ショクヨウガエル捕り-後編
ケンと一緒に立てた作戦はこうだ。
<作戦1>
カエルが鳴いていたらその音を頼りに近くまで行って網で捕まえる。
川底に潜んでいるようだったら、タコ糸で縛った煮干しを近くに投げて吊り上げる。
<作戦2>
鳴き声が聞こえなければ、懐中電灯で橋の下をくまなく点検し、潜んでいそうな所に煮干しを近づけてみる。
<作戦3>
万が一逃げられそうになったら、爆竹を鳴らして気絶させて捕まえる。
完璧だ。
これなら絶対捕まるはずだ。
ドブ川に着くと、僕らはさっそく耳を澄ませた。
残念ながら、鳴き声は聞こえない。
10分ほど待ってみたが変わらずだ。
残念ながら<作戦1>は失敗…。
落ち込んでいる暇はない。<作戦2>に変更だ。
網は僕が持って、ふたりとも長靴でドブ川に入る。ケンは懐中電灯担当だ。
そして、ゆっくりと歩いてカエルを探した。波を立てすぎると、カエルが逃げてしまう可能性があるので慎重さが必要だ。
それにしても、匂いがすごい。ショクヨウガエルはなんでこの匂いに耐えられるのだろうか。
ケンが懐中電灯で隅々を照らして探すが、なかなか見つかられない。
「もしかしたら、他の場所に行っちゃったのかな」
僕は小声で尋ねた。
「いやそんなはずないと思うよ。今朝は確かに鳴き声が聞こえたんだ」
ケンも小声で答える。
上流から下流に、下流から上流にと何度も橋の下を行ったり来たりしたが、何の手掛かりも得られない。
今日はあきらめようかという気持ちになっていたその時、ケンが呟いた。
「あそこにいるよ」
懐中電灯で光の円を描きながら、僕に合図した。
光の先をよく見ると、ふたつの小さな穴が見える。
ヤツの鼻の穴だ。
僕は緊張した。
長い時間をかけてやっと見つけた相手だ。
取り逃がすわけにはいかない。さいわいドブ川の匂いに鼻も慣れてきた。
ケンはポケットからタコ糸の付いた煮干しを取り出すと静かに川面に流した。あたかも魚が泳いでいるようにタコ糸を操って、カエルの近くまで持っていく。
カエルの鼻先で何度か往復したみたが、反応がない。
もしかしたら、ただの石に穴がふたつ開いているんじゃないかと疑うが、確かに鼻が動いているのが感じられる。
カエルはちゃんと存在してるのだ。
なのにどうして、喰いつかないんだ。
腹が減ってないのかもしれない。
「思い切って直接網で捕ってみるか?」
カエルが潜んでいる場所には大きな石が入り組んでいて、網で捕るのは難しそうだ。
でも、川面に出てこないからには賭けに出るしかないと思い、僕は言った。
ケンは少し悩んだようだったが、軽くため息をついて言った。
「そうするしかなさそうだな。
もし逃げた時の場合に爆竹を用意しておくよ。
僕が合図を出したら川下から網で捕まえてくれ」
束ねてある糸をほぐした爆竹をひとつ持つと、ケンは家から内緒で持ってきたライターを左手に持った。
ケンが軽くうなづくのを確認して、僕はそろそろと川下に移動した。
慎重にカエルに近づき、どこに網をかければ捕らえられそうかをシュミレーションする。
捕まえるイメージが整ったところで覚悟を決めて、ケンに目で合図を出す。
ケンがライターに火をつけて、爆竹を近くまで持ってきてから止めた。
よし、行くぞ。
網を水面に入れ、ゆっくりとカエルの方に近づける。
あと20センチ近づけたら、スナップを効かせてカエルをすくい上げるんだ。
僕はシュミレーションを思い出し、その通りの動きを完璧にこなそうとする。
あと10センチ。
あと5センチ。
その時だった。
ヤツが突然跳ね上がった。
水面の網をすかさず振り上げて捕らえようとするが、わずかに空を切った。
2度3度と網を振り下ろすが、ヤツのほうが上手だ。ジャンプ力が半端ない。
逃げられる!
そう思って僕は声を張り上げた。
「ケン、爆竹だ!」
僕が網を振り回す様子に、あっけにとられていたケンが瞬時に気を取り直した。すぐに自分の果たすべき役割を思い出す。
爆竹をライターに近づけ導火線に火をつける。
すぐに離してしまうと水面に落ちて消えてしまうから、しばらく手に持っていなければならない。
タイミングを見計らって爆竹を宙に投げようとしたその時…
ヤツが渾身のジャンプを繰り出した。
1メートルを超える大ジャンプだ。
「うわー!」という声と、火薬がはじける音が同時だった。
次の瞬間、ケンがあおむけに倒れていた。
ケンの顔にはショクヨウガエルが這い付き、「グオッ」といつもの声で鳴いている。
爆竹を投げられなかったケンの右手からは血が流れている。
僕はあまりのことに声が出ない。体もうまく動かない。
ショクヨウガエルは、そんな僕を見下すように一瞥すると、ポチャンと水面に入り川上に向かって泳いで行ってしまった。
その後のことは、よく覚えていない。
後から聞いた話では、爆竹の音に気付いた大人の人が僕らを見つけて、ドブ川から引き揚げてくれたそうだ。
ケンの火傷はたいしたことはなく、ひと月ほどで完治した。
でも、あれ以来ケンはカエルが苦手になってしまった。
ヤンさんは騒ぎを聞きつけ、ケンの家に謝りに来たそうだ。
お詫びにおいしい中華料理をケンと僕の家族にふるまい、カエルの懸賞金として約束していた1,000円まで僕らに渡してくれた。
僕はというと、カエルは今でも触れるが捕まえようとは思わない。
「ヌシ」と呼ばれるものには、今後一切かかわらないようにしようと心に決めていた。そんなところである…。
ショクヨウガエル
日本では食用ガエルといえばウシガエルを指すことが多い。1918年に東京帝国大学の渡瀬庄三郎教授の手によってアメリカ合衆国から食用として輸入され、その後、国の指導により各地で養殖されるようになったが、日本ではカエルを食用とする習慣はさほど広まらなかった。
全長は10-20cmと大型。雄の鳴き声は牛の声に似て低く大きく遠くまで響き渡る。
-Wikipedia