臨床研究は、第三者の委員会が評価することになっていて、関係者によりますと、半分に当たる患者40人余りについての中間段階での解析の結果、「有効性の判断には時期尚早のため、臨床研究を継続すること」とする意見が出されたということです。
つまり予定している患者数の半数程度の時点における中間解析結果に基づいて報道がなされたということ。実はこれはアビガンが有効ではないということを必ずしも意味しない。なので記事の中でも「有効性の判断には時期尚早のため、臨床研究を継続すること」と記述がある。臨床試験の中間解析というのは通常、これ以上その臨床試験を進めても患者の安全性等に重大な問題がなさそうかひとまず確認してみる、といった意味合いで実施されることが多い。中間解析の時点で何か想定外の副作用が起こることが分かった、とかそういうことがあれば、患者の安全性を最優先してその試験をその時点で中止するといった判断に至る。勿論劇的な有効性がみられていればそういったコメントが出ることもあるだろうし、その中間結果をもって続く試験デザインを柔軟に変更していくといった手法も昨今は取られるが、今回はとりあえずそういうことではなかったということ。しかも臨床試験というのは通常、目標とする患者数(あるいはそれに近い数字)を満たしたときに統計的な有意差が示されるよう設計されている。つまりまだ目標患者数の半数の現時点では、統計的に結果を議論できない。ここは焦らず、最終的な結果を待つしか判断のしようがない。
悪意のある記事の見出し
このように見ていくと、最初の記事の見出しは随分と悪意があるように思える。控えめに言って、誠意に欠ける。見出しだけ見て記事の内容を詳細に確認しない人はとても多い。まともに記事を読む人より多いだろう。そういう人に対してかなりの印象操作になってしまう。なお悪いことは、これが英語の記事としても世界に発信されていることだ。例えば毎日新聞の英語版では "Clinical trials put efficacy of anti-flu drug Avigan in doubt as coronavirus treatment" との見出しで報じている(こちら)。同様に共同とジャパンタイムズはそれぞれ "Antiflu Avigan not showing apparent efficacy in coronavirus treatment"、"Drug Avigan that was pushed by Abe falls short in COVID-19 trials" との見出しで報じている(こちらとこちら)。実はこれらの記事の内容は一言一句全て同じ。内容はどの紙も共同から提供された記事を使って、見出しだけ変えているのだ。毎日の見出しは、臨床試験の結果によりアビガンの効果に疑問符が付いた、といった趣旨。まあこれも厳密に言うと正確ではないのだが、より悪質さが際立つのはジャパンタイムズだろうか。"fall short" とは、達しないとか満たさないとかいう意味である。既に書いたが、臨床試験の主要評価項目を達成しなかったわけでは現時点でなく、臨床試験の継続を検討する中間解析の結果が議論されている段階である。国内の記事にしても海外向けの記事にしても、このような誠意に欠ける見出しを見ると、先発品の評判を落としたいチャイナか五月中の承認をしたくない厚労省か一時的に富士フイルムの株価を下げたい何者かの意図が働いているのではないかと勘繰ってしまうレベルである。実際、報道があった五月二〇日、富士フイルムの株価は大きく下がっている(以下のチャート、引用元はこちら)。
臨床試験のデザインひとつで結果は大きく変わる
そもそも、(まだ不明だが)仮にアビガンが武漢ウイルスに対して有効であっても、臨床試験で有効性を示さないことはあり得る。それは、その臨床試験デザインの中では統計的有意差を示さなかったということ。異なる臨床試験デザインでは示す可能性はある。その場合、臨床試験としては主要評価項目未達で失敗だが、薬の有効性は必ずしも否定されない。ただ当然ながら、そのデータをもってその薬を薬事承認するということはとても困難だ。なのでどのような臨床試験デザインで薬の有効性や安全性を確認するかというのは非常に重要なのだ。実際、ある臨床試験のデザインでは有効性が示されるが別のデザインでは示されないということは、同じ薬を同じ疾患を対象に試験していても起こることで、採用する試験デザインによってその薬が承認されるか承認されないかが分かれてしまうということも珍しいことでは決してない。この点で言うと、新薬を開発する製薬会社にとって、適切な臨床試験デザインを組むことは、場合によっては企業の命運を左右する程の死活的に重要なポイントなのだ。例えば今回の武漢ウイルスのように、特別な治療をしなくても多くの患者が回復するような場合、有効性を示すのは実は難しい。というより、有効性の示し方が難しい。では報道されている臨床試験はどのようなデザインなのか。
藤田医科大学の臨床試験はウイルス量を比較している
こちらに藤田医科大学が中心となって実施している臨床試験の概要が示されている。この概要と上で引用したNHKの記事の情報を総合すると、この臨床試験の対象は無症状・軽症の武漢ウイルス感染者86名。以前のnote(こちら)でも記したが、アビガンは経口投与なので呼吸器を付けるような重篤な患者には使いづらいからだろう。そして試験のデザインとしては、アビガンを入院初日から10日間経口投与する群と入院6日目から10日間経口投与する群とに分けて、6日目の時点におけるウイルス量低減効果を検討するというもの。つまり6日間アビガンを飲み続けた時点でのウイルス量と6日間アビガンを飲まずに過ごしたときのウイルス量を比較して、前者でウイルス量が減っていればアビガンの効果と言えるのではないでしょうか、ということだ。後者が6日目からアビガンを飲み始めるのは、前者に割り当てられた患者はアビガンを飲めるのに後者に割り当てられた患者は飲めないというのでは、倫理的に問題があるからだと推測される。
さて、ウイルス量低減効果の検討ということだが…なるほど、これは有効性を示しにくそうだ。ウイルス量を評価項目にすると、ウイルス量に関係なく症状は時間経過とともに安定するかもしれないし、重症化・重篤化を防いだり回復までの期間を短縮したり、死亡率を下げたりといった評価項目と比べると有効性を示しづらい。しかも今回の場合、最初の6日間にアビガンを飲むかどうかの違いはあるが、結局どちらの群もアビガンを10日間飲むので、その先の長期的な効果(例えば重篤化予防、回復までの期間短縮、死亡率低下)を比較してもアビガンによる治療効果だという結果を示しにくいデザインになっている。
そもそもアビガンは、RNAウイルスのRNA伸長を停止させる活性を有する薬剤である。つまり、ウイルスの感染を防ぐものではなく、感染した後にウイルスが体内で増殖していくことを防ぐものだ。詳しくは、実際にアビガンを開発した富山大学名誉教授の白木公康先生がこちらやこちらの寄稿で解説されているので参照されたい。この薬剤の性質を考慮すると、単純に有効性を示そうと思うと、無症状・軽症の武漢ウイルス感染者の6日後のウイルス量を比較するのはあまり得策とは言えないと考える。重篤な肺炎へと進行して死に至る可能性のある武漢ウイルス感染者というのは、肺においてウイルスが大量に増殖し炎症を引き起こし呼吸困難等の症状を呈するものと思われる。呼吸困難が出てくるのは発熱後8日程度とも言われている。そう考えるとアビガンに期待することとしては、このように重篤な肺炎へと進行してしまう患者を減らすということに焦点を当て、感染早期からアビガンによる治療を開始し肺におけるウイルスの大量増殖を未然に防ぐということだろうと思われる。この点、藤田医科大学の臨床試験はこうした効果の検証には向いていない(そもそも他の目的をもってデザインしたのだと思う)。
富士フイルム富山化学の臨床試験は症状を比較している
この臨床試験とは別に、アビガンの製造元の富士フイルム富山化学が実施している臨床試験もある(こちら)。この臨床試験は非重篤な肺炎を有する武漢ウイルス感染患者を対象に、肺炎の標準治療にアビガンを追加した時の治療効果が追加しない場合と比べて上回ることを検証するもの。主要評価項目は有効性として体温、酸素飽和度(SpO2)、胸部画像所見の軽快及び武漢ウイルスが陰性化するまでの時間をみており、副次項目は安全性と、有効性として患者状態推移をみている。こちらも武漢ウイルスが陰性化するまでの時間をみている点では藤田医科大学の臨床試験と少し似ているところがあるが、それに加えて体温、酸素飽和度、胸部画像所見の軽快、患者状態推移といった項目も評価するので、より総合的にアビガンの効果を検証できそうだ。更に言うと、非重篤な肺炎を有する患者を対象にしていることも大きなポイントだ。既に肺炎の症状を呈している患者がより重篤化していくことを防ぐ効果を検証できる。藤田医科大学の臨床試験では無症状・軽症の感染者を対象にしているので、そもそも何の症状も現れていない患者も含まれるし、肺炎に進行しない患者も含まれるので、重篤な肺炎への進行を防ぐというアビガンに期待する治療効果を示すことがやはりそもそも難しい。明確に有効性を示していくという意味では、こちらの富士フイルム富山化学が実施している試験の方が有望そうだ。こちらの記事によると、藤田医科大学が実施している試験の結果は8月末、富士フイルム富山化学が実施している試験の結果は6月末に出るとのことで、まずは6月末を楽しみに待つしかないだろう。
五月中の承認は可能なのか
しかし気になるのは五月中の承認と意欲的な目標を口にする安倍首相だ。こちらの記事では、アビガンの承認について次のように述べたと記載がある。
「薬事承認の審査に当たっては、従来のように治験成績の提出は必須とせず、観察研究や臨床研究等の成果も活用することで有効性が確認されれば、今月中の承認を目指したい」
これなら確かに富士フイルム富山化学が実施している試験の結果が出ていない状況でも、他の観察研究等の結果で審査することができる。しかし果たしてそれで良いのかは疑問が残る。なぜなら観察研究は基本的に、アビガンを使った患者のデータを蓄積して分析するもので、使わなかった患者との比較は厳密にはできないからだ(例えばこちら)。アビガンを使った患者で症状が改善したかどうか、改善までの期間がどのくらいだったか、死亡率はどのくらいか、といったデータは取得できるが、ではアビガンを使わなかったとしたらどうなのかという比較検証ができないので、アビガンの有効性を議論するのは非常に難しい。その点、明確にアビガンの上乗せ効果を検証できる富士フイルム富山化学が実施している臨床試験とは違う。
それに、承認するためには当然ながら申請を受ける必要があるが、そもそも五月二二日時点ではまだアビガンについて申請はなされていないようだ(こちら)。申請されていないものは承認できない。企業側も、どのようなデータで申請していけば良いのか迷いがあるのだろうと推測される。五月中の承認に黄色信号が点ってきたように見える。
第n波に備えて戦略を変えよう
このような状況下では、一層のこと戦略を変えるのが良いのではないだろうか。既に実施されている観察研究や臨床試験の中間解析結果等から安全性をしっかり検証し、有効性については期待されるが否定はされないという状況だけは最低限確認し、非常事態における世界的な福祉向上のため条件付き承認のような形にして医療現場で使用しやすい環境を作る(これなら形は違えど五月中の承認ということにもなり安倍首相をはじめとする政府の立場も守られる)。そして海外にも積極的に大量に提供し、とにかくデータを蓄積する(チャイナの後発品にお株を奪われないためという意味合いもある)。データ量によっては、同一臨床試験内で直接比較ができなくても、他の試験や研究の結果等から間接比較である程度信用に足る解析ができるだろう。しかしそのためには100名や200名の患者では足りない。そして我が国は世界の中でもトップクラスに武漢ウイルスを抑え込めている。データを蓄積するには患者が少ない。何千名の患者データが必要になるので、とにかく使いやすい環境を整え、海外からもたくさんのデータを引っ張る。白木先生によるとアビガンは耐性ウイルスを生じさせない作用機序であり(こちら)、この点も有利に働く。がんがん使って大丈夫なのだ(勿論妊婦等の薬剤使用が禁忌の場合は除く)。そしてその中で、アビガン単剤ではなくて他の治療薬(候補)と症状発現早期から併用するとより効果的だなんていうケースも出てくるだろう。あらゆるデータを集積していくことで、国内だけでは検証できない様々な使い方の可能性が見えてくる。そのデータの蓄積と分析をもって、正式な承認に結び付けていく。こうした備えが、第二波、第三波の際に武漢ウイルスに更にうまく対処していくのに役立つのだ。今から第n波に備えなければならない。以前もnoteに書いたが(こちら)、武漢ウイルスは撲滅できない。共生するしかないのだから。