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蔵のちょっとだけ怖い話

以前も参加させて頂いた、みょーさん主催の『ちょっとだけコンテスト』にまたしても参加させて頂きます。



今回のテーマは『ちょっとだけ怖い話』とのこと。私自身怖い話がめちゃくちゃに苦手なので、ちょっとだけってホントありがたいです。怖がりすぎて世にも奇妙な物語が見られないし、金田一少年の事件簿は半目で見ている程だから。そこまでしてみっちーが見たいか。

では、ちょっとだけ怖い話、始めます。






前を見れば山、後ろを見れば川、横を見れば竹藪、電車も通っていなければコンビニは1つもない。私は長年、そんな田舎に住んでいる。

家の周りは田んぼと畑しかないし、未だに近所付き合いが都会に比べて密で、ご近所さんから野菜や果物、時には漬物をもらうこともある。街にでることが不便なせいか住んでいる人間はさほど多くなく、おそらく動物のほうが数が多い。そんな地域なので、野生動物に出くわすことはまあよくあることだし、珍しくない。

昔、代々農家をしている友人のうちに大きなイノシシが出て、自慢の罠でそれを捕まえたことで新聞に載った。しかも驚きなのは、「〇〇君ち載ってる!」とその新聞を読んでいた数時間後に我が家のインターホンが鳴り、ドアを開けると、大きな鍋を持った友人の母が立っており、おすそわけと言われて鍋の中を見ると、さっき新聞で見たイノシシが美味しそうな甘煮になってあらわれたことがある。あまりにもリアルタイムすぎてさすがにこれにはだいぶ驚いた。

そんな環境で幼少期から暮らしていると、タヌキやキツネは当たり前。たまに立派な角を生やしたシカや川を走るイノシシと出会い、畑で泥棒を働くサルと追いかけっこをしたりして遊んでいた。

そんな暮らしをしていたものだから、野山を駆け回って遊びまわっていた小学生時代の私は、すっかり野生動物に慣れきっていた。え?またタヌキでたの?昨日もいたよね~みたいな感じである。

しかし、田舎に住む人間でも唯一恐れる動物がいた。それが、クマ。

クマは怖い。会ったら死んだふりをしてはいけない。目を見て、ゆっくり後ろに後ずさりしながら逃げるんだよ、と小学校で大人から教わるくらい、クマは他の動物とは扱いが違った。実際、イノシシが出た、くらいでは大人たちの反応は「ふ~ん」くらいなのに、クマに関しては町中のスピーカーから「クマが出ました。なるべく家から出ないでください」と警報が鳴る。子供ながらに、危ない動物なんだ、と感じていた。

しかし、怖いとはわかっていても小学生はクマより遊ぶことが優先。小学生だった私の当時ハマっていた遊びは、山探検だった。近所にそびえる山に入り、その山がどこまで続いているのか探検する、というもの。毎日毎日山に入っては登り、行ったことのない道を探しては勝手に名前を付ける、という遊びに熱中する毎日だった。

どうせクマなんて会っても逃げれば良いだけだし、と大人の忠告どこふく風である。この頃から、人の話を聞かないアホなガキだった。

その日も、学校が終わった後、近所に住む仲良しの友人とその弟と3人で山へ向かい、いつものように探検を開始した。

落ち葉を拾って頭の上から落としたり、坂の上から勢いをつけて滑り降りたり、服がどろだらけになるまで走り回り、昨日学校で注意されたはずのクマのことなど完全に頭から抜けていた。

しかし、しばらく遊んだ頃、山の様子がいつもと違うことに気付く。

いつも山に入ると同時に飛び立つコウモリが今日は1匹もいないし、木の上を走るリスも、ネズミが落ち葉の上を走る音もしない。なにより、鳥の鳴き声が全くしない。不気味に静かで、変だ。

急に怖くなって、友人の服の裾を引っ張る。「ねえ、なんか……」と言いかけたところで、山の反対側からガサガサ、と音がした。急な物音に、驚いて振り返る。友人もさすがに異変を察知して、動く背の高い草をじっと見つめた。3人に緊張が走り、私はそのとき、教えてもらったクマからの逃げ方を必死で思い出していた。

ガサガサ、ガサガサ、と音がこちらへ近づいてくる。何か大きいもののようだ。草をかき分けてでてきたそれが、ゆっくりと頭を上げる。

「なんだ、こんなとこで遊んでるのか」

大きな影の正体は、クマのような背丈をした猟友会のおじさんだった。

茶色いベストを着て長靴を履き、正面から見てもわかるくらい長い猟銃を背負っている。狂暴化して人を襲ったり、人里に出て畑を荒らすイノシシを退治する、近所のおじさんが、無表情にこちらを見ている。怯えた3人は、とりあえず出会ったのがクマじゃなかったことに安堵したが、生き物を狩る、という覚悟からか普段と違う真剣なおじさんの雰囲気に押されてうまく返事ができない。その様子をじっと見て、おじさんが口を開く

「クマと間違えて撃つところだったわ」

ハハ、と一応笑い声をあげているものの、目は全く笑っていない。おじさんの目は、ハンターのそれだった。

撃つ、という言葉が衝撃的すぎて固まる3人。もしおじさんが私たちをクマと間違えていたら、背中に見えるその大きな猟銃で撃たれていたのだろうか。想像しただけでおそろしくなり、学校で教わったクマから逃げる方法と同じように、おじさんから目をそらさず、3人そろってゆっくり後ずさりする。

「今日は1日山に入っちゃだめだよ」

おじさんのその言葉にうなずくが早いか、山の入り口へ全員でダッシュした。怖すぎる。山の中でクマと間違えて撃たれて死ぬなんて、しゃれにならない。まだ10歳だぞこちとら!

振り返らず全速力で家の近くまで帰り、あがった息を整えた後、3人は一言も言葉を発せなかった。ただ地面を見て、無言のまましばらく立ち尽くしていた。

「今日はもう、いいか」

一体何が、いいか、なのかはわからないが、一言呟いて顔を上げると、友人とその弟はゆっくり、だがしっかりと頷いた。言いたいことは伝わったようである。誰からともなく家へと続く道を歩き出し、さっき起こったことを小さな頭で一生懸命処理しようとしていた。しかしやはり誰も話し出さない。無言のまま、それぞれの家へと吸い込まれていった。

帰宅後、夕飯を食べてお風呂に入り、布団に入って目を閉じても、頭の中にはあの時のおじさんの真っ黒な目と、低く、はっきりとした声がいつまでも響いていた。

「クマと間違えて撃つところだったわ」

クマより怖い、幼少期の思い出。




怖かったな。おじさん。

幸運にも実際にクマと遭遇したことはないけど、小学生の頃はいつも、やんちゃすると大人に「クマが出るぞ!」とおどかされていたことを思い出した。ホントに出るからしゃれにならなかったのだろう。

小学生の私からすると、クマより断然おじさんの方が怖かったけど、大人になって考えると、おじさんなりの優しさだったんだよね。たぶん。

今でも山歩きをすると思い出す、ちょっとだけ怖いお話でした。