林間学校のバス車中
春田君と知り合ったのは、小学4年生の時だった。
夏休みの自由研究で、僕は「氷の溶け方」を題材にして発表した。
それを見た先生が、別のクラスだった春田君の「氷のでき方」と併せて、県の発表会に出すことを提案してくれたのだ。
というわけで9月の前半2週間ほど、僕と春田君は共同制作のため、お互いの家を行ったり来たりすることになった。
もともとそれぞれの自由研究は出来上がっており、それをひとつにするだけだったから、比較的早くその作業は終わった。
けれども、なんだかんだ理由をつけて、僕は春田君の家にお邪魔していた。
ひとつは、制作の合間に出てくるおやつがとても美味しかったからだ。
僕の家では食べたことのない焼き立てのアップルパイや、当時は名も知らなかった栗のケーキ(モンブランだ)を出してくれた。
もうひとつは春田君がラジコンカーをもっていたからだ。
当時はまだ持っている子が少なかった。
マイティフロッグというタミヤからでていたラジコンで、たぶん当時の価格で15,000円ほどしたのではなかっただろうか。
家の中に作った特設のコースで、春田君が操縦する様は見ていてほれぼれするほどだった。
ヘアピンカーブをギリギリのところで曲がり、直線でスピードをつけてからジャンプ台を飛び立つと、車体のサスペンションがきしむ音がかっこよく響いた。
そんな春田君と、5年生のクラス替えで一緒の組になった。
ひょうきんな春田君はクラスでもすぐに人気者になった。
とくに彼が得意だったのが、モノマネだ。
担任の田所先生や、校長先生の声色と口癖を的確に表現しては、クラス男子の爆笑を誘っていた。
歌モノマネも上手で、クラス会の出し物で歌った安全地帯の「ワインレッドの心」のモノマネは、他のクラスでも評判を呼んだほどだった。
2学期になり、林間学校が実施された。5年生の恒例行事だ。
山梨の河口湖までバスで移動するのだが、僕と春田君はバスの席が隣同士になった。
バスが発車するやいなや、隣の席で春田君はずっと話していた。
世界のジョーク話をしてくれたり、得意のモノマネを披露してくれたりして、長い車中でも飽きることはなかった。
高速道路に入ってすぐに、春田君は座席に設置してある汚物袋を手にした。
そして突然吐き始めた。本当に突然だった。
「ウッ、ウゲー、ウゲゲゲゲゲッ、ペッ」
顔も苦しそうだ。
僕は驚き、慌てて先生を呼んだ。
「先生、春田君が吐いてます!」
すぐに先生が駆け寄り、春田君の背中をなでる。
その途端、ついさっきまで苦しそうにしていた春田君は顔を上げ、
「うっそぴょーん」
と笑ったのだ。
あっけにとられた先生は、しばらくぽかんとしていたが、春田君をきつく叱って席に戻った。
「どう、うまかっただろ」
懲りない春田君は、先生に聞こえないように僕に呟いた。
そしてまた、僕に向かってモノマネやら、クラスの噂話やらを話し始めた。
昼過ぎになると、バスはパーキングエリアに停まり、昼食休憩をとった。
1時間ほどで僕らは座席に戻り、バスはまた走り始めた。
お昼ご飯を食べたせいか、僕は眠気を催していた。
隣では春田君があいかわらず話していたが、その声を聞きながら、僕は眠ってしまったようだ。
何か異様な声がして、僕は目を覚ました。
隣で、春田君が背を丸めてかがんでいる。
「ウッ、ウゲー、ウゲゲゲゲゲッ、ペッ」
僕はデジャブを見ている気がした。
春田君がまたゲロのマネをしているのだ。
僕が寝てしまったから、起こすためにまたやっているのかもしれない。
「ごめん、ごめん。寝ちゃったみたいだ。
もう起きたから大丈夫だよ。ゲロのマネしなくてもいいよ」
僕は声をかけるが、春田君がやめる気配はない。
それどころか、さらに苦しそうに前かがみになる。
よく見ると、春田君の額には玉の汗が浮いている。
目には涙がたまり、必死に何かを訴えているようだ。
そこで僕は理解した。
ホントに吐いているんだ!
「先生、春田君が吐いてます!」
僕は今日2度目のセリフを先生に向かって吐く。
先生は気だるそうにこちらを振り向き、
「いい加減にしなさい!悪ふざけするようなことじゃないぞ」
と取り合わない。
僕はオオカミ少年になった気分だった。
「でも、今度は本当に吐いているんです。嘘じゃありません」
3度目の僕の言葉で、やっと先生は事態を把握してくれた。
先生のおかげで少し落ち着いた春田君だったが、まだ苦しいのか、それからバスを降りるまで一切話すことはなかった。
後から分かった事だが、春田君は乗り物に酔いやすい体質だったそうだ。
僕に話しかけている間は、気が紛れて大丈夫だったのだが、僕が寝てしまうと途端に酔いが回ってきたらしい。悪いことをしてしまった。
モノマネレパートリーが豊富な春田君であったが、その日以来ゲロのマネだけは、二度と日の目を見ることはなかった。
あの日の悪夢を思い出してしまうからだろう。