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稽留流産/PGT-A検査5AAの胚盤胞【アメリカで不妊治療】

こんにちは。
アメリカのマサチューセッツ州でかれこれ2年不妊治療を続けているミドサーのおもちと申します。
これまでの大まかな治療歴は、
人工受精3回(全て結果出ず)→採卵(PGT-A良好胚1つのみ)→3BA胚移植(陰性)→採卵(PGT-A良好胚2つ)→5AA胚移植
です。間にポリープ除去手術、LEEP手術を受けています。

胚盤胞移植→陽性

さかのぼる事約2か月前、PGT-A検査で5AAだった胚盤胞を移植し無事に陽性反応が出て、HCGの数値確認→胎嚢確認→心拍確認と順調に壁をクリアしていきました。夫と「やっぱり5AAの胚盤胞はすごいね~!」と感心しており、つわりや体調不良等も特になく、PGT-A検査をしたことにより性別も女の子と分かっていたので女の子のbabyグッズ等を検索したりして希望に満ち溢れた毎日を過ごしていました。

そして、ついに不妊治療院での最後の検診である9週2日の月曜日がやってきました。本来私の通っているクリニックでは、特に問題がなければ8週のどこかで最後の受診なのですが年末年始を挟んでいたこともありこの日になりました。

突然の流産宣告

赤ちゃんどれくらい大きくなってるかな、とわくわくしながら診察台に乗りエコー検査が始まりました。画面に赤ちゃんらしき白い影が映ったので先生の方をちらりと見たのですが、それまで笑顔だった先生の顔色がみるみる曇り始めエコーの棒をグリグリしながら「心拍が確認できないのと、サイズが8週で止まっている」と言われました。確かに、赤ちゃんの姿はあるもののぴょこぴょこ動く様子はなく静かにそこに留まっているだけでした。
すると先生に「ここのクリニックの機械では精密さに限界があるので、エコー検査専門のクリニックを紹介するので今からそちらに行ってきてください。望みは低いけど、そこでなら心拍確認できるかもしれない」と言われました。
エコーに映る静かな赤ちゃんの影を見る限り、もうほぼ望みがない事は感じていましたが、とりあえず一緒にいた夫に運転してもらい車で15分程かけて紹介してもらったエコー検査専門のクリニックへ行きました。こちらから頼んでもないのに、すぐにセカンドオピニオンを用意してくれるあたりは流石合理的なアメリカだなと思いました。

紹介先でのクリニックでの結果はやはり変わらず、「流産ですね」と言われました。
その日の帰宅後に不妊治療院の担当の先生から電話がかかってきて、お悔やみの言葉と今後の流れを説明されました。クリニックにいた時は実感がなくただ唖然として涙が出なかったのですが、家に帰ってくると時間の流れとともに現実を受け入れ始め涙が止まらなくなり、その日の夜はずっと泣いていました。

稽留流産→吸引手術

アメリカは自分が加入している保険によってカバーされる内容が全く異なり、今回の私の場合は不妊治療院ではなく不妊治療を始める前からお世話になっている別の産婦人科でしか保険適用で流産手術が受けられないとのことで、不妊治療院の先生が産婦人科の私の担当医に連絡をしてくれました。
保険のシステムが複雑で医療費が本当に高いですが、病院同士の横のつながりはとてもしっかりしていて何かあった時にスムーズなところがアメリカの医療で好きなところでもあります。

流産を告げられた翌日、産婦人科の担当の先生から直接電話があり
①赤ちゃんが自然に出てくるのを待つ
②飲み薬で赤ちゃんが出てくるのを促す(中絶でも使用される薬で日本では承認されていないようです)
③静脈麻酔下で吸引手術をする
の選択肢をくれましたが、私はいつ始まるか分からない腹痛と大量の出血が怖く、出てくる赤ちゃんを見るのも耐えられないと思ったので吸引手術一択でした。

そして流産発覚の2日後に、吸引法での流産手術を終え今に至ります。
手術が終わった後は、ぽっかりお腹に穴が開いたような感覚で呆然としていました。しかし、早く気持ちを切り替えなければと思いつい2日前までつけていたトツキトオカのアプリのデータを消し、妊娠12週まで続ける予定だった不妊治療院で出されていた薬もゴミ箱に捨てました。
けれども、胎嚢と心拍が初めて確認できた日にもらったエコー写真はどうしても捨てる事ができず、短い間だけど私達をパパとママにしてくれた赤ちゃんへお手紙を書いてこの先もずっと保存することにしました。
今はもうお空に行ってしまいましたが、確かにお腹に宿っていた命のあかしとして。

今の気持ちとPGT-A検査後の胚盤胞で妊娠する確率


今は流産宣告から2週間弱経って、術後の腹痛や出血もなくなり気持ちも前向きになってきたのでこうして淡々と文字を書いていますが、先週はこの世から消えたいくらいのどん底な気持ちでずっと落ち込んでおり、昼間は平気でも夜になって突然涙が出てきたりしていました。
あの時夜中に咳をしたのがいけなかったのか、まだ安定期に入っていないのに慣れない車の運転をしたのがいけなかったのか、等自分をたくさん責めました。
不妊治療院の先生には、PGT-A検査では計り知れない染色体異常以外の遺伝的な何かが要因で母体側のせいである可能性はかなり低いと説明されましたし、初期の流産はよくある事だと以前から知識として把握していた事ではありました。ただし、PGT-A検査が5AAだった胚盤胞(この時点で妊娠率60%と高め)を移植後に心拍確認までいった赤ちゃんが流産してしまう可能性は全体の4~5%だとも説明されました。まさか自分がその少ない数パーセントに入ってしまうとは。
思えば、前回PGT-A検査で3BAだった胚盤胞を移植した時は、かすりもせず妊娠検査薬で陽性反応が出ませんでした。その時の妊娠率は確か50%と言われていた気がします。
やはり先進医療が発達している現在でも妊娠→出産に関しては医療の限界があり、本当に様々な奇跡が絡み合い積み重なって元気な赤ちゃんが生まれるのだなとつくづく感じております。

次の胚盤胞移植にむけて

身体も精神面も大分回復してきたので、今はあと1つ保存してある胚盤胞の移植に向けてなるべくストレスをためないように好きな事をたくさんして過ごしています。
不妊治療院の先生によると、次の生理かその次の生理で移植周期に入れるとの事。もし次の移植が上手くいかなかったらまた採卵からになってしまいますが、今ここで治療をやめてしまったら将来後悔する事が目に見えているので、今はただできることをやるのみだと思って引き続き頑張ります。

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最後まで読んで頂きありがとうございました。
この記事が少しでも誰かの役に立ったなら幸いです。
現在不妊治療をされている方、アメリカで言語と文化の壁を隔てながら治療をされている方、いつか訪れる希望を信じてともに頑張りましょう。

おもち


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