憧れの人から離れられず
『夢は叶わずに夢で終わる方が幸せだと思う』
あの時そう思ったのは、羨ましかったからだろうか。
私には応援している俳優さんがいた。
幼い頃から演技・歌・ダンスなどに挑戦し続けており、何事にも真っ直ぐな姿に、心奪われる人が多く、実際私も偶然観に行ったライブで彼の事を知り、気付けば応援していた。
仕事にも恵まれ、様々な作品に出演していたが、彼は突然、演技の道を進むことを辞めた。
以前からダンスの仕事に専念したかったらしく、ケジメだと言っていた。
ファンは減ったけれど、やりたいことを全力で行っている姿はやはりかっこよかった。
ライブ中、「絶対にドームに連れていく」「ドームに行きたい」が彼の口癖だった。
失礼なことに、どこかで夢のまた夢だと思っていた部分もあったが、その言葉を聞いていた私達は幸せと希望に満ちていた。
彼もファンも全力だった。
全力すぎてぶつかり合うことも増えていった。
数年後、彼は、所属していた事務所を辞めた。
どう頑張っても、みんなの期待に応えられず、迷惑をかけてしまうことが悔しかったらしい。
「そこにいてくれるだけで良かったのに」なんて周囲は言っていたけれど、その言葉すらも"自分は期待されていなかった"と彼は考えるのではないかと思い、口に出すことは出来なかった。
そして、「もっとこうしたらいいのに」「こうあってほしい」と、気づけば理想像を求めすぎていたことに反省した。
そんな彼が突如、新しくグループ活動を始めることを発表した。
夢のドームに向けて、頑張るらしい。
ずっと言っていた夢を現実にしようと、また頑張り始めた姿を見ることができて嬉しかった。
ただ同時に、前のように応援しようと思えていない自分がいた。
なんだか、夢に向かって前に進み始めた彼と、夢を叶えようと頑張れなかった自分を比べてしまい、悔しかったし恥ずかしかった。
『夢は叶わずに夢で終わる方が幸せだと思う』
と呟きながら、自分が夢を叶えようとしなかった理由について考えた。
夢を追い求めなかったのは、自分の夢が傷つくのが怖かったからかもしれない。
そう考えると、彼はなんて勇気のある挑戦者なんだろう。
私は、自分のできないことを彼に求め、押し付けていたということだろうか。
そして彼は、その重い思いも背負って、あの頃頑張っていたのだろうか。
きっと私は、彼が羨ましく、いつまでも、憧れ続ける。
……
数か月後、友人と繁華街を歩いていると、駅前で男性たちがチラシ配りをしているのを見かけた。どんな人達なんだろうかと通りすがりに見てみると、見覚えのある顔を見つけた。彼だった。
彼は目が合うと、ニコッと笑ってくれたが、私はその場から去った。
夢に向かって輝いている彼についていける余裕や自信が私にはないと思ったからだ。
優しくて、頑固で一心に突っ走っていた彼が恋心のように好きだった。もう私と気軽に話してくれるような彼ではないだろう。
そんなことを考えながら、私は結局チラシを受け取っていた。
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