大宮見取図#4 大宮を代表するレトロ大衆酒場は、どんなメニューよりも「人間味」が味わい深い。
●いづみや(本店・第二支店)
千田 (ちだ)さん 白石(しらいし)さん
大宮駅の東口を降りると、ロータリー越しに「いづみや本店」の大きな看板が目に飛び込んできます。
今回ご紹介するのは、大宮昭和レトロを代表する大衆居酒屋「いづみや」さん。
1947年(昭和22年)の創業以来、駅前でさまざまな人間模様を見届けてきたいづみやさんは「大宮といえばここ!」と多くの地元民に言わしめるほどの超人気店。
昭和初期から現在に至るまでさまざまな変貌を遂げてきたこの街で、変わらず愛され続けるいづみやさんには、どんな魅力があるのか。
スタッフとして働く千田さん、白石さんのお二人に、働き手から見たリアルなお店の魅力をお聞きしてきました!
料理が美味しいから、昼も夜もオススメ。
日中の営業時間に店内の片隅にて。
なんとも活気のあるなかで取材は始まりました。
酒場と称しながら朝10時からとランチ営業もしているため、昼時に定食目当てで来店するお客さんも多いのだとか。
会議用長机のようなテーブルに並んで座るお客さん。
壁にはスタッフによる手書きメニューが所狭しと貼られており、まさに昭和といった光景が眼前に広がっています。
はじめにお店の特徴をお聞きすると、お二人が口を揃えたのは料理の美味しさでした。
千田さん&白石さん「自分たちで言うのもなんですが、料理は本当に美味しいです。すべて厨房で作っていて、例えば揚げ物担当など、各ジャンルでそれぞれ専門的に調理する人がいます。夜にお酒を呑むだけでなく、昼と夜どちらも定食だけを食べにくるのもアリだと思います」
人気メニューを聞いてみると、メモが間に合わないほど、お二人からたくさんのメニュー名が挙がります。
千田さん&白石さん「定食はもちろん、お刺身や揚げ物がよく出ますね。あとやっぱりモツ煮込みは当たり前のようにみんな頼みます。美味しいしお得すぎる(笑)。あとハムカツも。フチの赤いロースハムを使ったハムカツは昔から変えていないので、その懐かしさも人気の理由だと思います」
酒呑みたちに絶大な人気を誇るモツ煮込みは、なんと170円!
しかも注文からすぐに提供されるため、つなぎとして頼む人が多いそう。
千田さん「メディアでも度々取り上げられているせいか、遠方から来て新幹線の乗り換え時間の合間にわざわざ飲みに来る人もいますね」
朝から晩までたくさんの老若男女がひっきりなしに訪れる人気店では、どこかの飲食チェーンが言い出すずっと昔から「早い、安い、美味い」が実践されており、人々を魅了し続けてきたようです。
仕事を教えてくれるのは、母よりずっと年上のスタッフと、お客さん。
千田さん、白石さんともに、ここで働き始めたのは約10年前。
当時のお二人の働く動機や、働き始めた頃の話から、お店の魅力に迫ってみました。
千田さん「10年前に、ランキング形式で街を紹介するテレビ番組を見ていづみやのことを知りました。社長との面接で『元気であれば何歳からでも始められる』とお話しいただきまして。実際に80才過ぎのスタッフもいますし、当時は北海道に住んでいたんですが、やってみたい気持ちが上回りました。私にとっては、体を壊さない限りずっと働き続けたいと思えるお店です」
白石さん「もともといづみやのお客さんでした。派遣社員の契約が終了するタイミングでどうしようかなって思っていた時に、いづみやの店内で張り紙を見つけたのがきっかけです。入ってみると母よりも年上のスタッフさんが何人もいて、今でもいろいろなことを教えてもらえています」
スタッフは全体で約50人。
年齢層が幅広く、個性も豊かな面々だとお二人は話します。
スタッフに特徴があることに加え、よりお二人が強調したのは、愛あるお客さんの存在です。
千田さん「入りたての頃は、メニューが多すぎてすぐに覚えられないんですよ。でも、わからないとむしろお客さんが教えてくれるんです。いづみやのそういうところが好きですね」
白石さん「私もなかなか慣れない時期があったんですが、ずっと常連さんが応援してくれていたんです。でもあとで聞いた話ですが、当初は私がどのくらいで辞めちゃうかの賭けをしていたそうです(笑)。そんな話を聞けるところにも、お客さんとの近さを感じます」
メニューや店構えをはじめ、スタッフとお客さんとのやりとりまで、すべてから昭和を感じます!
生身の人間と人間とのやりとりが繰り広げられるお店。
お二人にあらためていづみやの魅力を聞いたところ、一番は「人間味」との回答がありました。
千田さん「例えば働き手のことで言えば、このお店、接客のマニュアルがないんですよ。全員その日からその人のまま働き始めます。それぞれの人がありのままに接客するので、ものすごい個性が出ます」
白石さん「年配のスタッフに怒られるお客さんもけっこういますよ(笑)。『あんた、これ食べないの?』とか『飲みすぎだよ、やめときな』とか。でも愛がある口調だから別にお客さんも特に気にしていませんね」
さらに「お客さん同士が仲良くなる」ところもいづみやならではだとお二人は続けます。
たまたま隣り合わせた知らない人同士で盛り上がっている光景は日常茶飯事で「ここでまた会おう」なんて意気投合する人たちも珍しくないんだとか。
もちろん、静かに呑みたい人は壁側でしっぽりと過ごすこともできます。
さまざまな人を受け入れ、新しい出会いを生み出すその様相は、さながら大宮の街そのものを見ているような気にもなります。
お客さんに必ず「次」がある。
働き手であるお二人に、最後にこの仕事のやりがいを聞いてみると、ほぼ同じ答えが返ってきました。
千田さん&白石さん「お客さんが『楽しかった』『美味しかった』『がんばってるね』などと言ってくれることが一番嬉しいです。あとはお客さんが個人を覚えてくれていることも。思えば声をかけてくれるお客さんが多くて、それが楽しみで働けているのかもしれません」
コロナ禍には「ここがなくなったら困るんだよ。俺はどうしたらいいんだよ」との言葉をかけられたこともあるのだとか。
……込み上げてくるものがありますね。
お客さんとの関係のなかに毎日の働きがいを見出すお二人。
多くのスタッフが同じ気持ちなのだろうと想像すると同時に、お客さんからしても、同じくそんな交流を楽しみにしている人が多いであろうこともうかがえます。
多様な人々の憩いの場として存在するいづみやさん。
これからも変化が続くであろう大宮の街で「変わらない昭和のよさ」を残し続けてくれることを願うばかりです。
取材を終えるのとちょうど同時に、会計後「また来るよ」、続いて「また来てね」とお客さんとの会話が聞こえてきた。
白石さん「あのお客様は初めてのお客さんなんですよ。また来てくれるって、、うれしいですね」
「次」があることをあたり前のように話す白石さんに、いづみやさんとお客さんとの距離の近さを見せつけられた気分でした。
本当に、人情味たっぷりのお店ですね。