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じゅん奥様ストーリー【1】
1:
じりじりとする日差しに汗を拭う。
秋になり、だいぶ過ごしやすい気候になったが、今日は太陽も張り切っているようだ。
「よーし、帰るか!」
「はい!」
道具を片付けて、同じく汗ばんでいる後輩に声をかけた。
松本勲(いさお)。52歳、会社員、建築士。この仕事にかじりつき、大きくはない会社だが粘り強くやってきた。
この日も若手の男性社員を連れていき、現場の測量などを終えたところだ。夏に比べれば、だいぶ外出もしやすくなった。
車に乗り込む後輩の横顔は、時にまぶしい。職場に若い風が吹き、良い緊張感が生まれていた。
そこに一本の電話が入る。向こうは事務の女性社員だ。
「はい、松本です。……あ、そうなの。ありがとう、今から帰りますんで」
午後に予定していた会議が遅れるとのことだった。
隣の若い風、もとい後輩にも伝える。彼は了解です、と答えた後――神妙な顔でこう言った。
「千田さん、イイっすよね」
「ん……!?」
千田さん、というのは、今の電話の相手だ。30代の女性事務社員。ちなみに既婚だ。
「何言ってんの、突然」
「人妻ですよ」
「確かに美人だけどな。でも、その歳でお前、目覚めるのは早いぞ」
落ち着いた雰囲気で、まとめた髪から見えるうなじがイイと彼は続けた。
俺にとっては、人妻というのは近寄り難い。離婚を経験した身からすれば、まっとうに家庭にいるというだけでも素晴らしすぎて、引け目が出てしまう。
千田さんに特別な感情はない。騒いでいるのはもっぱら、この後輩だ。
エンジンをかけると彼もちょっと真面目な顔に戻ったので、この話は終わりになった。
(人妻、ねえ)
秘密めいたその響きが、妙に耳に残った。