自分にとっては特別でも
寝坊したかと思って起きたらちょうどいい時間だった。年を取るというのはこういうことかもしれないなと思う。
昨日愛を再確認したレンズとカメラの組み合わせで散歩に出た。
NIKKOR Z 40mm F2 と Z6。
昨日はヒコーキ撮りの聖地と言われる千里川土手に行って写真を撮ってきた。
4回目だったかな。年に一度のペースで行ってる。特別な場所で特別な撮影。
特別なことをすると一人で盛り上がる。それでいい。自分にとっての特別はとっても大事。
でもヒコーキを飛ばせてる人たちにとったら単なる日常。
どうしたものかと悩んで悩んで勇気を振り絞って歯医者に行くとか、自分にとってはものすごく特別なイベントだったりするけれど、歯医者にとったら多くの患者さんの中の一人にすぎない。
でもその歯医者には患者さんが勇気を振り絞ったことを理解し、共感することが求められる。
結婚披露宴の写真撮影とか、依頼者にとっては一回きりの大切なスペシャルイベントを任されるって、ものすごいプレッシャーだろう。撮影者にとっては数ある事例の一つなんだけど。
依頼者には超特別なのにそれを受けたほうはそれが日常ってことはとても当たり前のことで、だからその特別さが重ければ重いほど請け負う人は責任ある仕事をしていると言える。
はじめての海外旅行に行って、ツアーガイドが誰になるかとか、わりと重要だったりする。そのガイドが旅の記憶を大きく左右する。
どうせ自分なんか大勢の中の一人なんだよな、だからこんなに軽く扱われるのも無理ないな、みたいに思われるととても残念だ。
だから請け負った場合は依頼者がどれくらい特別な意識を持っているかということに注意を払う必要があると思う。
請け負う側がスペシャリストで、それなりの報酬を得ているならなおのこと依頼者を満足させなければならない。
プロの仕事が常にちゃんとできてたら普段通りでいいんだけれど。
昨日の千里川土手は特別な気持ちのオレをおおいに満足させてくれた。
また行きたいなと思う。
果たして自分は依頼者の特別な意識を十分に受け止められているだろうか。
疑問が湧いてくる。
きっとみなさん忙しくってそれどころじゃないんだろうな、こっちが特別だから気になってしかたないだけで、所詮オレなんて一事例に過ぎないんだもんな。しゃあないしゃあない。と思う出来事があった。
こんな時に、それぼどイライラもムカムカもしなくなって、きっと忙しいからうっかり抜け落ちたんだろうな、くらいに考えられるようになると、年を取るというのはこういうことなんだろうなって思う。
自分にとっての only one が、相手にとっては one of them というのが、若い頃はいまいちよくわかっていなかった。
必要以上に感情移入していたような気がする。
それにしても、このレンズいいっすね。軽くてコンパクトなうえに、しっとり写る。
フィルターは PROSOFTON Clear。
ヒコーキ撮りに行っても活躍してくれた。
画角がちょうどよかったのよね。
自分にとっての特別な一本になるかもしれない。
特別な思いあるのはこっちだけなのが日常まあ慌てるな
NIKKOR Z 40mm F2 / Nikon Z6