浅倉透二次創作小説「ように。」
1
1位だった浅倉透はあっという間に抜かれて何位だったのかもわからなくなった。
とてもウケていた。しかし、ファンとプロデューサーは、じっと耳を傾けている。
透は微笑んで、白い歯が少しだけのぞいた。
『私は元気です。みんな元気ですか。私はグーです。みんなもグーだといいです。それがいいと思いました。
拍手と歓声。ここにいる誰もが透を見ていた。
目頭を押さえている透のファンもいた。ステージ袖のプロデューサーも、しっかりと透を見据えている。
バンドメンバーに軽くうなずく透。サムズアップを突き出し、サングラスの老人と空中で”グー”タッチする。
カウントが始まって、
「やりたい」
283プロダクション。
事務所のソファーで制服の浅倉透は、まっすぐプロデューサーを見据える。
「そう言うと思っていた。この曲がそうだ」
「おー。あるかな、配信」
トリビュートアルバムへの参加が浅倉透へのオファーだった。先方のディレクター直々の指名で、透のイメージに曲がぴったりだという。
「踊れるねぇ」スマホに繋いだ有線イヤホンを外して微笑む透。「いいね、この曲。なんか飛べそう」
「はは、そういう曲名だしな。ちなみに、それライブバージョンだぞ」
「えー? いいじゃん、ロックだし」
「原曲もちゃんと聴いてくれよ? ……オレがいっといてなんだが、大丈夫そうか? ライブのゲスト出演もあるから、どちらも平行してやることになるが」
「心配なさんな。貰ったぶんは、うまくやるぜ」
「ああ。オレもサポートする――やってやろう、ドカンとな」
「ふふ……。頼んだぜ、旦那」
あ。
プロデューサーの背後に透の目が向く。
液晶テレビで芹沢あさひ、西城樹里、八宮めぐるがライブをしていた。グルーブがハマっているラップ。先日、選抜された3人のユニットだ。
「おー」
長い腕がリモコンに伸びて、画面が消える。
倒されたカップからコーヒーがテーブルに伸びた。
「うわっ! すまんっ!!」
コーヒーはリモコンにも届き、プロデューサーは塊にしたティッシュで広がるのを素早く押さえる。
「あ、袖」
「え? あっ! やっちゃったぁ……」
腕を上げると、白いワイシャツの袖が茶色になっていた。
「やるって。洗ってきてよ」
「いや、そんなわけには」
「大丈夫だから」
透き通るようなほほ笑みで、慌てるプロデューサーを見据えた。茶色い塊になったティッシュをコンビニの袋にポイポイ入れていく。
「まかせてよ、慣れてるから」
「……~~ッ、スマン、透。助かる!」
うわー……声をもらしつつキッチンへ長身が向かった。
透は、びしょびしょになったリモコンをティッシュで拭く。奥のキッチンで袖を洗っているワイシャツの背中をじっと見た。
消えている液晶。あさひたちのパフォーマンス。
「大丈夫?」
「スマン、もう出なきゃならないんだ。詳細はまた話そう。まだ残ってくか?」
「え。あー。これあるし」
「あっ……ほんとうーーー~~~~にスマンッ! 埋め合わせは後でさせてくれ!」
「あ」
バタンッ!
慌ただしくリビングの扉が閉められ、足早な足音が玄関からでていった。
誰もいないリビングで、少しだけ開けられた窓から、喧噪だけがからっぽに入り込んでくる。
ビニール袋からはずれたティッシュがカーペットにコーヒーをじわじわとしみこませていた。
静かに。茶色に。わからないうちに。
~
屋上の扉が開く。
バンドリハーサルの休憩時間。
足を伸ばしてコンクリートの壁に背中をあずけていた透は、顔を上げた。
「浅倉さん、元気してるぅ?」
サングラスで長いアゴヒゲに白髪。黒い革ジャンにジーパン。いかにもロックな老人は、黄ばんだ歯を健康的にみせた。
「あ、おつかれでーす」
「はあー疲れた。休憩多くてごめんね~~。みーんなジイサンだからさあ、休まないとすーぐぶっ倒れちまうのよ」
サングラスの老人は鉄扉の前にドカッと座る。透の鼻孔にタバコの匂いが届いた。吸ってから来たのだろう。
「老害バンドでも、フェス出るとしたら少し新しいことしたいのよ。そういうのファンに見せてやらねえと、お前らなに老けてんだって笑われちまうからな! 浅倉くんのおかげでかなりいいイメージできてるよ。センキューッ!」
「ふふ。何回もセンキューッ、センキューッ」
「アイドルって今みんなこうなの?? オレらよりもすげぇロックだもんなあ。生放送で『ほたるこい』はオレも無理だった……売れることばっか考えちまってよぉ」
「売れなかったんですか」
「まあー、ファンはいるさ」
サングラスを揺らして楽しそうに笑った。
透は口を開き、「あ――」
「あ、そうだそうだ! カバー参加すんだって?」
「え……? あー、もう出てますか」
「狭いからねえ、この業界。出る前に入ってくんのよ。何やるんだ? 他に誰くんだ?」
「えーっと……あの」
「?」
「なんか元気ですね。今日」
何の気なしに訊かれた長いアゴヒゲが、しきりに伸びた。「そ、そうかなあ」居心地悪そうにあごひげは何度も伸びる。
透は、まばたきをして、少しだけ…………の間を取り、
「飛べるみたいな曲。ここがはじまり? たびだち? でもいいんじゃないってやつ」
「ああー……アイツの。オレあの曲あんまり好きじゃ無いだよなーー!! なよっちいから!!」
「えー」
「オレたちの曲にしない? そっちのが『バスる』んじゃないか?」
「ふふっ、じゃーください。でかいやつ」
「でかい?」
透はハテナに顔だけ向けた。
透き通るような、さらっとした笑顔。口元が優しく弓なりになって、目。目だけはギラついていた。無意識なんだろうか。
目だけだ。何かを見つけたような、猛禽類の目。
老人は身震いをして息をのんだ。そして笑みをこぼし、愉快そうに、”弾き飛ばす”ように声を上げて笑ってみせた。
「アイドルやめたらロックやったほうがいいよ。うん。東京ドームとかグラストンベリーとかでやれるよ。オレが保証する。なんだったら、オレがプロデュースするからな」
「じゃ、50年後」
「ハハ! 長生きしなきゃな!」
拳のグーが突き出される。透も。グータッチになった。何度もやっているグータッチ。
「よかったよ、元気そうで」
「え」
透の肩がバンバン叩かれ、「うっ」が出た。
「その気になったらオレが書いてやっからさ。浅倉くんだけの曲をさ!」
何かいうより先に固い音を立てて閉まる扉。
空を見上げた。
違和感。
ぽかんと口を開けて、うーんと。
~~
検索。ヒットした動画のサムネイルを真剣な瞳が読み飛ばしていく。
【地球侵略は始まっていました。】
【歴代の総理大臣みんな宇宙人と会っていた!!】
【妖怪どころの騒ぎじゃない】
違和感。
しかし、感覚に当てはまるのもが無いのか、「うーん」動画はスライドしていくばかりだ。
浅倉さん、準備できたのでお願いします。今日はカバー曲のレコーディングだった。
スタジオに入り、マイク前に立ち、ヘッドホンから演奏が流れてくる。
透は歌う。
プロデューサーと考えた透らしさを出す方法は、『さほど練習しないでのぞむ』だった。
透は歌う。
もう1つは、『一発でつるっと歌いきる。』
透は歌い、歌い終えた。
ガラス越しにスタッフたちが顔をつきあわせ、ほどなくしてディレクターが満足そうに親指を立てる。
『いやあ、スゴいねぇ』声がする。『素晴らしい。自由で強くて澄んでいるというか……ビョークになりうるというか……いや、浅倉さんです。浅倉透でした』
「えーっと、ビョークございまーす」
『いや、ホメてはいるけど人の名前なんだけど……でも、もう1回撮りましょうか。それ、ほとんどライブバージョンで歌ってるから』
「え」
その時だった。スタジオの重い扉が少しだけ開いた。
~~~
明るい夜の街。帰りの車内で、運転中のプロデューサーが思わず振り返り、慌てて進行方向に身体を戻す。
透はもう一度いう。「1ヶ月後にもう1回だって」
「え、いや、何でそうなったんだ。やっぱりダメだったのか? いまのだとスゴい良かったって、褒めていただいたって聞こえたんだが」
「うん。なんか―――――
――――前触れもなくレコーディングスタジオの重い扉が開いていく。
驚愕した様子でディレクターが思い切り立ち上がった。
開けられた隙間。テンガロンハットでサングラスの長身の男が、謙虚に首でお辞儀した――――
――――歌ったヤツ聴いて、『もうちょっと、やってみない』って」
「なるほど。良かったからもっと、ってことか。介入されないと聴いていたが……あれ、でもまだ連絡が……」
「ダメだった?」
探るような、寂しいような声音だった。
少し髪が跳ねている後頭部が、熱を冷ますように深呼吸を1つして、左右に揺れた。
「そんなわけない。でも、相談してくれたらうれしかったよ」
「……すみませんでした」
「うん。透がやりたいっていうんだ。スケジュールはなんとかするよ。止める理由はどこにもない」
ちょうど暗がりに入り込んだ車。仄かな街明かりで輪郭だけになった透は、微笑んでいる。
「宇宙人じゃなかった」
「ん?」それから笑う。「どうだろう。案外、気づかないうちになってるかもしれないぞ。オレも知らないうちに」
「えー? じゃ、ヨーグルト食べなきゃだ」
「それ、食べたら死ぬとかじゃないよな?」
「ふふっ、大丈夫なんでしょ。おいしいよ、ヨーグルト」
穏やかな時間は、透の家まで続いた。
涼しい夜の空気を切って、透の手が助手席の窓ガラスをノックする。駆動音をさせて下に開いた隙間に、「散歩しよ。久々に」
運転席のプロデューサーがハンドルに身体をあずけていう。「いやいや、もう高校生が出歩ける時間じゃないぞ」
「じゃ、いつ?」
「スマン。まだ手が空きそうにないんだ。いろいろ立て込んでてな、時間できたら、こっちから誘うよ」
「そっか」
大きな手が小さく振られて、窓ガラスが閉まっていく。
透は、その高校生の指先をガラスの上に滑り込ませて、ぐっと押した。
「ちょ、危ないぞ……!」
「プロデューサー」
次に言葉が続かない。言葉を待つプロデューサー。向けている透の瞳が細かく揺れ、口を開いた。
それだけだった。
2
1ヶ月後のレコーディングへ向けて課された課題は、『もっと、自分を入れて欲しい』だった。
「やっぱりわからないなぁ……」
どんよりした雲の下、街は人が多く、車で進むには時間がかかる。その車内でプロデューサーと透は頭をひねっていた。
「ミュージシャンの方だ。言葉の使い方も色々あるだろうし、感覚的なモノもいろいろあるだろう。これって答えはないかもなあ」
赤信号で止まると、人の流れがフロントガラスいっぱいになる。
透は、制服のネクタイ引っ張って、先っぽを弄(もてあそ)んでいる。
「歩かない? 遅いしさ」
舗装された道を、いくつも結んだ空き缶を転がしながら車が走っていく。ウエディングドレスの透のアップ。超新星爆発のようなまばゆい光が飲み込んで――大きな液晶の街頭広告でCMが過ぎ去っていく。
「まだ流れてたんだなぁ」
「おー、人気じゃん」
わらわらと通り過ぎていく、人。若い人も年配の人も、スマホに目を落とす人も、ノクチルのキーホルダーをつけている人も。
「オレだけじゃ透を安全に守れない、スマンな」
「変装するし」
返事がない。その代わり息を小さく吸う音がした。
「プロデューサー?」
小さいつぶやきが、透の鼓膜にも届かない吐息のようなつぶやきがした。少し運転席に乗り出して視線を上げる。Y字路の建物のビジョンにMVが流れていた。音はしなくとも三位一体がよく伝わってくるMVだ。
「…………」
クラクションが鳴らされ、意識が戻ってきたプロデューサーがあわてて思い切り長くクラクションを鳴らした。
~~~~
タップ。
――などのグランジは、自己嫌悪と死にたいというものばかりだった。俺はそう思わないし、カート・コバーンみたいなのには腹が立った。だから永遠に生きたいというような――
タップ。
タップ。
――を作曲した。クラプトンとボイドは数年間の別居の後、1988年に――
「人生ー」
脱力して腕とスマホを投げ出すと、バフッとほこりが舞う。練習でくたくたになった透は、ジャージのままベッドに寝転んでいた。
昼の日差しと、そよかぜが頬をなぜる。
そよそよ。
「人生かー」
――ファミレスでプロデューサーと割り勘。
――歌の練習。ライブだって怒られた。
――樋口に金返せっていわれた。
「人生かぁー……」
~~~~~
グー!
「グー」
応援してます! グー!!
「おー、グー」
ぐ、グー!
「ふふっ、グー」
フェスいくよ! グー!
「おー、グーでーす」
次は絶対に頑張るからー!!
「グー?」
グーーーー!!
「グーー」
あっあっあっあっあ透様~~~~――――
あれ、スケジュールだと明日になっていますが……。
「え」
スマン……伝達ミスだ。カレンダーも間違っていた。
「あれ」
浅倉さんの雰囲気はスゴいんだけど、難しいなあ。
「そうなんですか」
スマン……透の良さを生かせる案件じゃなかった。
「散歩しようよ」
スマン……今また大きな仕事が決まりそうで、立て込んでるんだ。
@※※※※ 浅倉さんを応援した気持ちは、なんの意味もなかったのかな
「ほおー」
事務所のツイスタに送られていたリプだ。透はソファーに思い切りもたれて、背伸びをするように天をあおいだ。
オレがつくってやっからさ浅倉くんだけの曲Y字路の液晶広告次は絶対に頑張るからグー3人コーヒーの袖。
「おわー……宇宙人これかー」
口をあけてぼーっとする。
スマホに繋いでいるイヤホンから、カバーする曲が流れていた。
「うーん……」
検索。駅の広告のやつ。
検索。花の大きいやつ。
検索。のぼり立てるやつ。
スーッと前歯の隙間から6秒くらいの長い息をはいて、スマホを側にぽいっと投げ、ちょっとはずんだ。イヤホンが外れて「やばっ」スマホをテーブルに置き、イヤホンをつけ直した。
小さくうなりながら、ぼーっとする。
曲が流れ続け、指とアゴがリズムにノリだした。
動きは大きくなって、立ち上がって、ノリノリに踊り出した。
シェイクシェイク。
シェイクシェイク。
シェイクシェイク。
ギターがジャジャーンと鳴って、声に出して歌った。
「『海見ないか?』」
ノリながら、鞄からノートを取り出してシャーペンで文章を書く。
……………………………………
いつもありがとうございます。
私はノリノリです。
みんなはノリノリですか?
それがいいです。
……………………………………
曲が途中で切れた。充電がなくなった。
~~~~~~
事務所を出て河川敷に。
法面(のりめん)の雑草に寝転んで、ノートを広げて夕焼けをさえぎるひさしにしていた。涼しい風に揺られて前髪がおでこをくすぐっている。
「ふふっ。なんだろ、これ」
ノートを胸に伏せるが夕焼けは真っ暗だった。さえぎっているのは、好奇心の塊をたずさえた、逆さにのぞきこんでいる中学生の丸い頭だ。
「それ楽しいっすか?」
「うーん?」微笑む。「なにやってんだ、中学生」
「かっこいい石探してたっす。ほら」
かがんだままノートの上に石を置く。角張った石だった。あさひの手の大きさくらいの石。
「おー。いいね」
「なにやってたんすか? そこ汚いっすよ」
石をのせていく。並べていく。それに連なって少しずつ透の胸が重くなっていった。
「大人になればわかるよッ」
「あはは! 真っ黒っす!」
石とノートを押さえたまま、ガバッと上半身を起こした。背中のあさひがケラケラ笑い、両手で乱雑にぱんぱん汚れをはたいた。透はちょっと飛んで、後ろのあさひに背中でダイブ。
「うわっ! 重いっすよ!!」
「石でだめだー」
「あははっ! やめてーー!!」
こちょこちょされて、あさひはむじゃきに笑った。足で透にしがみつき、おなかにきた頭をペチペチ叩く。
「うれしかったって言いたくてさ」
「誰に?」
「いろんな人」
「言えばいいじゃないっすか」
「なんか。それだけじゃない気がして」
「? どういうことっすか」
ほっぺをふにふにされ、「わからん」
「難しいっす。もっとわかるように言って欲しいっす」
「わかるように。……ように」
――『そういうのファンに見せてやらねえと、お前らなに老けてんだって笑われちまうからな!』――
ふっ、と力を入れて立ち上がろうとして、無理だった。わあーっ! 楽しそうにする中学生を背負ったまま、うつ伏せになって、這うようにして立ち上がった。
「見せるよ」手をパンパンやって、ノートを鞄にいれて、石を拾った。「今度。来てよ、フェス」
「えっ、なんか出るんすか?!」
「うん。めっちゃいいやつ。森の中だから、虫とかいっぱいいるよ」
ええーー! と目を輝かせている、肩車しているあさひに石を差し出す。
「それはもういいっす! なんすかなんすか!」
ふふっ、かっこいい石を路肩にポイッとした。転がって、どっかにいった。
「あさひちゃん。オファーのやつ、よかったよ。カッチョいいねぇ、あれ」
「え? ああー!! すっごく楽しかったっす!! ラップとかダンスとか、やったことないやつだったからすっごい面白かったっす!! またやりたいっす~~~~!!」
「よかったねぇ」
「透ちゃんも次は一緒にやろうよ!!」
「え…………。ふふっ。そうだね、やろっか」
思いをはせて、2人はふらつきながら事務所へ戻っていった。
透ちゃんの頭いい匂いするっす。
かぐなー。
3
□ フェスきてよ
■ いかないわけないだろ。いくさ
□ うん
□ 見てて
□ ちゃんと
■ ああ。頑張ってこい
□ みんなにも言っていい? ツイスタで
■ もちろんだ。ファンの皆さんも喜んでくれるよ
■ 透?
■ なにかあったか?
□ わからん
□ だから、見せるよ
□ 宇宙人
フェス当日。
青空だった。
フェスで2番目に大きいステージの空が様々な音楽と熱気に焦がされて、徐々に徐々に鮮やかなオレンジ色になり、夜になった。
透が招待されたバンドの出番は、このステージで最後から2番目だった。
小説のような歌詞の特徴的なハードロック。ぎゅうぎゅうずめでお客がいて、点になるほど遠くにも。お客の年齢層が高く、そして凄まじい熱気と一体感だった。
「すっげえーー……」
ステージ袖でパフォーマンスをみている透は、ビリビリと演奏にしびれ、圧倒され、目を輝かせている。
バンドとファンの信頼関係を感じさせるいいステージだった。
ちらっと、隣を見る。
長身のスーツ姿はない。
『センキューッ、センキューッ。じゃあ次の曲は……ファンの方はおまたせしました。興味なかったよね、こんなジイさんたちの、わけのわからない語りとかある古くさい曲とかさ』
拍手が起きる。
『ど、どっちの拍手だ、それは!』
巻き起こる爆笑。そんなことないよーー!! 爆笑。
少し覗き込む透。ノクチルのサングラス、タオル、Tシャツ、浅倉透のたすき、うちわ、ヨーヨー、青緑のペンライト…………。
「おー。みんな来てる」
『たぶん、みんな歌番組のパフォーマンス見たことあるでしょ。違法アップロード動画たくさんあるしな! ……レディースエンドジェントルメン。アイドルグループ・ノクチルの浅倉透くんです!!』
ゆっくり入っていく透。黒いチョーカーに白いワンピース、自然な透の所作にひらひらと穏やかに衣装が揺れている。
歓声と拍手。主に、透のファンから。あまりわかってない拍手が大半だった。
センターのスタンドマイクに立つと、ライトが当たる。まるでそこだけ輝いているように、透の雰囲気に共鳴してほのかに空気が光っていた。そんな錯覚。透のことを知らないであろう誰かの、ため息のような声がする。
『えー、こんにちはー。浅倉透でーす。アイドルやってまーす。なんか、来ました。今日はソロ曲があるので、それをやりまーす』
拍手がおきて、「あ」間ができた。
『違った。変えたんだった』
『浅倉くん、今日君がいったんだよ、オレいまドキッとしちゃったよ、ボケちゃったのかと思ったよ。しかもライブバージョンだし』
ドッと笑いが起きる。ファンも嬉しそうにしている半分、なんだ? となっている。
『カバーする予定の曲があって、今日はそれやります』
ええー!? おおーー?!
『すみません。やる前にちょっと、しゃべってもいいですか』
透は、純白の衣装のどこかからか、カンペを取り出した。スーパーのチラシの裏。ドッと笑いがおきる。
ステージ袖に駆け足が。ちらっと袖を見る。プロデューサーが肩で息をして、いまステージで何が起きているのかわからないといった様子だった。
透は少し微笑んで、息を吸った。
『さっきは焼きそば食べました。出店がおいしくて、きゅうりを味噌につけたのがおいしかったです。昨日もいっぱいごはんを食べました。ファミレスで食べました。明日あるからって樋口に止められましたが、振り切って食べました。おいしかったです。飲み物もいっぱい飲みました。ドリンクバーなのでどれだけ飲んでもよかったです』
とてもウケていた。しかし、ファンとプロデューサーは、じっと耳を傾けている。
透は微笑んで、白い歯が少しだけのぞいた。
『私は元気です。みんな元気ですか。私はグーです。みんなもグーだといいです。それがいいと思いました。……それでは。浅倉透、誠心誠意、歌わせていただきます』
拍手と歓声。ここにいる誰もが透を見ていた。
目頭を押さえている透のファンもいた。ステージ袖のプロデューサーも、しっかりと透を見据えている。
バンドメンバーに軽くうなずく透。サムズアップを突き出し、サングラスの老人と空中で”グー”タッチする。
カウントが始まって、ドラムが動き、ベースが動き、キーボードが動き、そしてギターが動いて、大きく息を吸った。
『イエーイ武道かーーーーん。一緒に飛びましょーーーーーーう』
4
さざなみ。
それだけがすべての音のような、夜の砂浜。
遠くに海岸線があって、遠くの遠くに夜景が浮いている。
飲み込まれるような暗闇の中で、ジャージに黄緑色のスタッフジャンパーの透とスーツのプロデューサーが、細かいさらさらの砂に肩を並べて腰を下ろしていた。
「このライブテイクでいこうって、おっしゃってくださったよ」
「え、来てたの? ラッキー」
「ものすごい反響で、ファンの方も、作曲者の方もバンドの方も、すごく喜んで……スマン、透っ!」
透に向き直って頭を砂につけた。
「え。謝んなくていいの、私」
「周りが見えなくなっていた。アイドルを思いつめさせて、プロデューサー失格だった。本当に、申し訳なかった!!」
「あー……。ふふっ、つたわった、宇宙人」
頭を上げたプロデューサーに、笑いかける。長身が正座する。
「……みんな、あさひも、めぐるも、樹里も、みんなみんな、選ばれてよかった。ファンの皆さんの尽力のおかげだ。とても盛り上がって業界の注目度も高かった。みんな選ばれてしかるべきだったんだ」
正座して、うなだれて、ほとんどうずくまるようにして、波にかき消えそうな小さい声でいう。
「この3人しかないって思った……オレが落ち込むのは、違うんだ。わかってる。そう。そうなんだよ。3人にはファンのみなさんがたくさんいる。選ばれてしかるべきなんだ。でも、オレは、ライブで、どんな気持ちでいればいいんだって、曲が披露されたときにどんな感情を抱くのかって、怖かったんだ。透を応援して、負けた、敗者が何を思えばいいんだって……。もしも、ああ……って、楽しめなくて、憎いとか、うらやましいとか思ったら、オレは自分があさましくて、やりきれなくなる。ここが嫌いになってしまうかもしれないって思っていたんだ。自分がそうなるのが怖かった。でも……やっぱり、あの3人しかなかったんだ。あの3人の曲だし、あの3人がつくるステージだったから、心からよかったんだ。あの2日間のライブでホントにそう思った。嘘じゃない。楽しかった、心の底から楽しかったんだよ! ……スマン、透」
「スマンじゃないよ」
透は、嬉しそうにはにかんだ。
「のぼってるんだからさ、一緒に」
「……………透。今からPらしくないことをいう」
「え」
バッと、走り出した。
革靴を脱ぎ捨て、スーツの上着を脱ぎ捨て、波に足を浸した。
「なんで透じゃないんだあああーーーーーーーーーーーーーーーー」
透はあっけにとられて、立ち尽くした。
「透だろおおーーーーーーーーーーー
透が歌ってる姿が見たかったーーーーーーーーーー
感じたかったーーーーーーーーーー
選ばれてほしかったーーーーーーーーーーーーーー
透も歌ってほしかった、透は優勝だーーーーーーーーーーーーー
ずっと1位だったんだからそれでいいだろ期間延長とかするなーーーーー
バカヤロウーーーーーー
みんな透を好きになってくれえええーーーーーーー」
「あははっ」
透はスニーカーを脱ぎ捨てて、ジャンパーとジャージの上を脱ぎ捨てて、走って、プロデューサーの隣で波に打たれて、叫んだ。
「バカヤロウーーーーーーーーーーーーーー」
プロデューサーは手の甲で目を拭いた。
何をいうでもなく笑い合う。
そして2人は、浅倉透とそのプロデューサーは、めちゃくちゃに叫んだ。
「透ーーーーーーーーーーーー」
「なーーーーにーーーーーーーーーー」
「オレが、でっかくならすぞーーーーーーーーーーーー」
「いつでもこーーーーーい」
「透ーーーーーーーーーーー………………」
透ーーーーーーー………………。
透ーーーー………………。
透ーー……………。
透…………。
透……。
透。
透。
透。
透。
透。
透。
透。
透。
透。
解説
はじめに、もしも、読んでくれた人がいたらとても感謝です。
小説でぜんぶ説明しろって話ですが、解説。
それと書いた経緯を残しておきたいので、未来の自分へも解説。
ここからさきは俗に言う、「くぅ~疲れましたw」です。
ようは、シャイニーPRオファー Vol.3でできたしこりを発散させたくて書いたのが、この二次創作。
シャイニーPRオファーは、なんといえばいいのか、(私が勝手に認識してる範囲で言えば)透の一斉投票の音頭をとる1人になったことで思い入れができ、終わったあとに悔しいともない、絶望でもない、平坦な嫌悪と虚脱感があった。あーはいはいみたいな。そうなるよなって。
一斉投票は正直、あーって感じだった。例えるなら私は、オンラインゲームで何の戦略も考えずにかってに最前線にツッコんで死んでいくやつだった。一緒にやってくださった人にも申し訳ないなと思った。
終わったあとツイッター見て、お前がやらないからだろとか上から思ってみたり、オレはほんとにいつもこんなことバッカするなとか、透P結託しなさすぎだろ、とか、いろんな感情があった。自分がコントロールできない範囲に影響されて憤ってる傲慢な人間である。
この企画で透は記憶だとずっと1位で、最終日にごぼう抜きされて、発表では何位なのかも分からずに終わった。3位以降は順位ださないからわからない。非情である。
で、書くかってなったきっかけはたぶん、「アイドルマスター シャイニーカラーズ 5.5周年生配信 ~ ゲーム&アニメ合同SP! ~」で結果発表されたときだ。
ツイッターに何のコメントもできなかった。私は田中有紀さんファンから嬉しいんだけど、あさひも好きだけど、でも透に出てほしかったという気持ちはあった。和久井さんファンでもあるし。
見てる最中に、「この人たちはこんな喜んでるけど、敗者には何の配慮もしないのか? TLで喜んでるやつらは、何にも配慮とかしないのか?」 と一瞬思った。いや喜んでいいだろ、みんながんばった結果なんだから選ばれた結果なんだから、ごめんなさーいとか思いながら出るやついないだろ好きなんだから喜ぶだろオレもそうするだろ、と。
たぶんこの感情をきっかけにして書こうと決めた。
だったらオレがこれよりもデカい仕事透に持ってくるって思った。
二次創作でしかないけど。
あと、過去に吉井和哉が、「自分をはげますために曲を書いてる部分もある」といってたのと、チャック・パラニューク先生が「こういう小説を書いて救われてるのは僕だけかもね(意訳)」といったジョーク(本心かも)をヒントにして、シャイニーPRオファーで傷心した自分を救うために書こうと決めた。
じゃーどうするかってなって、『トブヨウニ』が透のイメージによく合ってるなーと思い始めた時期だったから、「透がトブヨウニをカバーするデカい仕事がくる」二次創作にしようと決めた。
私のトブヨウニの解釈は、「立ち直れなくなっている君をはげます曲」。海に誘って。
透は負けたあとに、どうするか。
透は、ちょっとは悲しいかもしれないけど、すぐに前を向くと思った。
ここに出てくる「それとなく透をはげます人たち」は、どう考えても私自身だ。最後の海辺の叫びも私自身だ。というか、こないだの6thライブで思ったことを書いてる。GOTCHAは本当によかった。田中有紀さんの可愛さが半端なかった。そういう、悲しがってる人たちをみて、透は「私は大丈夫だから」って、はげますと思った。
ほーらピッタリ。
書き終わってみれば、ほんとに傲慢だよな。結局、オレが透にはげましてほしいんだろっていうのが如実にでた。
でも私は、浅倉透についてニワカもいいとこだが、そういうなんとかしたい気持ちだけはあるのが今回よくわかってよかった。
あと、本編の内容でいいたいやつ。
透のライブMCでの客の反応。MOIW2023の透の挨拶で、透P&シャニPとそれ以外のPの反応の差のオマージュ。
最後の透の連続は、なんとなく最後のシーンが終わってほしくないなっておもった抗いとか。
途中ででる「――などのグランジ……」の文は、「リヴ・フォーエヴァー (オアシスの曲)」のウィキの文。アイドルを殺して涙を誘う二次創作全般にムカついているので入れた。エゴのかたまりだあ。
ちょっと書かずにはいられなかった。歴史になったな。
・インスパイアー
浅倉透
シャイニーPRオファー Vol.3
トブヨウニ
トブヨウニ - Nippon Budokan, 2015.12.28 - Live
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