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私の卒業〜18【6】 o'clock 1
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
プロローグ
「レン兄ちゃん!」
「知里(ちさと)!」
4歳くらいの幼い女の子が拙い足取りで小学6年生の少年に必死についてゆく。
レンと呼ばれた少年は優しく知里を待ってあげたり時には手を引いていた。
レンは知里を優しく見守り、知里はレンに全幅の信頼をしていた。
この時も桜が満開で、2人でお花見をしたり、遊園地に行ったりキラキラした時間は続いた。
夏はプールや海水浴、冬はスケート、近所の広場に歌手が来る時は一緒に聴きに行ったり、レンのピアノやボーカル、ダンスの発表会を知里が見に行ったり。時には家族ぐるみで一緒に行った。
知里もレンにピアノの発表会を聴きに来てもらっていた。
その時々、帰宅する時に18時だった時計や時計塔が妙に知里の脳裏に焼きついている。
長針と短針がまっすぐで、どこまでも2人の未来が続いていくような安心感があった。
しかしながら2人が会えるのもレンが中学3年生に上がる時、知里が小学校入学までで終わった。
レンと知里はお互いに歩いて5分くらいの所に住んでいた。
親同士も仲良くしていた。知里の姉もしばらくはレンに遊んでもらっていたが、自分で友達を作ったのか半年くらいか期間は短かった。
知里はお兄ちゃんが欲しく、レンがお兄ちゃんになってくれていた。
親や姉よりも安らげる、大きくて柔らかくて温かい心の居場所だった。
変化〜別れ
しかしながらレンは高校受験前で勉強をしないといけないのでだんだんと会えなくなってしまったのだ。
一旦レンと知里が会うのはお休みと知里は親に言われ、それっきりになったのだ。
知里は止められていても、したい事はしようとする所があるが、この時はレンの家に行き、チャイムを押したり電話をかける事は何故か絶対に出来なかった。
それから3年ほど経った時、高校生のレンが同じ高校生の女の子を連れていたのを小学4年生の知里は見かけたのだ。
レンは遠い所へ、別世界へ行ってしまったのだろう。あの時のレン兄ちゃんじゃない。
すれ違ってももう声をかけれないかもと知里は幼いながら思った。
もうレン兄ちゃんの事は忘れよう。
そして知里は祖母のいる隣町に家族で引っ越し、実はレンも大学に上がり、一人暮らしを始めたようだった。
それまで年賀状も続いていたけれど自然消滅したのだ。
知里とレンをつなぐものは何も無くなってしまったのだ。
知里が電車を乗り継いで、レンの実家に行き、レンに会いたい旨をレンの両親に伝えるなど相当な努力をしない限りもう再会は無理だろう。
ところが知里は勇気を出した。もう親に怒られても何を言われても良い。もしかしたらレンが彼の実家に戻って来ているかもしれないと思い、レンの実家に行ってみる事にした。
ピアノのレッスンを前の家の近所で受けていた。引っ越しをしてもレッスンには通った。
ピアノ教室とレンの実家は近かったが、しばらく勇気が出ずにレッスン後はまっすぐ帰っていた。
しかしながらやはり気になる。
行ってみよう…。
知里はその日、ピアノのレッスンは上の空だった。
ドキドキしながらレンの実家に向かい、やがて着いた。しかしながら綺麗に更地になっていて何も無くなっていた。
知里はその場に立ち尽くし、呆然と空を仰いだ。
道ゆく人や近所の人も知里に声をかける事はなく、レンの消息は分からずじまいだった。
(もう一生レン兄ちゃんとは会う事は無いだろう。)
知里はご縁の終わりを確信した。
少女から大人へ
やがて知里は歳を重ね、中学3年生になった。
レンとの別れから知里は特に恋をしていなかった。
いや、知里はあれを恋だとは自覚していなかった。
小学校高学年にもなれば周りは男の子の話で盛り上がる。
「好きな人居る?」
「⚪︎⚪︎君と目があっちゃった!💕」
などなど。
知里は全く片想いすらなく、クールな目線で周りの女の子達を見ていた。
知里のノリが悪かったりで知里がグループから浮いてしまった事もあった。
それも中3で。
知里は悪口も言われるようになり、グループを抜けた。
かえってその方が気が楽で良かったのだ。
知里は姉ほど勉強が出来ず、勉強が嫌いだったが受験生だ。
背に腹は変えられない。
休憩時間も勉強をした。
先生との懇談で知里は英語を勉強できるコースのある公立高校を志願したかった。
しかしながら成績が少し危なく、私立の共学を勧められた。
悪い気はしなかった。
大学に行きたいのならむしろその方が良いかも知れなかった。
厳しい母親は
「知里がもっと成績が良かったらなあ」
と嫌味を言った。
実は知里はレンと離れてからいろいろあり、心を閉ざしていた。完全に腐っていたのだ。
凍った心、だるい体を引きずって毎日を送っていた。
学校も塾もピアノ教室もただ行って帰ってくるだけだ。
嫌々やっているから何も身についていなかった。頭も回らず、じっとしている事も多かった。
我が家で生き残るためだけに知里は足を止める事が出来なかった。
レンといた時の心はフワフワの淡いピンクに色付けられる。
しかしながら今は黒とまでは言わないが、茶色、ウグイス色など迷彩色のような色だ。
混ぜると簡単に黒になってしまうだろう。
何だかレンとの時間は前世の記憶のようにもうぼやけて上手く思い出せなくなってしまったのだ。
しかしながら知里は例の私立の共学1本に志望校を決め、一生懸命で迷いは無かった。特にやりたい事があるなどは無いがどうしても入学したいという気持ちは強かった。
何だか止められなかったのだ。
サクラサク
晴れて知里は志望校に合格したのだ。
満開の桜
いつしか…夢で見たのだろうか?
心地良かった。大きな坂の両脇には桜が咲き誇っていた。
道もピンクのじゅうたんになっていたのだ。
そして訳もなくドキドキしていた。嫌な感じではない。緊張とかではなかった。
隣には知里の母が居てくれていたが入学式の会場である体育館で母と別れて知里は席に着いた。
入学式は滞りなく進み、担任の先生が前に立ったのだ。
知里の担任の先生は社会科の若い男の先生だったのだ。
新任の先生かまだ先生になって1年か2年くらいだろうか?
髪の色がもとから明るいブラウンヘアーで目が大きく、ぷっくりした上品な唇、高い鼻
まさかの事態が起こったのだ。
レン?いや、レン先生なの?
知里は穴のあくほど担任の先生を見つめたのだ。
知里の異様な視線に彼は気が付いたのか、彼と知里はしっかり目が合ったのだ。
そして彼も非常に驚いた顔をしたのだ。
そして担任の先生の名前や自己紹介を聞き、それは確実になったのだ。
夢に見た瞬間だった。
それもレン先生が担任だなんて…。
その日教室を出て下校する時もレン先生は知里に、どこか事務的ながらも優しく微笑み、
「入学おめでとう。さようなら。また明日」
と声をかけたのだ。
続く