思惟かねの一口ニュース解説【エネルギー/8-9月】「安全・高効率な新型原子炉が稼働開始」「6分で充電できる新型電池が商業化へ」「超ローテクの"重力電池"」「温度差ゼロで発電する驚きの素子」
この記事は、私、思惟かねのニュース解説ツイートのアーカイブです。気になるニュースを5ツイート程度の一口サイズで深堀り解説します!
◆世界初のモジュール型高温ガス冷却炉が臨界に成功 運行をスタート
高温ガス原子炉は、第4世代の革新的な原子炉です。
従来の原子炉(上)は冷却剤と減速材に「水」を使っていましたが、高温ガス炉(下)では冷却材にヘリウム、減速材に黒鉛を使います。
ヘリウム、黒鉛とも水に比べて遥かに高温に有利なため、運転温度は従来の300℃前後から、なんと750-950℃まで高まります!この高温のおかげで、高効率な発電に加え、熱分解による水素の生成など熱源としての運用(熱電併給)が可能に。
しかも高温ガス炉は、従来の原子炉と比べ遥かに安全になっています。簡単に言えば「放っておけば安全に止まる」のです。
その原理を理解するため、高温ガス炉の構造を見てみましょう。
高温ガス炉の基本構造は、減速材の黒鉛で包まれコーティングされた核燃料(下写真)と、その間を吹き抜け冷却・熱運搬を行うヘリウムガス。
従来は冷却材と減速材を兼ねた水が核燃料の周囲を流れていましたが、高温ガス炉では燃料と減速材が一体に。いわば燃料1個1個が小型の原子炉になっているのです。
従来原子炉は温度が上がりすぎると、加圧して液体に留めていた水が沸騰、炉の破損や制御不能な核分裂を招きます。いわゆるメルトダウン(炉心融解)です。
しかし高温ガス炉は、温度が上がっても減速材の黒鉛は3000℃に耐え、既に気体であるヘリウムは影響を受けません。高温ガス炉は従来よりはるかに高温に強いのです。
また温度が上がると、核燃料内のウラン238が中性子をより捕獲しやすくなることで核分裂の抑制をもたらし、自律的に温度を抑えます。たとえ冷却材のヘリウムの循環が止停まっても「アイドリング温度」で自動的に反応が安定します。
これは絶えず制御が必要な従来原子炉とは次元の違う安全性です。
さて、今回ニュースになった中国が発電を開始したのは、核燃料と黒鉛を数cmの球状に形成し、炉心へ供給して発電するペブルベッド型の高温ガス炉です。
しかし実は日本はより高温を実現可能なブロック型炉(ペブルベッド型750℃に対しブロック型で950℃)であるHTTRを既に1998年に建設しているのです。中国も遅れること2年、研究炉のHTR-10を建設し、長年の研究の末、今回の高温ガス炉稼働にこぎつけています。しかし日本がこの研究をリードしていたのは事実です。
しかし残念ながら、日本の研究炉であるHTTRは10年に渡り運転を停止していました。3.11の大きすぎる爪痕です。しかしついにこのHTTRがついに安全審査を通過、再稼働が承認され、先月8/30に息を吹き返しました。
脱炭素化やカーボンニュートラルな水素社会が待ち望まれる中で、HTTRのには大きな期待が寄せられています。
原子力にアレルギーを起こす人は少なからずいます。
しかし人間の技術は危険な力をも制御し、役に立ててきました。従来原子炉の本質的な不安定性を克服し、原理的に安全で高性能な高温ガス炉はその象徴に思えます。
ブランクを乗り越え、高温ガス炉が商用化される日が楽しみです。
【参考】
高温ガス炉の概要(高温ガス炉プラント研究会)
新原発・高温ガス炉 急げ日本、背後に迫る中国
脱炭素エネルギーの「水素」、次世代原子炉で製造…政府が施設着工へ(読売新聞)
軽水炉画像:User:Saperaud, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
ペブルベッド型炉画像:Picoterawattderivative work: OrbiterSpacethingytranslation: Cryptex, CC0, via Wikimedia Commons
◆東芝など、6分で充電できる次世代電池を2023年度に商業化へ
昨今、革新的な電池の話は多く聞かれますが、大半は「研究段階」のもの。それが「実用化」され、さらに商品として成立する「商業化」までは長い道のりです。
しかし東芝は長年の研究の結果、負極材料にニオブチタン系酸化物を使った新たな電池(従来は黒鉛)を「商業化」にこぎつけました。その現実味は、発表中の協業相手や内容からも伺えます。
その協業先は、この電池の鍵であるニオブの生産大手CBMMと、供給を担う商社の双日です。この協業は2018年に開始し、今回改めて開発完了と商業化を宣言した形です。
さて、この電池が高速充電可能な理由を理解するには、Liイオンバッテリー(LIB)の構造を理解する必要があります。
現在LIBの正極はLiCoO2、負極は黒鉛が主流です。特筆すべきは、両極ともがLiイオンがその分子内部に「潜り込む(インターカレーション)」ことが可能な物質である点です。
LIBを充電すると、正極のLiCoO2内からLiイオンが離脱し、負極の黒鉛分子の隙間に入り込む現象が起きます(トポ化学反応)。また放電時はこれと逆の反応が起き、Liイオンと電子が移動し電気が流れます。ゆえにLiイオン電池と呼ばれます。
しかし急速充電や低温充電等で過充電になると、ある問題が。それがLi結晶(デンドライト)の析出です。黒鉛電極を離脱したLiイオンは、過充電されると自身が電子を受け取って、電極表面に析出してしまうのです(図)。
この結晶の一部は放電時に固体のまま電極を離れ、内部で接触して短絡、発火を引き起こします。これがLIBの性能と安全性のネックでした。
しかしチタン系酸化物(TLO)の負極では、このデンドライトがほぼ生じません。これはLiイオンが分子間に挿入/離脱する電位が1.55Vと高く(黒鉛では0V)、過充電でも析出が起こらないためです。
これにより従来の慎重な過充電制御が不要となり、急速充電性能が大きく向上しているのです。
また同じくLi+挿入離脱電位が高いため、①非伝導性の副生成物(SEI)が生じない ②Liイオンの挿入/離脱に伴う体積変化が少ないため電極の剥離が起こりづらい といった理由から、充放電寿命が従来LIBの6-10倍もある点も特徴です。
一方で、電位差の小ささゆえエネルギー密度が低い(約1/3)ことが最大の課題でした。
このTLOの容量の小ささを改良したのが、今回商業化に踏み出したニオブチタン系酸化物(NTO)電極。長年の研究で短所の充放電特性を改良、エネルギー密度は従来LIBの2/3まで向上。安全性と長寿命を考えればEVへの採用も現実的です。
東芝はこのNTO-Liイオン電池の研究を2010年に着手し、2017年に発表、そして今回ついにこのバッテリーを商用EVに供給しての実証実験へと移行し、商業化へリーチをかけたというわけです。
研究開発が実を結び、実用的な技術となって私たちの生活を変えるには時間がかかります。が、この成果が私たちの眼に触れるのは、喜ばしいことにそう遠くない未来のようです。
【参考】
電解液でも超急速充電、全固体電池のお株奪う
LTO負極を用いたリチウムイオン電池の安全性と信頼性(猿渡,2017)
リチウムイオン電池の基本構成とその特徴(辰巳)
3分でわかる技術の超キホン リチウムイオン電池の負極とインターカレーション、SEIの生成
リチウムイオン電池の熱暴走メカニズムと高安全性技術(向井,2019)
中・大型蓄電池用チタン-ニオブ固溶酸化物負極材料の高レート特性化に関する研究(稲田,2013)
チタンニオブ酸化物負極による高容量化で調急速充電が可能な次世代リチウムイオン二次電池SCiB(東芝)
リチウムイオン二次電池(Wikipedia)
黒鉛へのインターカレーション図:Tosaka, Public domain, via Wikimedia Commons および上記ページより作成
◆ニュートンも驚く超ローテクの“重力蓄電” 近く本格稼働へ
現在普及が進む太陽光、風量などの再生可能エネルギーには出力の変動が大きいという問題が。雲がかげれば出力が下がってしまう太陽光発電では、電力の安定供給は望むべくもありません。そこで再エネの大規模導入には、出力変動を吸収するバッファとしての蓄電池がセットで必要になります。
蓄電池の主役はやはりLiイオンバッテリーですが、化学エネルギーで電力を蓄える以上、電池の自然放電は不可避で、長期の蓄電には向きません。製造に伴う環境負荷も問題です。
そこで目減りしない重力による位置エネルギーを使おうというアイデアが。実はこれは既に「揚水発電」として実用化されています。低きに流れる水の位置エネルギーを利用する水力発電。揚水発電はこの亜種で、電力需要が低い時間帯にポンプで水を高い位置の貯水池に汲み上げ、需要時間帯に水力発電を行います。
しかし建造費用は莫大、適地は少なく、環境破壊の問題も。
そこで提案されたのが、よりスマートな「重力蓄電」です。
この重力電池を一言でいえば「エレベーター」です。モーターで重りを持ち上げ、電力を位置エネルギーに変換。電力需要時は落下させてモーターで回生し発電。エネルギー効率は実に電池並みの85%!
ただその実態は…まるで建設現場の巨大なクレーンとコンクリートの塊。思わず笑ってしまいます。
しかし一見ローテクでも、これはパワーエレクトロニクス技術の発展があってこそ実現したもの。モーター制御と回生発電を司るパワー半導体と高度なインバータ制御なくして、トータルで85%という高効率は実現できませんでした。つまり新しい技術が古いアイデアを現実のものにしたといえるでしょう。
重りを積み下ろしするだけなので応答も早く、廃材利用でコストも電池並みに。スゴい。Energy Vault社によると、この120mの鉄塔一基のバッテリー容量は最大80MWh。これは日産LEAF約1600台分、3-4万人都市の電力需要に匹敵します。
日本のような地震国でこれは難しそうですが、地下に「エレベーター」を掘り、同様に重力を利用する地中埋設型(下図)をイギリスのGravitricity社が提案しています。
自然エネルギーの再エネの不安定さを、同じく自然の「重力」によるエネルギー保存則が支える。なんとも面白い話ですね。
謎の巨大クレーン塔やエレベーターがあなたの街にも1基作られ、電気の安定供給を支える、そんな未来が来るのかもしれません。
【参考】
Energy Vault社
Gravitricity社
再生可能エネルギーの導入拡大に向けた蓄電池とPCSの現状と課題(東京都環境科学研究所)
揚水発電画像:Σ64, CC-BY-4.0 via Wikimedia Commons
系統用蓄電池画像:経産省資料より
◆温度差ゼロ発電という非常識技術が続々 太陽電池超えの可能性も
例えば火力発電は、熱源により冷水を加熱して水蒸気として膨張させ、この圧力によってタービンを回して電力を得ます。つまり水が熱源より冷たいからこそ発電できるのです。これは温度差により起電力を生む熱電素子も同じで、つまり温度差がない熱源には意味がないのです。
温度差が仕事を、電力を生む。「温度差ゼロ発電」はこの原則をどう覆すのでしょう?
その「非常識」な素子の一つが、東工大が開発する増感型熱利用発電素子(STC)。熱の逃げ場のないアスファルトの温度だけで0.3Vの起電力を発生し、無線通信を可能としています。
このエネルギーの源は物体の「熱さ」そのもの。ピストンやタービンよりもさらにミクロな…熱による電子の動きを利用します。
ところで、私たちの身近に、すでに温度差を使わない発電が一つあることにお気づきでしょうか?
そう、「太陽光発電」です。太陽電池に入射した光は、内部の電子を励起…つまりエネルギーを与えます。これが移動しようとする力、即ち起電力を利用して発電します。STCの発電する原理は、実はこれと同じなのです。
STCと太陽光発電の違いは、太陽光によって電子を励起するか、物体の熱により電子を励起するかという違いなのです。しかしSTCは太陽光と違い表面に露出する必要がないため、地中埋設などにより様々な「熱」をエネルギー化できる点は大きなメリットです。
またこれ以外にも興味深い、量子力学的な現象により熱を電力に変換する素子が研究中です。
米コロラド大が開発するのは、量子井戸のトンネル効果を利用した共鳴トンネルダイオードにより、全ての熱源が持つ放射エネルギー(黒体放射)を電力変換する素子。
また米アーカンソー大は熱により運動する原子が薄膜を動かす振動を電力に変換、室温でも発電可能な素子を開発しています。
このような素子技術は、大きなエネルギーを得ることは難しいものの、電池や電源を必要とせず、世界のあらゆる場所で電子デバイスが動作するユビキタス社会に繋がります。非常に面白い研究ですね。
未来の社会では、電池も電線もなしにあちこちのわずかな熱源で電子機器が動いている、そんな世界が待っているのかもしれません。
【参考】
Demonstration of resonant tunneling effects in metal-double-insulator-metal (MI2M) diodes
An energy-harvesting circuit based on graphene
共鳴トンネル素子の動作原理と特長1(富山大学)
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今回もお付き合いいただきありがとうございました。
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