F.W.ムルナウ「サンライズ」

おかしな映画だ。
まず、ストーリーが単純過ぎる。都会から来た女にたぶらかされた夫が妻をボートから落として事故を装って殺すというありふれた女の企みに乗って妻を殺そうとするが殺せずに、夫の企みに気づいて逃げる妻を追っているうちに森の中の電車(何という発想!)に二人が乗り込み、街に出て楽しい時間を過ごすという単純さ。街からの帰路に再び乗ったボートが嵐に遭い、妻のみが行方不明になる。妻が溺れないように彼女にくくりつけたヨモギ(殺人の小道具だった)のみが見つかり、妻は死んだと思い家に帰る夫の元を、うまく妻を殺せたと思って夫のもとを訪れる。怒り狂う夫が女を締め殺そうとするところに妻が見つかり、女は翌朝馬車で村を去り、夫婦は朝日(サンライズ)に照らされて抱擁する。
こんな陳腐なストーリーに、ムルナウの冴え渡る演出が溢れていることで、本作はおかしいくらいに素晴らしい。
船から湖に落とされそうになった妻が、船が湖岸に着いたと同時に画面の奥に駆け出していく静から動の見事さ。
冒頭のクラジットでタイトルを作ったスタッフ名が出てくるのがなぜなのかと思ったが、インナータイトルもセリフやト書きだけではない、映画の一部となり、作品のおかしさを作り上げる要素となっている。
ところどころに入るギャグもおかしい。
髭を剃るための石鹸泡を塗られている夫に、理髪店の店員の女がマニキュアをするかと尋ねると、要らないことを伝えるために夫は首を左右に動かす。すると、夫の口の上で止まっている泡を塗るブラシが夫の口を泡だらけにする。
妻を溺れされるというインサートタイトル「Get her drawned」で、「drawned」が単語の中央から水の中に沈んでいくように消えていくという凝りようだ。
これらのおかしさから、トリュフォーが「世界一美しい映画」と讃えるのも頷ける。

追記:
本作で非常に印象に残ったショットを書き忘れていた。
夫が夜に家を抜け出して、湖の近くで待つ都会から来た女に会いに行くシーンで、茂みの中から抜け出して女の顔がクロースアップになるショットは、カメラが木の枝をかき分けて女に近づいていく。
それは夫の視点からの構図だと思う観客が多いと思うのだが、茂みを出たカメラの方に女は向かずに、カメラが茂みから出た後も画面の下手を見て、夫である男を待っている。
そして、男が現れ、二人は抱き合う。
このショットのおかしさには、幻惑させられた。

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