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守ってもらうということ

私は出張に行くと、その先々から必ず母に何かを送ることにしている
普段親孝行できないのでせめてものお詫びだ

今回は、京都からお漬物を
名古屋からは母の好物の両口屋是清のお菓子を送った

でも、ここ数年で透析患者になってしまったので、
送っていいのか「?」な場合は、先に電話で確認する

その時に、少しだけ世間話をするのだけど
最近は母、
昔のアルバムから私が小学生の頃の写真を見つけ
なぜか「なんてかわいかったんだ💕」と
自分の子供にドはまりしているらしく
「毎晩あなたの写真を眺めているの」
と実にビミョウな話をする

かわいいと言われても
もう半世紀くらい前の私であって
今はアラカンのおばあさんなのだから
褒められてもあまりうれしくはない… (;^_^A

編み物教室の生徒さんにも見せているというので
「それはやめた方が良いですよ!」と止めた

「自分でも頭がおかしくなっているのかもしれないけどね」
と言いながら話すので、
ボケてはいないと思われる

8月に帰省した時に
「自分は子育ては精いっぱいやったつもりだったけど
 もっと可愛がってあげたらよかったと
 今になって後悔することがある」
と急に言い出したのでびっくりした

私の母は常に自信満々のタイプで
何かを反省する言葉なんてあまり聞いたことがなかったからだ

今頃になって、自分の子育てを反省しているらしい…
で、たぶん、私のことを子供時代に戻して
やり直したいと思っているのではないかと
勝手に想像している

もちろん現実の私のこともちゃんと受け入れて
写真の私とは別とわかっている
父がいなくなって、一人になって自由な時間が増えたので
人生を振り返っているのかなと思う

「毎晩写真を見ながら
 もうすぐママはいなくなっちゃうけど、
 とんすけちゃん、一人で大丈夫かな
 って思っちゃうんだよね」
というので、言われるたびに泣きそうになる

守ってあげようと思ってくれる存在がいるのは
ありがたいことだ


とはいえ、
私は家人に守ってもらって生きていこうと思っていたのだ!
もう安泰だ!って思っていたのに
そこは当てが外れた (≧∇≦)

家人は私より10歳年上なので、
事故に遭う前はよく、
「とんすけちゃんはもっと僕を頼ればいいのに」
と言っていた

いやいや、いざとなったら頼ろうと思ってたんですよ


先日、デイサービスから帰ってきたとき
私ではなくヘルパーさんが出迎えたら
いつも自分から話し出したりしないのに
「今日は、うちのはどうしたんですか?」
とすぐにヘルパーさんに聞いたらしい

ヘルパーさんが
「家人さんに初めて話しかけられたことばが
 うちのは?だったので、びっくりしました
 愛してるんですねー」
というので、苦笑い

いやいや愛してるというより
もはや、私を保護者だと思っているのだと思う
本能的にこいつがいなくなったら自分はヤバいと
わかっているんだと思う

守ってくれるはずなのに
立ち位置が逆転してますから~


*****

今回、神戸・大阪・京都・名古屋に出かけて
思い出を上書きしようと思ったけど
やっぱりなかなか難しかった

特に京都は
「ああ、ここのお店に入ったなー」
「私はおいしい!って言ったけど
 家人はおいしくないって言って険悪になったっけ」
「今度はあそこに行ってみようって言ったのに
 もういけないじゃないかー!」
「石畳が多くて歩道が狭い京都に連れてくるのは無理だな」
って一人突っ込みしてみたりして

大阪や名古屋は仕事のイメージの方が強いから
あんまり苦しくならないのだけど、
京都はやっぱり苦しかった…

プライベート感が強い観光地だからなのかな


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