僕は隠れ家を見つけたいだけなんだ
自分が応援してる人達にはもちろん「売れて欲しい」という気持ちがある。
GAG、トット、タモンズ、ファニー、石井ブレンド、囲碁将棋、ジェラードン、井下大活躍etc…(敬称略)
「売れる」の基準は何なんだという話はさておき、オファーがあっても「その日は別のスケジュールでもう抑えられてるから無理っすね〜」くらいの引っ張りだこになって欲しい。それは紛れもない本心だ。
ただ、「一座」が表に出てほしいのか、と言われたらわたしははっきり「NO」と答える。
個々には売れて欲しい。各々にオファーがきて、引く手あまたになって欲しい。
そしてそれぞれ色んな話のネタを持ち帰ってきて、「一座」で披露して欲しい。
この「一座」が一体なんなのかはあえて説明しないことにする。むしろ、「一座」はそれぞれの捉え方であり、確かなものではない蜃気楼みたいなもの。泡沫。
大宮セブンのように形式だってユニット化されているものでもないし、形があるようでないようなものである。各々にとっての一座であっていいと思う。
少し話はズレるが、わたしは学生時代周りに所謂「BL好き」の友達が多い方だった。
同人誌の即売会ーコミケーにもよく付き添いで行っていた。とはいえ、ビックサイトなどの大きな規模のものではないのだが。
その友達と久しぶりに話す機会があって、彼女はちょっと寂しそうに語ってくれた。
「自分達が学生の頃、BLは所謂『アングラ』だった。それが好きなことを周りに知られないように、ひっそりと、同志たちと肩を寄せ合って、コソコソ楽しんでいた。それが楽しかったんだ。この趣味を認めてほしいだなんて思ってなかったし、市民権なんて求めていなかった。こっそり、ひっそり、知っている者同士でそれを楽しんでいることが良かった」
なるほど、ネットでもそんな言葉を見たことがある。『市民権なんて得たくなかった』。
おっさんずラブが流行したことに対してあからさまに嫌悪感を示した友人もいた。あれさえなければもう少しひっそりできていたかもしれないのに、と。(勘違いしないで欲しいのだけれどわたしはエンタメとしておっさんずラブは好きだ。林遣都の写真集も予約して買ったし、なんなら千葉雄大編が好き。田中圭はそれよりだいぶ前にハマってて2008年頃に写真集買ってた…)
もちろん、現実に「認めてほしい」方々がいるのはわかっている。表に出したい方々はそれでいい。それを否定するつもりはもちろんない。わたしにはそっち側の友人もいる。
でも『アングラ』の楽しみもあると思うのだ。「アングラ」と「敬遠されたい」は全く異なる事はここで理解してほしい。イメージするならまだまだ幼い頃、友人との間だけで知っている秘密基地で行われた色んな遊び。もはや儀式。自分達だけが知っている特別な場所、面白さ。友人との間だけで伝わる特別な言葉。
わたしにとって一座はそういう場所だった。当然「自分だけ」が知っている場所ではなかったけれど、「知っている人は知っているめちゃくちゃ面白い」場所。
わたしは相席スタートの山添さんが好きだけれど、ラジオで一座を取り上げたあたりからやめてくれ…と思っていた。一座はアングラだから面白い。変に注目されて、地中から地上に出てはいけない。陽の光の当たるところに行くならばそれぞれのユニットにして欲しい。「一座」として陽の光を浴びてしまうなら夢から覚めてしまう。表の屋根の下ではできない事をやってしまう危うさが、面白いと思っていたのだから。
実際、先日非公開になったひくねとチャンネルの宝龍回はいい例だと思う。バレない地下でやるのと地上でやるのとではそのものの色が180°変わる。ある人が見れば虹色に、ある人が見ればどす黒い土留色にもなる。(そもそも宝龍回は見る人が、というよりコンプライアンス的にアウトだったけどjk)
何度も言うけれど、個々は売れて欲しいのだ。GAGさんがネタパレに出て、福井さんSJさんが相席食堂に出ては歓喜して、トットさんのGERAのラジオも面白かったし、超絶敏腕マネBOSS(実際はこぢんまりした可愛いお姉さん)にしごかれてるのもいい。
The SECOND以降若干ワーキャーが増えたのが否めない囲碁将棋さんが相変わらず自分たちのペースを保って劇場ではキレッキレなのも好きだし、タモンズさんの全国ツアーも気になる。(YouTube好き)
けど、「一座」はアングラであってほしいんだ。
表に出て形が変わってしまうのが怖い。
いくら本人達のスタンスが変わらなかったとしても取り巻く環境が変われば事務所からの売り出され方は確実に変わる。それに伴って見られる目は変わるし、増えるし、スタイルもできる事・できない事も確実に変わってくる。
好きなものが好きな形じゃなくなる事が怖い。わたしは「変わっても大好き!」なんて言えないし、言わなくていいものだとよく知ってるから怖い。
有楽地シアターがなくなって一座には「屋根」が無くなった。もし一座がアングラから地上に出てくる事になって、注目されて形を変えてしまったなら、わたしもまたヤドカリのように住処を変えることになるのかもしれない。人は一生同じ家に住み続けるほうが稀だ。それは歳を取ってライフスタイルが変わることが当たり前だから。ただただ都心に住みたかっただけの便利さ最重視1K暮らし20代、都心から離れてももう少し広い所に住みたいなと引っ越した1LDK暮らしアラサー。結婚すれば2LDK、3LDK…地元に戻ったりお相手の地元に移ったり、マンションや一軒家を購入する事も現実になってくる。そうやって人は変わる。それが自然なのだ。それでいい。全然いい。
ただ物件探しの譲れない絶対条件としてもし「アングラ」がベースにあるとしたら。
うーむ。高円寺、下北あたりに近いほうがいいのかもね。