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夜明けの交差点で:第三部

第三部:選択と未来

プロローグ

揺れ動く想いは、ついに交差点に差しかかる。誰を、何を選ぶのか。ときに運命は優しく、ときに残酷に、それぞれを試すような局面を用意する。

広告代理店勤務の真一、フリーイラストレーターのさくら、ITエンジニアの光——

三人がそれぞれの仕事と恋愛を抱えながら、自分にとっての「正解」を模索する。

最終部となるこの物語では、彼らの葛藤と行動がクライマックスを迎え、意外な結末へとたどり着く。

ハッピーエンドと呼べるかもしれない。

しかし、どこか切なさを宿す余韻が残るのだろう。彼らは、どんな未来を選ぶのだろうか——。


第一章:交差点に立つ

夕暮れのビルラウンジで、三浦さくらは思わず顔を伏せた。

視界に滲む涙をこらえきれず、一度だけ小さく嗚咽が漏れる。

隣に立つ伊藤光(いとう・ひかる)は何も言えず、真一(しんいち)は苦い表情のまま唇を噛みしめている。

きっかけは些細な“偶然”のはずだった。

広告代理店に勤める真一が、アストラテックを営業訪問したところで、光とさくらが鉢合わせした。

ただそれだけなのに、三人の間にはかねてからの“恋と仕事の交差”が凝縮され、一気に衝突へと至った。

「……ごめんなさい」

さくらが搾り出すように呟く。

あのとき打ち合わせブースで、真一は光に向かって

「俺は先にさくらに惹かれたんだ」

と言いかけた。

さくらはそれを制するように

「やめて……」

と震える声で引き留め、場を後にしてしまった。

仕事でここにいる立場なのに、個人的な感情をむき出しにしてはいけない。

——そう必死に思いながらも、どうにもならない。

このままでは、三人とも仕事にもプライベートにも悪影響を及ぼしてしまう。

「……とりあえず、今日は戻らないと。プロジェクトの方、詰め作業がまだ残っているので」

それだけ言い残し、さくらはラウンジを出ていく。

光も真一も、その背中を引き止めることができなかった。

恋愛の行く末をはっきりさせないまま、仕事の現場は嫌でも進んでいく。

いずれ再び同じ場所に立ち、何かしらの決断を下さなければいけない。

だが今はまだ、誰も一歩を踏み出す術を知らないまま、ただ時間だけが流れ始めるのだった。


第二章:言えない想い

翌日、アストラテックのオフィス。

さくらはモニターと向き合い、プロジェクトの納品用デザインを仕上げていた。

このUIリニューアルプロジェクトはリリースまであとわずか。

先日から連日深夜まで作業が続いており、デザインレビューや仕様変更のリクエストが次々と舞い込んでいる。

いつもなら“創作の追い込み”を楽しめるさくらだが、今回は心が重く沈んでいた。

——真一との関係。

あの日、夜のラウンジで見せた彼の苦しそうな表情が頭から離れない。

自身もまた、真一に惹かれた時期があったことは間違いない。

しかし、過去の恋愛で

「相手に合わせすぎて自分を見失った」

失敗がトラウマになり、一歩踏み込むのが怖くなっていた。

それに加えて、光との仕事が思いのほか心地いい。

彼は理論的かつ柔らかい物腰で、さくらのアイデアを支えてくれる。

こちらも少なからず惹かれる部分がある。

でも、光自身もどこか遠慮がちで、はっきりした感情を言葉にしてこない。
 
「時間だけが過ぎていく……」

 頭を抱えそうになるさくらを見て、チームメンバーの一人が心配そうに声をかける。

「三浦さん、少し休憩しませんか? ずっとパソコンに向かってたでしょ」

「あ、はい……ありがとうございます。じゃあ、ちょっとだけ」

さくらは席を立ち、オフィス内のカフェスペースへ向かった。

誰もいないテーブルに座り込み、スマホを開く。

すると通知欄に、真一からの短いメッセージが届いていた。

「昨日はごめん。急に行って混乱させたな。仕事で行ったんだけど、まさかあんな形になるとは思わなかった。今度、落ち着いたら話せないか?」

さくらは読み返しながら、心がキュッと痛む。

「話したい」

と言われても、今の彼女は何を言えばいいのか分からない。

それでも、返事をしないわけにはいかず、じっと考え込む。

「こちらこそ、突然失礼しました。仕事が落ち着いたら、ぜひ……」

送信ボタンを押す指が震える。

気持ちはまだ整理できていないのに、とりあえず“いつかは会いましょう”という内容しか返せない。

送信を終えた直後、光がカフェスペースに顔を出した。

どうやら作業の合間にコーヒーを取りに来たようだ。

「さくらさん……大丈夫?」

「あ、はい……ちょっと疲れ気味かな。でも大丈夫です」

光は遠慮がちに席に近づき、静かに声を落とす。

「昨日のこと、俺も気になってる。……真一には、俺からもちゃんと話してみるよ。大学時代の友人だし、気まずいままでいるのは嫌だから」

「……うん」

それ以上の言葉は出てこない。さくらは苦笑いを浮かべ、

「じゃあ作業に戻りましょう」

と立ち上がった。

今は“考えるより動く”方が心が楽だったのかもしれない。


第三章:本音と建前

一方、真一は広告代理店「セントラルエージェンシー」で新規案件のプレゼン資料と向き合っていた。

今回は自動車メーカーの新型車に関する大型広告案件。

チームのリーダーを任されており、成功すればキャリア的にも大きく前進できる。

しかし、真一の頭の中には、さくらのことでモヤモヤした感情が渦巻いている。

仕事に没頭したいのに、ふとした瞬間にさくらの笑顔や涙がよぎり、集中を乱すのだ。

メールソフトを立ち上げると、マネージャーの北条から

「本日中にコンセプト案をまとめて送ってくれ」

と催促のメッセージが来ている。

やらなければいけない業務は山積みだ。

ドキュメントを開き、コピーライティングの案やビジュアルプランを整理する。

自分の得意分野である“アイデアを形にして世の中に影響を与える”作業のはずなのに、今はまるで手が止まってしまうかのように思考が進まない。

「……だめだ、こんなんじゃ」

思わず自嘲気味に笑う。

ロマンチストな自分を誇らしく思っていたはずなのに、いざ大事なタイミングで心が乱れてしまう。

ペンを置き、スマホを見つめる。先ほどからさくらからの返事が来ないか気にしていたが、ようやく数十分前に受信したメッセージがあった。

「こちらこそ、突然失礼しました。仕事が落ち着いたら、ぜひ……」

丁寧な言葉遣い。

そこにはさくらの迷いや距離感のようなものがにじんでいる気がする。真一はいつもなら勢いで

「じゃあいつが空いてる?」

と踏み込むのだが、今日はなぜかそれができない。

——さくらが迷っているのなら、自分から強引に迫るのは違う。

そう分かっていながら、何もできない自分にも苛立ちを覚える。

そんな葛藤を抱えていると、デスクに同僚が近づいてきた。

「高橋、午後イチでクライアント先に同行してくれって北条さんが。スケジュールは空いてる?」

「あ、ああ……大丈夫。すぐ準備する」

仕事が呼んでいる。

考え込む暇などない。

真一は自分を叱咤するように、資料をまとめて立ち上がった。

——今はやるべきことを、やるしかない。


第四章:追い詰められる納期

アストラテックのプロジェクトは最終段階に入り、夜遅くまで社内で作業することが増えた。

エンジニアたちはバグ修正に追われ、UIデザイナーは細部のレイアウト調整に神経をすり減らしている。

さくらもまた、リリース用のメインビジュアルとチュートリアル画面のイラスト仕上げで連日残業だ。

深夜11時を回ったオフィスは、まるで戦場のような緊張感と疲労感に包まれている。

コーヒーの香りとキーボードを打つ音が絶えず響き、机には散乱した書類とケーブルが雑然と絡まっている。
 
さくらは自分の席でペンタブを使い、最後のイラストの色合いを微調整していた。

ときおり瞼が重くなりかけるが、ここで倒れるわけにはいかない。期限はあと数日。

ふと後ろから声がする。光だった。

「大丈夫? もうそろそろ日付変わるよ。今日は帰って休んだら?」

「ううん……仕上げないと間に合わない。あともう少しなんだ」

そう言いながらも、さくらの目は赤く充血している。

光は何かを言いたげに口を開きかけたが、結局「無理はしないでね」とだけ告げて自分の席へ戻った。

光にしてみれば、フリーランスであるさくらを深夜残業に付き合わせるのは本来気が引けるはずだが、さくら自身が主体的に「やりたい」と言っている以上、止めることもできない。

そんな状況が続いていたある夜、トラブルが発生する。

プログラムの一部に致命的なバグが見つかり、大幅に仕様を変えなければならない可能性が出てきたのだ。

リリース間近での仕様変更は、UIデザインにも大きな影響を与える。

イラストのレイアウトやサイズ、表示タイミングなど、再調整すべき箇所が一気に増えた。

午前2時を回ったころ、社内は修羅場と化した。

あちこちで緊迫した声が上がり、エンジニアたちは慌ただしくキーボードを叩く。

さくらの元にも、「

ここのボタン位置が変わった」

「画面遷移が増える」

などの連絡が矢継ぎ早に飛んでくる。

ふらつく身体を支えながら、さくらは必死でペンタブを握り直す。

「……大丈夫、まだいける。これくらい……!」

けれど、連日の睡眠不足と精神的なプレッシャーが限界を超えかけていた。

思考が混乱し、目の前のモニターに映る画像がゆらゆらと歪むように感じる。

そのとき、光が駆け寄ってきた。声をかけても、さくらはまともに反応できないほど衰弱している。


「さくらさん! 大丈夫……? ちょっと顔色悪いよ」
「……光……さん……」

ふいに視界が暗転し、さくらは意識を失いかけながらデスクに崩れ落ちた。


第五章:短い休息

気づくと、さくらは医務室のような小部屋のベッドに横になっていた。

アストラテックのフロアには簡易的な休養室が備わっており、徹夜作業が続く社員などが仮眠を取る場所として使われている。

目を開けると、枕元に光が座っていた。

ペットボトルのお茶とタオルを手に、心配そうにさくらを見下ろしている。

「……少し落ち着いた? 急に倒れたからびっくりしたよ」

「ごめん……こんなときに……」

さくらは情けなさでいっぱいになるが、光は首を横に振る。

「いや、これだけ頑張ってもらってるのに、倒れるほど無理させてしまった俺たちが悪いよ。もう少しスケジュール管理できればよかった……ごめん」

光の表情には痛切な思いがにじむ。

リーダーとしてプロジェクトを指揮している以上、自分の管理不足でさくらを追い詰めたという罪悪感があるのだろう。

さくらは少しだけ体を起こして、お茶を受け取り、喉を潤す。

まだ頭が重いが、意識ははっきりしてきた。

「ありがとう、光さん。……でも、私、まだ作業が残ってて……」

「今日の分は俺や他のメンバーがやれるところまで進めるよ。君はしばらく休んで。それ以上無理したら本当に倒れちゃう」

光の言葉に、さくらは反論する気力を失う。

どうしても間に合わせたいという責任感はあるが、それで身体を壊しては元も子もない。

そう自分にも言い聞かせ、目を閉じる。

意識が遠のく中、さくらは薄らいだ感覚の中で光の優しい声を思い出す。

——この人に守られていると、少しだけ安心するかもしれない。

そんな思いがかすめては消えていった。


さて、これから3人の運命はどんな結末につながっていくのでしょうか。
運命の交差点はどんな未来を引き寄せるのか__

ぜひ、あなたの目でお確かめください。




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