2020年のVTuber業界はどうなるか?を読む 後編(2020年のVTuber界隈の予測)

前編:2020年のVTuber業界はどうなるか?を読む 前編(2019年までのVTuber界隈の動向)の続きの記事になります。

4. 2020年のVTuber業界動向の展望:総論

さて、本題に入りましょう。2020年、VTuber業界はどのように動いていくのでしょうか?
まず前章での2019年の流れを受けて、2020年がどのような意味を持つ年かということに触れておきます。

結論からいえば、2020年には個人VTuberが企業VTuberと争うことはほぼ不可能になるでしょう。2019年のような「差が開いてきたかな」というレベルではなく、もはや同じフィールドにいると言えなくなってくるほどの差が出てきます。これは企業VTuberが今まで以上に本気になって様々な手を打ってくることが確実なためです。

というのも、2020年というのは企業VTuberの勃興期であった2018年から数えて3年目に当たります。そして常識的な経営観念だと、3年というのはそろそろ投資回収ができないと厳しい時期になります。ざっくりいえば「そろそろ儲けが出てこないとマズい」のです。つまり2020年は、今までの投資が実を結び、利益を出せるモデルを成立させられるかどうかという正念場際なのです。ゆえに企業勢は今まで以上に必死になってくるでしょう。
そのため、リアルイベント、VRイベント、各種メディアへの露出などにより一層の熱が入るでしょう。だからこそ2019年、企業勢は翌年の一つの締めに向けて、3D化やリアルイベントの初開催などの様々な種を巻いてきたわけです。にじさんじ、ホロライブともに2019年が3D化ラッシュの年であったことは偶然ではなく、この2020年を見据えたロードマップの一環なのだと思います。

さて、こうしたことを考えると、企業勢VTuberはライブやイベント、各種コラボレーション、メディア露出に力を入れた、歌手・アイドルのような活動形態へのシフトが進むはずです。もちろん、既に収益チャンネル&ファンとの交流の場として確立しているネット配信はVTuberならではの強みとして当然維持されます。
もしこうした戦略が大きな成功を納めた場合、今の「いつも配信で見ているあの子がイベントに出る」という今までの感覚が、「イベントやコラボで見たあの子が、配信やTwitterでは近い距離感で交流できる」という風な逆転現象を起こす可能性すらあります。こうなった暁には、相乗効果でネット配信にもたくさんの新規視聴者が流れ込むことが考えられます。
さてこうなると、Webだけを活動の軸とした個人VTuberは、Web外ではもちろんインターネット上でも企業VTuberと勝負するのは難しくなる可能性が出てきます。言ってみればテレビに出ている芸能人とネットの有名人が同じ土俵で戦うようなものだからです。

つまり2020年は、2018年以来続いてきた古き良きVTuberの時代…個人勢が企業勢とほぼ対等に戦えた例外的な時期がいよいよ終わりを迎え、他のエンタメ業界と同じ「大きな投資と営業力を持つ企業の方が圧倒的に強い」というごく当たり前の時代が到来する、一つのターニングポイントになるでしょう。
そして同じことが企業勢にも言えます。投資ができるだけのリソースや技術力、人材、将来ビジョンがある企業Vと、そのいずれも持たず運営されてきた企業Vには歴然とした差が生まれてきます。結果、3年という節目もあって一気に中小規模の企業Vtuberの淘汰が一層進むものと思われます。その兆候は2019年内から既に出ており、今後はこれが更に激化すると思われます。

さて、ともすると上記の予測は暗い内容のように思えますが、そうではありません。2020年こそは大規模な業界再編を経て、VTuber業界が次の時代へと進む年になるでしょう。
2018年以来のWebに軸足をおいたVTuberを第1世代とすれば、2020年は第2世代、Web+リアルでのエンタメ活動を大々的に行い、商業的に成立した企業VTuberが新たなスタンダードとなっていく時代となるはずです。そして第2世代のVTuberに第1世代のVTuber文化は引き継がれ、ファン層を拡大しながら発展していくことでしょう。

それにともない、従来の第1世代のVTuberたちはプロに対するアマチュアのような、草の根的な趣味活動へとその位置づけを明確化していくことになるでしょう。その活動内容や育んできた文化、なにより視聴者とファンコミュニティそのものを抱えたままに。激動の時代を終えて、かつてのニコ生のような配信者文化の時代へと先祖返りするともいえます。
こうした変革を経験した第1世代と第2世代のVTuberの差は、例えばイラスト業界のプロとアマチュアをイメージが近いのではないでしょうか。

このような業界の変化にはおそらく賛否両論あるでしょう。「2018年上期のような明るい雰囲気が懐かしい」という声も、実際多々聞かれます。が、前編の2018年の振り返りでも述べたように、やはりlive2D+宅録+Web配信という低コストな環境を背景に、フットワークの軽い個人勢と企業勢がほぼ横並びで競争することができた2018年が例外的な時代だったということは揺るぎない事実です。ゆえにこうした変化が生じることは遅かれ早かれ必然でした。商業ベースに乗ることで、プロとアマの文化が促進されるというのはどんなクリエイティブ界隈も同じです。
しかし、そうした黎明期の夢に溢れた時代の空気をまとったVTuberという存在は、たとえ新たなタイプのVTuberが世間的にスタンダードになろうとも、誰もが記憶にとどめたいと願う存在ではないかなと私は思います。だからこそ私は、前者を第1世代、後者を第2世代と呼ぶことで、古きよきVTuberの形を言葉として、概念として残していくことができたらなと思う次第です。

では、やや感傷的な文章ながら総論を締めたところで、もう少し具体的に個々の陣営の動きを予測していきましょう。次章以降は、前章で分類した「トップランナー層」「チャレンジャー層」「その他層」の3つの集団のそれぞれにスポットライトを当てて、私の予測をお話していきます。


5. ①トップランナー層の動向予測

まずは①、優れた成長戦略で2019年の停滞ムードの中でも成長を続け、十分な投資も続けているトップランナー層
第2世代Vtuber…Web+リアルでのエンタメ活動を大々的に行い商業的に持続可能となった企業VTuberという新たなスタンダードの確立をリードしていくのは、いうまでもなく彼らに他なりません。
(実際、拙稿の内容はおそらく彼らが1年以上も前に描いていたビジョンを賢しげに解説しているものに他ならないでしょうから)

2020年に彼らの取るアクションは、総論で述べた業界動向そのものです。つまり2019年に実施してきた3D化などの投資を背景に、リアルイベント・ライブ、テレビ出演、アニメ化、企業タイアップなどを、より本腰を入れて実施してくるはずです。
特にテレビ出演、アニメ化などは新規層の開拓のためにもさらに力が入ってくるものと思われます。とにかく事業収益の黒字化、最低でもその目処をつけるところまで全力を上げて動いてくることでしょう。

では、各陣営についても軽く見ていきましょう。

最有力のグループであるにじさんじは、しばらくは拡大傾向を継続するでしょう。理由は簡単で、2018年末から継続されている新人の常設オーディションが依然オープンされているためです。「様々なタイプの趣味・キャラを増やしていくことで、従来興味を持たなかった新規の視聴者にアプローチしていく」という戦略は、まだ当面は有効でしょう。

ただし、これも2020年内、場合によっては春頃には一段落する可能性が高いのではないかなと見ています。なぜなら、にじさんじの成長戦略を可能にした2Dアバター+ライバーの宅録配信という低コストなスタイルと比べて、これから求められていく3Dモデルを絡めた展開は圧倒的に高コストになるためです。
3Dはモデル制作費はもちろんですが、これに加えて撮影機材や技術スタッフの問題などが絡みます。3Dでの配信に必要なプロ機材のあるスタジオのキャパシティには当然限界があり、こればかりはにじさんじでも簡単に増やすわけにはいかないはずです。各種イベント展開のためのスタッフのマンパワーも有限なので、これも大きなボトルネックでしょう。
またにじさんじは登録者10万人を達成すると3D化されることがお約束となっていますが、この所のにじさんじファンの増加により10万人というのはともすると2,3ヶ月程度で達成されてしまう数字になっています。つまり新人の3D化ラッシュが続くことになり、この負担ゆえに遠からず新規ライバー募集を絞るという方向にいかざるをえない…というのが私の予測です。
既に100人近いライバーを抱えるにじさんじが、「次」のアクションを取る上でこの層の厚さにかえって足を引っ張られることがないか…というのが懸念点ではあります。

そういう意味では、20人余りと比較的人数を絞っているホロライブはにじさんじよりも軽いフットワークで積極的なプロモーションをしてくるのではないかなと思います。実際、それを宣言するように「とまらないホロライブ」のキャッチコピーを掲げて今月中にメンバー全員参加の3Dイベント Hololive 1st Festival『ノンストップ・ストーリー』が開催されます。これはほぼ全員が3D化しているホロライブならではの強みです。

また公式チャンネルで定期的に投稿されているショート3Dアニメーションなどの布石から、これを活かしたホロライブ単独のアニメーション展開など、「箱」としての一体感を生かしたまとまった動きを取ってくる可能性が高いでしょう。

また単独ではこの業界のトップランナーであるキズナアイさんは、こうした面では既に一歩先を行っていることがプレスリリースからも分かります。VRライブシステムを自前で構築するというのは相当に意欲的な姿勢です。戦略面でも業界のトップランナーを譲るつもりはなさそうです。

一方で「箱」という強みを持ち、それを商業展開にも強く押し出してくるであろうにじさんじ・ホロライブに対して、どうしても脇の寂しさを感じてしまうところをどう補っていくか? 恐らくは自身が主催するupd8を活用し、中小規模~個人VTuberとの連携を深めることになるのではないかと思います(というかupd8自体がそうした戦略の産物なのだと考えた方が自然でしょう)。
下記のニュースのようにキズナアイさんがMCとなり、他のバーチャルアーティストをゲストに迎える音楽番組という形は、まさにそのモデルケースでしょう。

というように、各陣営ともやる気満々、全力で2020年に挑戦することでしょう。


ちなみにここで、本筋からは逸れますが一つ推計をしたいと思います。現在のVTuberの視聴者数と、その開拓余地はどの程度か?ということについてです。トップランナー勢が開拓できる新規層とはどの程度いるものなのか?2020年以降の「伸びしろ」について私なりに見当をつけてみたいと思います。
VTuberに関しては参考になる統計データが公開されておらず、あくまで各種材料の推測になります。今回、最新の状況を把握するため2019年の年末特番に注目しました。下記の視聴者数のデータはVTuberのデータを集計しているサービスVNUMA様よりお借りしましたものです。これによると上位5放送の同時接続数はピークでおよそ12.5万人。その他の放送を考慮すると、同時接続数はおよそ16~20万人のオーダーでしょう。
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さて、この16万人が全体の何割に相当するかということろですが、ここでも年末特番ということを生かして紅白の視聴率を数値として引っ張ってきましょう(いささか乱暴なのは承知です)。ニュースによると紅白の視聴率はおよそ30%台後半。他地区を考慮すると、30-35%の数字が妥当でしょう。

VTuberの全年末番組を合わせてこれと同じだけの視聴率があったとすると、ここから2019年末時点のVTuber視聴者の総数は50~65万人程度ではないかという推測が出てきます。2018年末の時点で35万人というユーザーローカル(VTuberランキング運営元)の推計があることを考えると、これはそれなりに説得力のある数字ではないでしょうか。

さて、これに対してぶつける数字が、VTuberと比較的親和性が高いと思われるアニメの視聴者数です。日本のアニメ視聴者総数は2017年でおよそ3000万人。人口の視聴人口のおよそ30%にあたります。

このうちどの程度がVTuberに興味を持つ可能性があるかですが、VTuberの認知率が平均で40%程度あることを考えると、5~10%というのが現実的な数字だと思います。つまり、潜在的には150~300万人の視聴者が存在するはずです。

というわけで、現在の視聴者推計50~65万人に対して、潜在的な市場は今の3~5倍程度が期待できるという推測ができます。
数字のお遊びと言ってはそれまでですが、トップランナー層が掘り起こすことを期待できる余地は十分ありそうという展望と希望は示せたのではないかなと思います。


そして最後にもう一つ、各陣営が力を入れてくるのではと見ているのが、海外展開です。パイを増やすという意味ではある意味一番手っ取り早い方法でもあります。キズナアイさんの圧倒的な登録者数も、実は海外からの視聴者の多さが一つの要因となっています。

そして実はにじさんじは既に中国、インドネシア、そしてインドにて事業展開を始めています。日本の人口1.2億人に対して各国の人口はそれぞれ14億、2.6億、13.4億。開拓する余地は十分以上でしょう。

ただし問題は、言うまでもなく言葉の壁です。今のトップ層でも、第二言語で雑談までできるような逸材はほぼ皆無でしょう。話せたとしても、彼ら彼女らの魅力を自然に発揮するのは困難を極めます。そのため、にじさんじも現地でライバーを募集する形での展開にとどまっています。

そうした中で私が注目しているのが、先日ホロライブからデビューした桐生ココさんです。彼女はどうやら英語圏のネイティブのようで、日本語はカタコト気味な一方で実にこなれた英語で話しています。自己紹介でも英語を交えて話すなど、明確に海外の視聴者を意識している様子が見られますし、VTuberとしては非常にユニークな完全に海外向け、英語のみの動画も投稿しています(内容は…アレですが)。

そして彼女の配信のコメント欄。日本語の配信にも関わらず、半分以上がびっしり英語で埋まっています。有名VTuberのコメント欄に英語が交じることは珍しく有りませんが、これほど英語率が高いのはめったに有りません。つまりそれだけ海外からも視聴者を集めているということであり、わずか3週間で登録者が12万人を超えるという驚異的なスピードも、おそらくこれと大いに関係しているのではないでしょうか。大げさではなく、第2のキズナアイとなりうる可能性を秘めているように思います。

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彼女のような人材を見出したホロライブの決断は、まさにそうした時流にふさわしいものだと思います。あるいは彼女の成功を受けて、英語力に重きをおいたVTuberを発掘する流れも既に始まっているのかもしれず、VTuber界隈の新たなトレンドを生み出す可能性を感じます。

さて、度々話がそれましたが、こうした各種のトップランナーの努力が実を結び、VTuberがめでたく「第2世代」を迎え、界隈に新規層が大量に流入することになれば、トップランナー層のみならず全VTuber業界が大きく活気づくことになります。そうなった時、2020年は第2次VTuberブームの起点になるかもしれません
逆にもし上記の陣営のいずれもが振るうことなく2020年を終え、商業的な成立性に疑問符がつくとしたら、今度こそVTuber界隈には本物の冬が訪れることになるでしょう。
とにもかくにもこの勝負の年、ぜひ頑張ってほしいところです。


6. ②チャレンジャー層

そして、界隈全体の命運をまさに握っているのがトップランナー層とすれば、その界隈の雰囲気を左右するのは間違いなくこのチャレンジャー層の動向でしょう。具体的には彼らのうち何割が事業化に成功し、何割がテーブルを立つか、です。

何にでも言える事ですが、業界の雰囲気というのはボリュームゾーンである中間層がどうかで決まります。
例えば、一部のトップ層のみが残り寡占状態となった業界は、やがて硬直的となり、変化のダイナミズムが薄れていきます。新しい風が吹き込まなくなるとでもいいましょうか。
逆に「そこそこ」のプレイヤーが沢山いる業界は、中間層がトップ層と戦えるように、あるいは差別化のために新しい技術や戦略を取り入れるなどの動きが活発になります。当然トップ層もそれに対抗した動きをする必要があるので、結果として中間層が多ければ多いほど界隈全体は活発化し、ドンドン新たな動きを見せていくことになります。

VTuberも同じで、たとえトップランナー層が商業化に成功しても、それ以外が採算的に見合わず姿を消していくようであれば、界隈の活気というべきものはやがて失われていきます。そして変化が早く、まだ新しい世界であるVTuber界隈にとって、それは致命的となる可能性があります。逆にこの中間層がぶ厚く存在することに成功すれば、VTuberシーンの彩りは遥かに豊かになり、コンテンツとしての進化は間違いなく早まるでしょう。

さて、そんな彼らの動きは2020年どうなるか?
もっともチャレンジャー層は大半の企業勢が属するカテゴリなので、事情も個々で大きく異なり、まとめて語るのは難しいですが、基本的な戦略はトップランナー層と同じで、新規視聴者を取り込みファンを増やすため、イベントやメディアへの露出などでアピールをしていくということになるかと思います。
いくつかに分けてみていきましょう。


①中~小規模の箱をもつグループ
にじさんじやホロライブほどではなくとも、数人~10人程度のVTuberを抱える「箱」(例:あにまーれハニーストラップVアパ774.inc電脳少女シロさんなどの.LIVE)です。準トップランナー層ともいえるでしょう。このグループであれば、バックにある企業力や複数のVTuberによる集客効果。そして「人数」という企画における重要な武器をを生かしてイベントの開催によるマネタイズ、新規層の呼び込みを図ることができます。つまり戦略もトップランナー層に準じることになります。

もっとも、差別化のための要素は確実に必要になってきます。同じことをやれば大手の方が強いのは何でも同じです。ユニークな小規模イベントや、意表を突くコラボなど、ややニッチ戦略に寄せた企画力の勝負になるでしょう。
ウチはファン層が違うから、みたいな曖昧な言葉に逃げればコンテンツ供給力の差で押し負ける可能性が高いです。ハッキリとカラー、方向性を打ち出していけるかが重要でしょう。
この例でいうと、あにまーれの因幡はねるさんのサンリオとのコラボイベントなどはとても印象的でしたね。ポムポムプリンへの愛が実った様子は、1ファンとしても感慨深かった覚えがあります。


②圧倒的な強みを持っているグループ
「箱」に頼らない少人数ないし1人のVTuberだと、いくらトーク力が高くてもイベントというのは中々難しいものです。しかし圧倒的な武器を持ち、視聴者を引きつけることが出来るならその限りではありません。
その代表的なものが「歌」でしょう。メジャーアーティストがたった1人で何万人もの観客を動員することすらあるように、音楽、歌唱力というのはそれだけで人を惹きつけることができるものです。
代表的な例では、世界初のバーチャルシンガーを謳うYuNiさん。Candeeと、キズナアイさんのActive8が共同でプロデュースしています。

また私自身ファンでもあるガールズヒップホップユニットのKMNZもその一つ。GREE子会社のWFLEという企業がプロデュースしています。ストリートを意識したファッションと、ルックスとラップのギャップの魅力。KMNZはいいぞ。

ReAct所属の獅子神レオナさんや花鋏キョウさんや、ホロライブ所属ではありますが、ときのそらさん、AZKiさんなどの名前も挙げられるでしょう。どのVTuberの方も一曲聞けば「これは」と唸ってしまう魅力的な歌声を持っています。その他にも、歌を売りにしているVTuberは少なくありません。

音楽系VTuberが増えている背景には、歌手という職業がCDやライブといった形で既に商業的に存在しており、その上でVRライブ・ARライブという新たな可能性との親和性が非常に高いこともあって、マネタイズにかなり現実味があることが一役買っているでしょう。
事実、YuNiさんやときのそらさん、AZKiさん、そしてKMNZは相次いでソロライブやVRライブ、フルアルバムの発売などを達成しており、今後の活躍にも大きく期待できます。

そしてもう一つ私が注目しているのが、ダンスです。歌と同じく、リズムに乗った華麗なダンスというのは、問答無用で人の目を強く引きつける魅力があります。
この分野で一際目を引くのが、Balus(バルス)に所属する銀河アリスさんとMonsterZ MATEです。既に紹介したとおり、バルスはxR分野で業界トップクラスの技術を持つと目される存在で、それを生かしたMVやライブでのダンスは素晴らしいの一言です。
銀河アリスさん、MonsterZ MATEとも曲・ダンスとも非常に魅力的で、ARイベントのアーカイブを見ても「これはぜひ参加してみたい」と思わせるだけのものがあります。

歌やダンスというのは人の心をとらえ、ただの視聴者をファンに変える魅力を持ちます。それゆえに、国内においてもバーチャルとリアルの垣根を超えて「VTuberに興味はないが音楽は好き」というボリューム層を開拓できる可能性があると思います。そしてもう一つ、歌やダンスは時に言葉や国境を超えます。そう、歌、そしてダンスというコンテンツは海外展開という意味で非常に相性がいいはずです。海外ツアーを容易に実現できるVRライブとの相乗効果については言うまでもありません。そういう意味で、この分野はそれ以外の分野のVTuberよりも遥かに広いファンを獲得できる余地があると思われ、あるいはVTuberの中でもっとも成功したコンテンツになる可能性を秘めています。

そのためには、いかにファンとなってくれる可能性のある視聴者に広くリーチしていくか。これに尽きるでしょう。歌やダンスというコンテンツは、届きさえすれば「刺さる」人を捕まえられる可能性は比較的高いです。ただそれをいかにしてその人に届けるか?どうやって普段VTuberを見ない人へ、あるいは海外へ、そのコンテンツを発信するか?これが他のVTuberにも増して大きな課題となってくるでしょう。
国内だとNHKのバーチャル紅白のように、認知も徐々に広がりつつあります。歌やダンスに焦点を絞って、テレビのような広く目に触れるメディアに顔を出してくることも、十分考えられるのではないでしょうか?

ただ海外については、私としてもどういう動きをしてくるのか、していくべきなのかは皆目分かりません。ただ、とにかく海外へ情報発信をしなければ始まらないことも事実です。一度バズれば、Youtubeという全世界と繋がるプラットフォームが登録者、再生数などなど、全ての数字のケタを一つ増やしてくれることでしょう。グローバルな企画力、営業力の有無が成功できるかを分けるやもしれません。


③小規模なグループ、有力な個人勢
さて、このグループは一定のファン数を持ちながらも、単独でイベントやプロモーションを行えるだけの十分なリソースを持たない集団になってきます。この辺りだと有力な個人勢と企業勢の境目は曖昧になってきます。

このグループは、自力で新規ファンの獲得が難しくなってくるので、消極的に上位層があの手この手で新規の視聴者層を増やした所でうまく捕まえていくという待ちの姿勢以外の選択肢が減ってきます。
が、積極的にファンを増やしていく方法も確かに存在します。つまり、このグループの中で協力してイベントを開催していくという方法です。

たとえばバーチャルスナックは、先述のバルスが主催しているイベントで、様々なVTuberとスナック風にお話しながらお酒を飲めるというユニークなイベントです。

また名古屋VTuberまつりはXR Entertainment LLPが主催するイベントで、全国からVTuberを集めて開催されたトークライブイベント。VirtualREALはVTuberによるコンピレーションアルバムです。01は全曲オリジナルと、相当な気合の入りようです。他にも、最近だとVTuberとソーシャルゲームのコラボなども目にしますね。

単独で企画ができずとも、このようにうまく企画にジョインする形で、場合によっては周りを巻き込み企画を主催して露出を増やしていくのが、この層のもっとも有効な戦略ではないでしょうか。
上記の企画にどれも参加している朝ノ瑠璃さん、朝ノ茜さん姉妹の朝ノ姉妹プロジェクトはまさにこの例でしょう。

余談ながら、こうした企画にジョインするという観点ではオリジナル曲の存在が中々光ると思います。例えば先述の名古屋VTuberまつりでは音楽ステージが一つの目玉になっています。会場が盛り上がり、メリハリをつけやすいミニコンサートはやはりイベントの定番なので、ここで歌える持ち曲があるか否かというのは、限られた席に座れるかという点で実は結構な差ではないかなと思います。

音楽系VTuberのようなアルバム作成はハードルが高いですが、キャラクターソングのようにオリジナル曲を1曲というのは比較的現実的ですからね。

さて、話を戻すと、キズナアイさんの属するActive8が主催するUpd8は、まさにこうした自前のリソースが不足するVTuberのための組織ですね。イベントへの参加や開催、グッズ制作など多方面でのバックアップなどを行う「連盟」であるUpd8はこのグループ内での協力を目的としているのでしょう。前項でのキズナアイさんの戦略と合わせて、なんとなくActive8の描いている将来のビジョンが見えてくるのではないでしょうか。

また、この集団の中でもう一つの鍵となるのが、クラウドファンディングの活用でしょう。リソースに乏しいこの層が、それでも魅力的な大きな挑戦をしようとする時、クラウドファンディングによる資金調達は大きな力になるはずです。業界に大きな動きがあると思われる2020年、こうした支援が一際役目を持ってくることでしょう。


このように、トップランナーが時代を動かしていく時代でも、リソースが少ないVTuberにも活路は存在しているように思えます。そしてただ待つのを良しとせず、こうした積極戦略を取る上で必要なのは、間違いなくコネクションと積極性、企画力、そしてなによりも信頼です。
ファンと実績を積み上げ、企業やイベントへのコネクションを作り、積極的なアピールで企画への参加につなげ露出を増やしていく。他方ではCFも活用して「夢」を見せられる何かを提案したり、その中で信頼を積み上げていき…と、中々大変ではありますが、足を止めたらそこで終わりです。既に持てるものの強さが顕在化してきたこの業界で未来を掴むには、前向きな努力で可能性を開拓してくこそが鍵となるでしょう。
一番混沌としているがゆえに、予想外のものを生み出す可能性もあるこのグループは、いち視聴者としてぜひにも応援したいですね。

というわけで、以上のようにチャレンジャー層はその名の通りトップランナー層にチャレンジし、大手に埋もれずに独自の魅力を発揮していけるか、その上で新たなファンを掴めるかがポイントです。
ユニークな企画やイベント新しい魅力の創造。あるいは歌やダンスのような圧倒的な魅力による一点突破。リソースが足りなくとも、企画にジョインしたりCFを活用したりと人と手を取り合って、魅力を作って発信していく姿勢。
革新的なものは、こうした混沌と試行錯誤の中から生まれます。2020年のダークホースがチャレンジャー層から出てくるか。期待したいところです。


7. ③その他層

さて、最後になりましたが、これまでのVTuber文化を象徴する大多数の個人勢が属するグループの2020年について、触れていきたいと思います。

と、意気込みましたが、基本的には大きな変化は起きないでしょう。なぜならトップランナー、チャレンジャーの各陣営が経済的理由から変わらざるをえないのに対し、個人勢にはその必要がないからです。技術面でも3D化はいまだハードルが高いですから2Dでの配信形態が継続するでしょうし、そもそも個人レベルでは3D化しても出来ることは限られています(2Dから3D化するメリットがない)。
2020年にVTuber全体の新規視聴者は再び大きく増えるだろうと私は予測していますが、その一方でこの層の視聴者数は微増にとどまると思われます。というのは、新規視聴者の多くはは商業化した「派手な」VTuberを入り口にやってくるわけで、個人VTuberというのはどうしても目に止まりにくくなるからです。新規視聴者がの人気がトップランナー層に集中した2019年と状況はほぼ同じで、増えたパイを奪えるのはチャレンジャー層までになるでしょう。

ゆえに、トップランナー層とチャレンジャー層が激動の時代を迎える一方で、この層ではそれと切り離されたような2019年までと変わらない日常が続くというのが私の予想です。逆にチャレンジャー層へ飛び込むことは、よほどの覚悟とコミット、資金、そして幸運がないと難しいでしょう。冒頭で言った通り、2020年は企業VTuber(+一部個人勢)とその他で決定的な差が開き、もはや埋まることはありません


ただ、明言しておきたいのは、これはなにかの終わりではなく、むしろ始まりだということです。繰り返しになりますが、これまでのVTuberは企業勢と個人勢が別け隔てなく同じように活動していました。これは夢と活気に溢れたVTuber界隈という明るい雰囲気を生み出した一方で、全てのVTuberに否応なく商業的側面を意識させてしまったという負の側面もあったように思えます。つまり、売れること、人気が出ることが良いことであり、そうでないことは良くないことである、と。

だからこそ「何がしたくて私はVTuberになったのだっけ?」ということを見つめ直すべきなのが、この2020年なのだと思います。2020年、企業勢VTuberがいよいよ本格的に商業化のステージに向かい第2世代VTuberとなり、その差が一段と懸絶することで、この「その他」層に属するVTuberは、自分たちが商業的な利益を目的として活動しているわけではない、すなわち自分たちが第1世代のVTuberであるということを実感するはずです。そして思い出すでしょう。自分たちはこの活動を趣味でやっている、つまり自分たちはただやりたいから好きなことをやっているのだ、ということを。
人気が出ることが大事なのではなく、ただ自分の好きな姿で好きなことをして、それを誰かに見てもらうということが自分たちの本質であるということを。視聴者が多いことが重要なのではなく、誰か一人でも足を止めて、自分の好きなことを見てくれるということが有り難いことだということを。

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こうした認識面、心理面での変化は、2020年という短い期間ではなく、もっと長いスパンで起こっていく変化だと思います。ゆえに、見た目上の大きな変化はありません。しかし、それは未来に待ち受ける新たな変化の萌芽となることでしょう。ゆえにこれははじまりなのです。
その先に待ち受ける未来の姿については、本稿の趣旨とは少しずれてくるので、いずれまた別のノートでお話できればと思います。

まあ、こんな風に思わせぶりな抽象論で幕を引くのもあれですので、最後に私がこの層で2020年も目立ちそうなグループについて少し紹介して、終わりにしたいと思います。

1つ目は学術系VTuberです。学術系というのは、やはりエンターテイメントとは一線を画しているためマス層からの人気は得づらい(=商業的には成立しない)のですが、知的好奇心に溢れた人たちにとっては非常に魅力的なコンテンツです。有名な例でいうと、宇宙と物理学の普及活動(アウトリーチ)をしている宇宙物理たんbotが挙げられるでしょう。

商業的には中々成立が難しいがゆえ、第2世代VTuberからは生まれてこないこういった領域のコンテンツは、注目すべきだなと感じています。また昨今はVRアカデミアという、こうした学術系VTuberのコミュニティも開設されており、皆さんが思い思いの専門分野で活動されています(私もひっそりとその末席を汚しています)。昨年開催されたVRアカデミア論文解説リレーという非常にユニークなリレー形式のコラボには「これは」と思わされました。趣味で啓蒙活動としてこうした活動をしている皆さんには頭が下がりますね。


もう一つが、クリエイターVTuberです。これはVTuberとしての活動というよりは、本職の「顔」としてVTuberデビューをするパターンです。代表的な例ではイラストレーターやデザイナー、作曲家のVTuberという方々です。
これは個人的にとても面白いと思っていて、人間というのはやはり文字としての名前だけよりは、仮にでも「顔」があったほうが記憶に残るし、「この人が作ったんだな」という実感が湧くんですよね。イラストレーターや作曲家というのは、基本的には裏方で注目されづらい存在ですが、VTuberとして顔を持つことでその存在感を見せやすくなります。また視聴者にとっても、こうした「裏方」が顔を持つことで、「表」と「裏方」の交流という新たな面白みが生まれます。例えば、歌手作曲家VTuberイラストレーターやモデラーという具合にです。
例えばアーティスト兼作曲者として活動しているワニのヤカことYACA IN DA HOUSEさんは、既に紹介したバーチャルヒップホップユニットKMNZのお二人と普段から親交があり、ラジオ番組に出演したりしています。

そういう文脈を踏まえた上で、発売されたKMNZのアルバムのトラックリストに、

#1 OPENING
Produced by YACA IN DA HOUSE
Lyrics by C. Yaca

という名前を見つけると「あ、この曲YACAニキが書いてるんだ!」と、それだけで嬉しくなってしまいます。何も知らなければ素通りしてしまうコンポーザーの名前に「顔」が思い浮かぶようになるのです。

また、2019年にはプロイラストレーターのVTuberデビューが目立ちました。面白いところだと、VTuberのママ/パパ(担当絵師)という繋がりでの親子コラボ放送というのもあります。ホロライブの大空スバルさんのママとして、「大空家」として度々コラボ放送をしているしぐれういさんなどが有名ですね。

視聴者としてはクリエイターの「顔」が見えますし、裏方トークや制作の裏話も聞けるのは嬉しい限りです。クリエイター側もVTuberとして知名度、露出が増えることで文字通り顔が売れてチャンスに繋がるというメリットもあり、Win-Winの関係といえます。2020年もこうした露出の仕方は増えてくるでしょうし、増えてほしいなとファンとしても思います。


終わりに

2020年、VTuberは本格的な商業化という大きな転機に差し掛かります。その大きな壁を超えるため、今まさにトップランナー層、チャレンジャー層のプレイヤーは、たゆまぬ努力を続けています。その結果が実を結び、壁を超えることに成功すれば、VTuberは一つのターニングポイントを迎えるであろうことは疑いないと思います。それが私の想像している通りのものなのか、そうでないかは1年後に初めて分かることですが、そうした中で様々なものが変わっていくと思います。
その全てが良い変化というわけではないでしょう。一例が、2018年頃にピークを迎えた、個人勢・企業勢の渾然一体となった活気に溢れた時代、VTuberの古き良き時代がついに終りを迎えるということです。VTuberは商業化した第2世代VTuberと、非商業的な等身大の第1世代VTuberとに明確に分かれていく。この趨勢は止まることはないでしょう。
一方で、そうした商業化に成功することで、さらに大きなリソースが注ぎ込まれるようになり、今までよりも更にスケールアップした素晴らしいコンテンツが生まれ、私たちを魅了してくれるはずです。またこれからどんどん増えていくであろうテレビを始めとしたメディアへの露出、幅広い認知は、10年前のVocaloid文化がそうであったように、VTuberが「物珍しいサブカルチャー」から「次世代のメインカルチャー」へと進化するきっかけとなるでしょう。拙稿「ネットカルチャーとしてのVocaloidの私的10年史」でも書いたように、そうした変化は意外なほどすぐに訪れ、そして急速に進むかもしれません。

ただ、そうした変化の中でも、変わらないでいてほしい事があります。それは黎明期のVTuberという特殊な環境と、VTuberというものの特異性が育んだ、数々の美点といえる文化そのものです。
例えば、VTuberは肯定の文化である、という点です。VTuber界隈は、否定的な言葉ではなく、肯定的な反応を返すという風土が広く根付いているように思います。それがどれだけ私たちにとって有り難いことであるのか、どれほど素晴らしいことなのかは、これも拙稿「Vtuberの本質とその先にあるモノ~私たちの進化の先駆けとしてのVtuber」にて語ったとおりです。
それは2018年のVTuber前史の時代、ごく限られた「物好き」な視聴者と配信者が作り上げた、ディープで熱い時代に由来する風土なのではないかなと思います。
一方で、私はそこにVTuberならではの特異性も関係しているのではとも思います。VTuberは、トラッキング技術が可能にした身振り手振り、表情といった細かな情報の伝達、アナログ・コミュニケーションをも可能にする高度なアバターです。であるがゆえに、そこには「人間くささ」が生まれます。そこに一つのポイントがあります。
人は「相手が人間である」と実感している限り、人を簡単に傷つけることはできません。それは人の想像力が生み出す優しさです。それはテキスト・メッセージでしか情報を伝えられないがゆえに「相手が人間である」という実感が得づらく、過激な言葉が容易に飛び交う匿名掲示板やTwitterという反例を見れば、なんとなく実感ができるのではないでしょうか。同じような言葉を、面と向かって人へ向けられる人というのはごく少ないはずです。人は「人」を相手にする限り、優しくなることができるのです。
VTuberという「人間くささ」を伴ったコミュニケーションは、人を優しくする技術であり、その源流には確かな熱さと優しさがありました。だからこそVTuber界隈にはそうした優しさの文化が受け継がれているのだと思います。こうした文化は、VTuberの美点として私たちが失わず持ち続けていくべきものだと思います。

それ以外にも、企業勢・個人勢が渾然となった時代と、Twitterというコミュニケーションの基盤、そして2Dアバターの制限が生んだコラボ文化から結実した、VTuber同士の可視化された交流と、互いの関係性を大切にする文化をはじめとして、皆さんがVTuberの美点と感じる風土は多々あるでしょう。
これから、第2世代VTuberの登場を経て、時代は大きく変わるでしょう。その変化の中でも、こうした美点を失うことなく持ち続けていくことができれば、それは何よりも素晴らしいことではないかと、私は思います。


私たちの2020年は、そしてVTuberの時代は、まだまだ始まったばかりです。


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