のらべり5寄稿短編『私はソーデス』
これは同人誌『のら!ちゃん!べりべりきゅーと!5』に寄稿した短編を一部加筆や編集を加えたものです。
実際に収録された内容が異なっている部分もあります。
本誌にはもっといろんな人達の作品が収録されているのでぜひ買ってね!!
私はソーデス。製薬会社、イムラ・インダストリーによって生み出された人造生物である。その中の一個体である私は、産まれてから数々の地を転々とし様々な”家族”との出会いと別れを繰り返した後、今はこの家の警備を兼ねて住んでいる。
今の家主は、人間というにはとてつもなく大きな乳房を持った女性だ。しかし少々変わり者で、常日頃アンドロイドが欲しいとのたうち回っている。それも世界で一番人間に嫌われているであろうのらきゃっと型をだ。
そんな変わり者の家主の元に転がり込んでしまったのだが、ほぼ同時に住み始めた所謂"同僚"もまた大層な変わり者のソーデスだった。
私はソーデス。これから記すことは、その家族とのなんでもない日常の話である…………デス。
それは、まだ私がこの家に住み始めて間もない頃。ほんの少しだけ、この家の日常を理解し始めたと、物思いに耽っていた夜だった。
一人暮らしにしては広すぎるリビング、そこの物置棚の上で、私は日々の職務を全うしている。
主人は自室に籠もりここを空けているため、暗がりの部屋に私一人ということになる。しかし、警備を任されている以上これで良いのだ。
肝心の家主は何をしているかは定かではないが自室に籠もっていることは確認されている。おそらく寝てはいないだろう。人間は昼行性の生き物だというのに、あの様に夜更けまで活動し続ける人間も多いこともまた事実。それを生命の習性を超えた好みという感情でやっているのだから、感情を持つ生物は実に難儀であると思う。
そうぼんやり考えていると、内線のコールが頭に鳴り響く。
「こちらオクガイ、オクナイさん。聞こえマスか?」
もう夜更けだというのに元気の良い甲高い声が響き渡る。少々やかましいが、愛想のいい同僚の声だ。
「オークーナーイーさーん、聞こえますかー?」
我々にはソーデス以外のこれといった個体名称は無い。しかし名前が無ければ不便だと家主が言うので、互いの担当である屋外と屋内から取ってそう呼び合っている。
「……こちら屋内、何か異常でも?」
とは言え、特別何かが起こったわけではないことはとうにわかりきっていた。何故なら、屋外は感情表現が一般的なソーデスよりも豊かであり、もし非常時なら声がわかり易く動揺しているのだ。
というか、何かやけに気分良さそうに思える。何があったというのだろうか。
「異常じゃないデスけど、今っ、空を見たらキレイなお星さまが見えたんですよ!」
…………お星さま?
少し拍子抜けしてしまった。確かにはしゃぐ気持ちはわからなくは無い。かつての戦争によって粉塵が大気層を覆っている。私達のセンサーでも太陽の紫外線を感じることは辛うじてできるものの、常に空は黒い雲が覆っている為、青空や星空はそうそう見れる物ではないのだ。
「それで、それだけですか?」
「と~っても綺麗デス~!」
聞いてんのかコイツ。
屋外はいつも真面目に業務をしているのだが、少し変わったことがあるとすぐに公私混同をして通信を入れてくる困ったヤツだ。それが美点だと家主は言うが、どうもわからない。
そもそも、夜空に浮かぶ星のほとんどは恒星という太陽と同じガスの塊の様なものである。人間ならいざ知らず、同じソーデスである屋外がそれに興奮するのは理解できない。我々はIMRのクラウドネットワークを通じて、ある程度の知識共有が為されているはず。それであれば、そこに感動を覚えるのはいささか荒唐無稽である。
「……通信、切って良いですか」
「えっ、オクナイさんは気にならないんデスか? お星さま」
「ないデス」
「あっ、ハイ。ごめんなさいデス、業務に戻りマス……」
やれやれ……。と、一息ついたところで通信を切ろうとしたその時だった。リビングの扉が開き、そこから家主が出てきたのだ。
「ハァ~、思いの外続きが思い浮かばん……。オチどうしよっかな~」
どうも本当に作業していたらしい、普段より数段目つきが悪くなってきているので、おそらく行き詰まっているのだろう。
そんな家主は一旦立ち止まるとこちらを睨みつけてきた。そしてこちらに歩み寄ってくる。
私に何か不手際があったのだろうか……。
「何かあったの?」
「ソっ」
家主が指を指した方向は、頭に出てた赤く輝くアンテナ・ハイロウ。これは通信を行う際に出てくる物なのだが、通信を置こうなうこと自体が何かしらの異常があったサインと家主は認識している為、こちらを見ていたのだろう。しかし、実際は特に何もないのでどう説明したら良いものか。
「星が、見えているそうです……」
言ってしまった。なぜ言ってしまったのかはわからなかったが、それ以上にくだらないことで余計な考えを巡らせてしまった。どうしよう……。
しかし、それに反して家主は見る見るうちに生気を取り戻した顔になり、眼を輝かせ始めたのだ。
「星!? 星見れるんだ! 良いね、見に行こう!」
家主はそう言うと、直ぐ様カメラを部屋に取りに戻ってから私に手を伸ばしてきた。
「ソっ!?」
突然のことで困惑してしまった。そのまま抱きかかえられ、後ろから、大きく柔らかな感触が覆い襲う。
「どうしたの」
「け、警備の仕事は……?」
自分は持ち場を離れても良いのか、その意味を言葉にして伝えようとかろうじてひねり出した。
「大丈夫大丈夫、いざとなったら私がなんとかすればいいからさ」
ね?とあっけからんと、言い放つ家主になんとも言えなくなってしまった。ならここは、お言葉に甘えさせて頂くとしよう。
色々と揺れ動く物に多少の圧迫感を感じながらも、屋外へつながる階段を登っていく。やがて、閉鎖感漂う建付けの悪そうなドアの前まで行くと、ドアノブを捻る音と共に外の明かりが視界に飛び込んでくる。
「あっ、家主様! それにオクナイさんも!」
「屋外ちゃんおつかれ~!」
「デス……」
さっきの通信の手前、屋外に会わせる顔がない。少しナイーブになっていると、二人の感激の声で視線が思わず上を向いてしまった。
そこには眼を見開くような、蒼く広がる綺羅びやかな星の海があった。その中には虹色に似た輝きも混じっている。しかしこれは正確な夜空とは違う。その観測映像などで知識はあったが、実際に自分の眼で見るのは初めてだった。だからこそ、今の現実がこうも違って見えるのかとひどく惹かれてしまう。
「わぁ~、星空ってこんなに青く輝いてるんデスね~!」
「うん、ほんとに綺麗……! オーロラも見えるっ!」
オーロラのように見える蒼い空は、舞い上がった粉塵や人工ガスが周辺の衛星から反射する太陽光によって放つ輝きだ。それを知っていれば、眼の前の光景は滑稽なものだが、それを置いていても見惚れてしまうほどものはある。
それに何だか心地良い気分だ。それはこの光景を見ているからなのだろうか。おそらく違う。
「家主様、あの星ってなんて言うんデスか?」
「うーん……ちょっとわかんないな。なんて言うんだろうね~?」
ここにいる”家族達”と今を共有しているからだろう。
「ソーデス」
私は、この時間が好きだ。ありとあらゆる家族と巡り合って来た、その先で有った何かを他者と共有する。その時間は儚くも美しいものだと、別れを得た今でも……いや、別れを得た今だからこそ強く感じる。
「そういえば屋内ちゃん、珍しく喋ってたよねっ?」
「あーっ、だから外に出てきたんデスねー!」
「ネーデス」
私はソーデス、この家族の元で警備の仕事をやっている。
今の家族は、少々やかましいが悪くない。
『私はソーデス』 終
本日の天気は晴れ。快晴とも言える天気は、今の時代の平和を物語っているようだった。
IMRが戦争を終結させてはや10年、人類はアンドロイドと共生できるほどに互いを許し合って助け合える平和を持っていた。
と世間一般にはそう伝わっている。しかし現実は違うんだと家主は言っていた。その辺の話を聞いてみたかったが、うまくはぐらかされてしまった。
私がIMRとのネットワークで繋がっている以上、あまり聴かれたくないのだろう。彼女はある物を持っている事で、本社の監視対象になっているからだ。
しかしここの家は世間とは断絶されていると言って差し支えないところにあるため、そんな世情は関係ないのだ。だからこそ私の仕事がある。
それと言っても平和に感じる日だ。日差しも心地よい。
そう思っている矢先、センサーに反応があった。人型の熱源探知、しかし周辺に何かしらの磁場のような物がある。飛行型? しかし眼で観なければそれも認知できない。そう思い、屋外への回線を開こうとした時だった。
ズゴォォォォオオオン!!
瓦礫が崩れ落ちる轟音と共に煙が目の前に拡がった。何かが落ちてきたということはわかったが、この異常事態に私は一瞬思考が止まってしまった。
「こちら屋内、屋外?聞こえますか!屋外!?」
しばらく間があってから、返信のコールが鳴る。
「ハッ、はいっ!こ、こちら屋外でしゅ。何かあったんデスか!?」
そう言って屋外の返信は、呂律が回ってなく涎を啜る音も聞こえた。
さては寝てたなコイツ……。
無駄だろうとわかっているが一応聞いてみよう。
「今、室内に人型の何かが落ちてきました。そっちで何かありませんでした?」
「ふぇっ!? ええっと、ええと……あーっ!! ちょっと前に何かがそっちに墜落しに行ってます! これは黒くて、青くて……翼がありますよ?」
ありますよ?じゃねーよ。
「その写真、こっちにまわせませんか?」
「あっハイ! 今まわします!」
その言葉の後にすぐさま写真が来た。
そこに写っていたのは、確かに四肢も黒くそして青色の発光体が付いている。だがその身体の中心部、トゲトゲしい白い花のような紋章、ドレスのような装飾はまるで……。
そう思っていた矢先、煙が晴れて凄惨な散り方をした室内のインテリアが見えてきた。その中心部に黒い鉄の塊のような物があった。
「っ……、司令部。申し訳ありません、民家に墜落してしまいました。司令部……?」
そう言い放った黒い鎧、いや鎧の中から見えるモノクロのドレス、そして白髪のようなファイバーメッシュに奥に見える青い瞳。そのものの正体がますきゃっとであることを確認した。
よく見ると、その装甲にはこのように記されている。
『IMR Specially equipped earth guard』
通称IMR特装隊と呼ばれている、特殊組織だ。確か、IMRのネットワーク上の記事で設立と活躍が載っているのを見たことがある。なんでも、地球上での特殊犯行に対する組織だとか。
だが彼女のその様子だと、どうも事故のようだ。
さて、どうしたものか……。奥にいる家主を呼び戻すには、相手が悪すぎる。
「あっ、あの……」
「ソっ?」
先ほどまで通信を行っていたますきゃっとがこちらに話しかけてきた。その表情はどこか縋るようなものだった。
「こ、ここの住民ですよね? 申し訳ありません、私の不注意で貴方方の家を破壊してしまって……」
「…………いえ」
思いの外丁寧で戸惑ってしまった。この時代に軍属のますきゃっとは、そのほとんどが荒い口調だという話を聞いていた。少し拍子抜けだが、それだけではない。彼女の印象は、どこか幼く成熟しきってないような違和感があった。
「あの、差し出がましくて恐縮なのですが、もしよろしければここの通信機を貸していただけませんか? ここは妨害電波が酷くって……」
……普通は疑うものデスよね?
内心そうツッコミを入れざるを得なかった。一応の特殊部隊なのだから、まずは警戒したほうが良いのではなかろうか。
それともやはりますきゃっとだから、こちらを甘く見ているのか?
「良いよ、貸してあげるッ!」
そう思っていた矢先、奥のエレベーターに繋がる通路から家主の声が聞こえた。機械油が顔や身体に付いている家主がそこから現れた。
ますきゃっとの元に歩みよると、家主はそのますきゃっとを一瞥する。
「ふーん、特装隊ね……」
「あっ、ハイ! IMR特装隊です! えーと、もしかしてここの……」
「そっ、ここは私の持ち家なの。しっかしひどいなこれ」
そういって家主は周囲を見渡す。それを見て、犯人のますきゃっとは申し訳無さそうに身を縮めた。
「申し訳ありません、私がパトロール中に管制コントロールを乱してしまって……」
「ああ、良いの良いの。そういうこともあるから。そ・れ・よ・り……」
あっ、なんか悪い顔をしている。何を考えているんだこの人。
「通信機は貸すし連絡も付けるよ、その代わりね一つ条件が……」
後々、このますきゃっとが私達の家族になるのは、私にも想像がつかなかった。
修繕費用も貰い、ウッキウキの家主を見てやはり人間はこんなものかとも痛感してしまうのだった。やれやれ。
終