レビューRadio現場vol.44『介護百人一首読んでみた!』feat.坂野悠己さん(7分くらいで読めます)
2022/10/08 土曜の夜に始まるRadio現場!
吉田さんの先週日曜のお話。PTの達人みたいな方の指導のもと「吉田さん、きっと泳げるわよ!」と言われ、水泳をしてみたとのこと。
結論;自分ができないことは、できないと思っているからできないことが分かったという。
その後、いろいろな緊張が取れていて、サーフィンも絶好調だったそうです。
そして、バタバタしていたのに、送迎車がパンクするという事案に遭遇した森近さん。こういう経験を経て、チームがビルディングされていくんだと、認識を新たにいたした10月吉日。
今回のゲストは、東京にある特養・駒場苑の坂野悠己さん!
2度のリスケから3度目のしょーじき。真打登場・介護アイドル坂野さん。
坂野さんが坂野さんになった理由を深掘りしていく1時間であります!
吉田さんと坂野さんが知り合ったのは、オンライン上でのこと。
四六時中介護のことばっか言ってる印象の坂野さん。ちゃんとゲームとかもしていますよ!とのことです。
坂野さん、介護職を始めたのは20歳から。10代までは、いわゆるパンピーだったという。
遊ぶ金欲しさに、時給のいいバイトをタウンワークとかで探したのがきっかけで、スーパーの惣菜コーナーの時給より全然よかった特養の仕事に応募されたのが全ての始まり。
そしてそのバイト先の特養が、素人に分かるレベルのやばさで、利用者さんがベッドから降りたらいけない施設だったというドイヒーさ加減。
ベッドでご飯食べる!
入居と同時に全員オムツ!
起きてきちゃう人は手首を紐で縛られる!
現在なら秒で虐待事例!
坂野さん的には、普通にお年寄りのおしゃべり相手感覚でバイトに行ったところ、施設の端から端まで先輩と一緒に一気にオムツ交換!しかも布オムツ!という未経験者にはとてつもないハードなご経験をされました。
そこでは、朝の交換後に排便があった場合、交換せずに昼食後まで放置!
その状態が許せなくて、先輩職員に食ってかかったところ、先輩より、
「これが介護だから!」と相手にしてもらえず。
そこで、施設長に意見したのですが、のらりくらりと交わされる。傾聴はしてくれるけど改善しなかった。
そして1か月後に、契約解除を言い渡される運びに。ひどい大人だ!
問題点 直談判に施設長 傾聴すれども改善はせず(もっちぁん、心の一首)
その施設の理念が「その人の尊厳を尊重します」だったという。もう、怒り爆発。
「年を取ったらみんな、こんな環境で最期を迎えるの?」とどうしても現状が許せなくて許せなくて、「これを仕事にしよう!」と心に決めたという。
怒りだけで、20年仕事をされている坂野さん。そうだったのか!そうは見えない坂野さん。
“駒場苑の7つのゼロ”は、最初のバイト先で強制されていたものをゼロにしたいという思いで掲げたとのこと。
具体的には、
① オムツゼロ(安易に使わない)
② 機械浴ゼロ
③ 誤嚥性肺炎ゼロ
④ 脱水ゼロ
⑤ 拘束ゼロ
⑥ 下剤ゼロ
⑦ 寝かせきりゼロ
である。この7つを限りなくゼロに近づけるようにやっていきましょう、という取り組み。
坂野さんの怒りの源は何だろう、との問いに、ご本人は答えて曰く、おじいちゃん子、おばあちゃん子だったから、感情的に許せなかったという。
「自分の好きだった存在が、人生最後の時期にこんな望まない状態でいることがあまりにも酷いな」と。
かてて加えて、「おかしい!」と声を上げたのに、施設側から排除されたことも許せなかった。
坂野さんは、現・駒場苑の施設長なのですが、それ以前に2施設連続でクビになったとのこと。この話は、アーカイブには残せないレベルのエピソードだという。
正しいと思って意見をする、喧嘩腰スタイルだった坂野さん。間違ったことをただしてみても、こっちが悪者に仕立て上げられてしまう。
そこで、社会人として上手く立ち回りながら、要求を通すスキルを身に付けねばならない!と自分のキャラを変えていったそうです。
元々、友だち作りが嫌いなタイプだった坂野さん。高校生の頃、誰とも喋らず下校とかザラであったらしい。
特養3施設を辞めた後、某大手の有料老人ホームに転職。そこで、先輩方の立ち居振る舞いをウォッチングしていった。
そしてスキルが身についたと感じたのち、満を持して「特養にリベンジしたい!」と横浜にある特養に転職されたそうで、そこが駒場苑の前の職場。
そこでは、思っていた介護に近いことができたとのこと。
そして、ご縁はある日突然自宅に。三好春樹さん(介護の大家中の大家)から急に本と手紙が届いたという。
昔坂野さんがクビになった施設にいた職員が、その後三好さんの講演に行き「坂野がおかしいと言っていたことと三好先生の話が一致する」との結論に至ったという。
さらにその職員さんが三好春樹さんに坂野さんのエピソード(放送できないやつね)を紹介。それを聴いた三好さんが「そいつに会いたい」という運び。運命とはよく言ったものであります。
その職員さんが、履歴書を(本人の了承なく)三好さんに渡したことで、坂野さん宅に荷物が届いたという。手紙にはごく短く、
「噂は聞いています、今度飲みましょう 三好春樹」と。
怖い!
しかし、坂野さん、三好さんの本を読んでみたら、あらびっくり。意見が一致したのだという。
そこで、池袋にある三好さんの事務所まで訪ねて一杯飲みに行かれ、そのご縁で、三好春樹さんが喋る場を提供してくれたという。それが25,6歳の頃。
ある時、講演の懇親会に来ていた駒場苑の職員さんが「揉めてる施設を助けてほしい」と坂野さんに助けを求め、坂野さんは駒場苑への転職を決意。
主任として引き抜き、というか自分から引き抜かれたとのこと。
駒場苑では、何からテコ入れしたのか?
当時、現場の人は坂野さんが嫌い。改革に着手したくない人ばかり。
そこで坂野さんは、挨拶のあるなしで仲間であるかそうでないかを分別していった。
最初の仲間は3人くらい。
「介護を変えるには(理念に)共感している人たちがある程度のポジションにいてリーダーシップとってやらないといけない」ので、人事に掛け合い、その3人をリーダーにした坂野さん。
言葉で説得するより、どんどん実践していった方が分かってもらえると考え、成果のある対象から変えていくのが、坂野流の改革。
成功体験を数回積み重ねていくと、職員に受け入れてもらいやすく、徐々に改革を受け容れてもらえるようになったそうです。
山本五十六の「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」である。
最近では、怒りの感情がなくなってきたという坂野さん。介護AIとか言われてしまう始末。
【ここから、メインテーマである介護百人一首のお話し】
介護百人一首は、研修の一環として作った技術や理念を“伝えるツール”であるという。
本を(あまり)読めないと自称する坂野さん。すぐ眠くなっちゃうし、そういう人多いよね、という気づきから、俳句か短歌に介護理論を詰め込んでみた。その集大成が、介護百人一首。
ベースとなる一首目が、
最期まで その人らしい
生活を そのためにいる
私たちかな
過去炎上し、文言を変えたものもあるそうで、
全介助 エプロン付けて
食べこぼし 介助の仕方
見直す機会に
介護百人一首(現・介護百首)は、日々チェンジしている。駒場苑だけでなく全国に流布しているツールなので、不快感を醸したらよくないとの思いから。
〈以前のもの〉
全介助 エプロン付けて
いるのはね あなたの介助
下手だからだよ
あなたの介助下手だからだよ が炎上したという。注釈を見て納得したという方もいたとか。
炎上案件って、交通標語に怒るようなもんだよね。
「矢沢のアンチも矢沢のこと見てくれてるから、結局ファンなんだよね」という永ちゃんの言葉を思い出した、と吉田さんより。
高田馬場のロータリー前に炎上アンチ全員集合の件。13:30にお願いします。
アンチコメも理不尽コメもスルーはすれど、全てに目を通している坂野さん。ブロックもミュートもされてないという心の広さ。
森近さんのお気に入りの一首がこちら。
声をかけ 分かって動くにゃ
時間いる 待たずに触れる
そりゃチカン
吉田さんの解説「立っている人と寝て待っている人の時間軸って違う」。
介護する側が待つって大切である。これには完全に同意。
「はい、ズボン下ろしましたよー」では完全にチカンであります。車のナビに「今の角を右!」と言われるようなもの。
ご利用者目線での返歌も出版してほしい。歌のカイゼンがあるって素敵なことだなぁ。
今日のテーマで話すにあたり、2回くらい朝の短歌をNHK+で見たという吉田さん。事前準備に余念無し!
「季節がないから季語が見当たらない」って真実だよなぁ。時の見当識についても考えてしまう私。
リアルに百人が一首ずつ作ったものを選んだら面白いかもしれない、と吉田さん。全国から募って、
「これは季語も理論も入ってますねぇ、風景も浮かぶからレベルの高い和歌ですねぇ」とか面白展開が。
ヤバい人坂野さん。それは賛辞。
2022年の秋に介護百人一首のクラウドファンディングは目標達成されております。めでたい!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?