【茜】夕立ち
『………次のニュースです。先日からルーエンス地方にて起きている集団血液損失事件に新たな被害が発生しました。8月8日の夕刻から翌日の朝にかけてモンタグロ州のコルトの住民が総計156人の死者、38人のけが人となり、多くの人々が亡くなりました。現場では未だ混乱しており、政府も最優先解決事項として対策を思案している状態です。この先月からルーエンス地方で続いている怪事件は数年前に起きた吸血鬼の発生と何かしら関連性があるのではないかと専門家は考えております。本日は吸血症について研究されているセルドラ大学のシアン教授に起こし…』
ニュース番組は教授による熱弁を垂れ流しながらフリップを交え如何に吸血症が恐ろしいかを説明している。
「ふざけんな」
私は胸に抱えた嫌悪感からつい、口から苛立ちが零れてしまいTVを消してソファに倒れ込み項垂れる。
吸血鬼は3年前に鎮圧し、残っているのは吸血症患者だけ。大手医療企業であるクロスロード社による人造血液の開発により、吸血症患者は血に飢えることなく人として生きることが出来た。ある程度の血液管理は必要なものの、血を求めて人々を襲う吸血症患者(吸血鬼)はもういない。それまでは吸血症患者は人殺しの危険性を担っていると人間扱いされず迫害を受けてきたが、クロスロード社の尽力もあってか政府から【吸血症保護制度】が布かれ、吸血症は一種の病気として認知されつつあった。漸く、吸血症患者にも平等な世界が訪れたと思ったら今回の事件でまた危険性を挙げられている。また確定ではないものの、こうメディアに取り上げられれば民衆は不安から逃れようと分かりやすい敵を作り、それを叩くことで安心するだろう。そうなると吸血症がまた迫害される未来が容易に想像がつく。人間の弱さ故の争いは吐き気を催す。どうしてこうも他人を蔑ろにして自身を守ろうとするのだろう…。私だって皆、聖人になれとは思っても居ないが…。
やりきれない怒りが腹の中を占領しつつある事に気づき、気持ちを落ち着かせるため家から出た。外は赤みがかった夕日空が周囲を包み込み、それを真似るように海面が淡く赤く染まっている。遠くの方でウミネコが、近くでは虫がそれぞれの声で泣いている。皆、違う生き物だがまるで打ち合わせをしたかと思わせるような美しい合唱を奏でている。近くの廃材に腰を掛け、ボーっと落ちていく夕日を眺めている。この時間帯は心底から安心するが、今回はそう思えない。
「夕立ちが人を襲う…か。」
このルーエンス地方に起きる集団血液損失事件は未だ原因不明だが、一つ分かっているのが、夕立ちが起きた地方の生物の血液が無くなるというもの。今迄にない自然災害で今はその調査と対策で話題が持ちきりだ。人々は夕方になる度に夕立ちが起こらない事を祈りながら震えて過ごす日々が続いている。私の好きな時間が今や死刑宣告を待つ時間帯へと成り代わってしまった。吸血症への迫害が私の好きな夕日によって起こる事だと考えるだけで気が滅入ってしまう。それを癒す安らぎの場所すら奪われてしまった。今回の事件はかなり応える。
(ちょっと悲観し過ぎてるな。今日はもう寝て明日はバイクの整備でもするか。)
大きく伸びをして家へ帰ろうとすると、家前に高級車が止まっている。客か?
そう不振がっていると、車からスーツ姿の男が降りてこちらへ向かってきた。
「貴女が茜さんでしょうか?」
「誰だあんた?」
身なりを見るとしっかりしている。磨かれた靴にしわの無いスーツ。人里離れた所には似つかわしくない人物なのは確かだ。整った顔立ちから人良さそうな笑顔がこぼれている。嫌な予感がしてきた。
「失礼。こちらから名乗るべきですよね。私はクロスロード社の研究部門のシベルタと申します。」そう言いながら胸ポケットから名刺を取り出し差し出してきた。
(造血技術研究課の課長…。)
「ああ。私が茜だけど、何かの修理依頼?何時もお世話になってるから3割引きで良いよ。」
「丁度、家のTVが壊れているので修理して頂きたいのですが、今回は別件でして。」
シベルタは笑いながら淡々と語っていく。別件との言葉で嫌な予感が的中した。
「今、世間を騒がせている怪異について討伐協力を依頼したいのです。貴女も気になりませんか?血を吸う夕立ちの正体を。」
夕立ちを倒せば吸血症への疑惑は晴れるだろうか?人々の不安は解消されるだろうか?もう夕方になると怯える世の中が無くなるだろうか?
今の世情は私一人では何も出来ないと思っていたが、この依頼なら変えられるかもしれない。淡い期待と何かにすがりたい思いから私は車へ乗り込んだ。
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ほの暗いミーティングルームの壁にプロジェクターの光が部屋を照らしている。
「結論から申し上げますと夕立ちの正体は吸血鬼です。」
其処には綺麗な夕焼け空と空に広がる大きな雲が1つ写り込んでいた。
「これが…吸血鬼?」
短絡的な結果に戸惑いを隠せない。
「私どもも最初は異常気象としか思っていませんでしたが、こちらを見て頂ければ納得いただけるかと。」
画像が切り替わり、先ほどの画面の色合いが変わった。サーモグラフィ画像だろうか。雲の部分に熱源がある。
「雲内部に謎の熱源が確認出来ました。本来はあり得ない事です。さらにこちらは上空から写した画像です。」
次ははっきりと熱源の形が分かった。一言でいえばエイの様な形をしており、中央部には人が腹ばいになり、両足を閉じて手を広げている様な濃い赤い形が見えた。
「確かに人に見えるけど…、巨人が空飛んでるって事か?突飛過ぎるだろ。」
「そうおっしゃりたい気持ちはわかります。因みに茜さんはこのような吸血鬼は見た事が?」
首を横に振る。あるわけ無い。異形型は多くても良くて2~3mが限界だ。それに比べてこれは単位が違いすぎる。数kmの世界だ。見た事がない。
「となると新種ですかね?少なくともこの夕立ちは血を吸いながら人を襲っているのは確かです。」
「新種…。これが吸血鬼…。」
シベルタを見ると真剣な眼差しで此方を見ている。冗談ではないのだろう。夕方に雨を降らしながら血を吸う雲型の吸血鬼。絵空事なら面白いが現に死者も出ているのが納得せざるを得ない。
「いまだ信じられんが、一先ずわかった。…で?その吸血鬼は今どこを飛んでいる?」
「今はおそらく海底に居ます。」
何だって?馬鹿にしてるのかこのおっさんは?空に居る奴が次が海?
「私どもも夕立ちに関しては生態が特殊過ぎてどう説明して良いか分からないんですよ。順を追って説明します。」
シベルタは夕立ちの発生から話していった。
夕立ちの最初の生息地は海中だった。海中にて魚の血液を吸い大きくなったと推測した。それに裏付けて夕立ちが発生した直前では血が抜かれた鯨が座礁している事が頻繁に起きていたらしい。その後、餌場を陸地に変え、夕立ちとして吸血行為を行っている。雨と思われていたものは潜行時に取り込んだ海水で、地上へ降らした際の水の反射音で生物の有無を認識しているらしい。生物を多数感知したら地上へ降り立ち吸血する。その後、海へ戻るとの事。恐ろしいのが被害範囲が日に日に増えている事から成長している。今や12km程の広さが推測され、小さな町を丸のみ出来るほど成長している。このまま行けば大陸すら飲み込む生物へとなり果てるだろう。
「茜さん。只の生物であれば軍隊のみでも討伐可能ですが、夕立ちは吸血鬼です。あの雲と思われる部分は霧と予測されるため、霧を晴らさない限り通常火器が利きません。そこで過去に吸血鬼狩りをされていた貴女が頼り何です。」
シベルタはそう言い切ると頭を下げてきた。
プロジェクターに映っている夕日に浮かぶ大きな雲。これを打ち落とせれば吸血症への迫害が収まるだろうか…。その小さな思いを信じて私は討伐依頼を請け負った。
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「あっ!茜お姉ちゃん、来てくれたんだ!」
病室内に明るい声が広がっていく。
「久しぶり。元気してた?」
抱えていた荷物を近くに置き、ベットの近くの椅子に座った。
「元気だよー!だから此処に閉じ込められているのが退屈でさ~。」
笑顔の少女は枕を抱えながら退屈そうに足をバタつかせている。
「今は夕立ちのせいで周りがピリピリしてるからね。今は我慢時だよ。」
夕立ちが発生してから周囲の人間は吸血症患者に対して怪訝の眼が蔓延っている。
その中でもこの場所、吸血症患者専門の隔離病棟は他の場所より注目の的となっているのが現状だ。時たま病棟外に吸血症保護制度反対派のデモ部隊が闊歩している。被害が出る可能性がある為、今や患者の外出禁止が取り決められている。
「それで、気分はどう?」
「ん~、最近喉の渇きが多くて夜中に起きちゃう。」
「体から霧は出た?」
「そこは大丈夫。霧が出る前に血を飲んだから収まってるよ。」
そう言いながら少女はベットに備え付けられている造血袋をポンポンと叩いて主張している。外に出れないストレスが影響しているのかな。喉の渇きは精神に直結している節があるので今の状況に不安を覚えてしまう。今の状況が続いて吸血鬼化しなければ良いのだが…。
「あっ、そうだ。これあげるよ。」と持ってきた袋からぬいぐるみを渡す。
「いぬくじら!覚えててくれたの!?」
いぬくじらは鯨に短い手足が生えた可愛いキャラクターだ。最近、ゆるキャラとして流行りだしているのを以前に熱く語っていたのが頭に残っていて、良かれと思い購入したのが正解だったみたい。ぬいぐるみを撫でたり抱きしめたり頭にのせたりと嬉しそうで良かった。
「にしてもこの生活って何時まで続くのかな。外に出たい~。」
「大丈夫だよ。夕立ちももう少ししたら収まるから。収まったらまたバイクで遠くへ行こうか。」
安心して欲しく微笑みかけたら「うん!」と元気よく微笑み返してくれた。
(大丈夫。私があの夕立ちを払ってあげるからね。)
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「標的を目測しました。投下準備願います。」
機体は夕立ちの投下ポイントに合わせる為、大きく揺れた。バランスを取りながら席を立ち、降下用パラシュートとパイルバンカーを体のハーネスに取り付け、酸素マスクを被る。インカム越しから作戦指示が流れる。
「茜さん、最終確認です。準備がてら聞いてください。貴女を夕立ち直上から投下させ、霧の中へ潜行させます。そこで夕立ちの霧を晴らし、座標杭を夕立ちの心臓部位に突き刺して離脱願います。こちらは座標杭の着弾を確認次第、攻撃態勢に入り、5分後に座標杭目掛けて空爆しますので早急な離脱を願います。周囲の人間は夕立ち警報により遠方へ避難しているものの、夕立ちの進行速度から逆算して今から1時間後には避難場所へ到達が予測されます。なので、今から一時間以内に霧を晴らし、座標杭をパイルバンカーで心臓部位に射出願います。」
準備を済ませ、コックピットへハンドサインを行うと「了解。ハッチ開きます。気圧差による風圧にご注意下さい。」と聞こえ、一呼吸後にガコンッという音と共にゆっくりとハッチが開いて行った。開くハッチ越しの風圧を受け止めながら夕暮れの景色が視界に広がっていく。
(綺麗だなぁ…。)
高所からの夕暮れを眺める景色が余りにも美しく心を奪われてしまう。地平線かなたを埋め尽くす赤色が全てを照らし、うっすら見える星も燃え尽きるように落ちていく太陽もグラデーションの掛かっている雲もそれぞれ溶け込みながらお互いの邪魔をせず視界に優しく広がっている。ゆっくりとハッチの縁まで歩き、下を覗き込む。其処には大きな雲が悠々と広がっていた。この目の前に広がる素敵な景色を今の人々は夕立ちのせいで怯えている。その夕立ちのせいで人々が疑い、傷つけ合い、一部を迫害している。
(この綺麗な景色を誰もが安心して静観出来る世界があるといいなぁ…。)
何故か眼が潤んできた。悲観する事なんてない。そんな世界はこの夕立ちを払えばいいんだ。今やれることを行えばいい。今に集中しろ。横にいるスタッフがGOサインを出している。それに頷きもう一度だけ、綺麗な夕暮れ時を目に焼き付け空へ落ちて行った。
身体を大の字にしながら、空気抵抗を体で感じ、空を切る轟音をメット越しに聴きながら落ちていく。
(霧突入まで3、2、1…、今だ。)
霧に突入する直前でパラシュートの紐を思いっきり引く。背中越しから展開する感覚が伝わった直後、ガクン!と体が空に引っ張られる。その後ゆっくりと落ちながら霧の中を潜っていく。
霧が薄まったかと思うとそこには清々しい程のお青空が広がっており、地面は緑いっぱいの草木が生い茂っていた。
着地場所を見極めながらパラシュートの紐を動かし、姿勢制御を行っていき着地した。ゆっくりとパラシュートを取り外していく。絵にかいたような草原で小さな花々が色とりどりに咲いている。辺りには蝶が飛んでおり、蜜を吸っていた。
(懐かしいな…。この感じ。)
吸血鬼の霧は当人が望んだ景色を映し出す。其処に心を許した人間が自ら血を捧げてしまう。一般人は混乱からの安堵で血を吸われてしまう事が多い。だからこれは幻覚なのだと理解しなければならない。ただ、一つ本当な事はこの景色は吸血鬼の心象風景だという事だ。つまりこの景色は夕立ちの心の中。そして、霧を晴らすにはその吸血鬼が何を思い、この景色を見ているかという本質を突き止める事。
気が付いたら目の前に何かが飛んできた。
(…紙飛行機?)
それは私の体にぶつかりふんわりと落ちた。
「あぁ、ごめんなさい!」
声の方を振り向くと金髪の少年が掛けてくる。この子が吸血鬼なのか…。何でこんな子が夕立ち何かに…。
足元に落ちた紙飛行機を拾い少年へ手渡そうとすると私を見て目を輝かせた。
「もしかして宇宙飛行士さん!?」と叫びながら凄い!凄い!と飛び跳ねている。
「あぁ、違うんだ。宇宙飛行士じゃない。私は雲よりちょっと高いところからパラシュートで降りてきただけだよ。」ヘルメットを外しながら返事をすると、「女性パイロットだ!格好いい!」と更に喜んでいた。
其処から矢継ぎ早に質問攻めにあう。どこから来たのか。空から落ちてきた感触は、など空に関する質問ばかりだ。
私はその場でかがみ、目線を合わせ問う。
「君はもしかして宇宙飛行士になりたいの?」
「そう!綺麗な星を間近で見たいんだ!」
(宇宙飛行士か。だから空について聞いたり、紙飛行機を持っていたりしたのか。)
その場に座り込み、霧を晴らすために少年と話し出す。
「宇宙が好きなの?」
「う~んとね。最初は空が好きだったんだけど、実際飛んでみたらそこから見えた星が綺麗でね。次は宇宙だ!って思ったの!だから沢山食べて大きくなって宇宙飛行士になりたいんだ~。」
そう言いながら紙飛行機を振り回しながら語りだしていた。傍から見れば少年が夢を語っている微笑ましい光景だ。しかし、これは吸血鬼の発言。人々の血液を糧に夢を叶えようとしている。普通の人間は綺麗な風景の中、純粋な少年が夢を語っていればつい応援したくなってしまう。だが、それを思った瞬間、血が吸われる。当の本人は悪意は無い。只々、皆が応援してくれてその糧で夢を叶えようとするだけなのだから。ここからが本当に嫌だ。夢の根源を探る作業はその人の背景を知ることになる。場合によっては…。
「そうか。最初は空って言ってたけど、何で飛びたいと思ったの?」
「えっ?う~んと…。」
今まで聞かれた事が無かったのだろうか。少年は困った顔をしていた。
「そうだなぁ…。例えば飛行機が好きとか。」
「飛行機じゃなくて鳥!テレビで飛んでる鳥さんが楽しそうだったんだ!だから飛びたかったの!」
「鳥が楽しそう…か。どんな所が楽しそうに感じた?」
「えっと…。何か広い空を自由に飛んでるところ…?」
たどたどしく自分の気持ちを汲み取りながら答えている。
(自由に飛んでいるのが楽しいからそうなりたかった。これって裏を返せば飛ぶ前は自由じゃなかったって事だよな。)嫌な予感がする。大きく深呼吸して問いかける。
「今から嫌な気分になるかもしれないけど教えてくれる?君は昔、何処にいた?」
「何処って…。確か、白い部屋のな…か…?」
「そこは君のお家?」
「多分…。」
「君以外に誰かいた?」
「白い服をきた大人が何人かいた。」
「それは誰だかわかる?」
「分かんない。」
「その大人は君に何かした?」
「たしか……ご飯をくれたり………注射を打ったり………。」
そう言うと右腕を抱えながら目の前をじっと見つめている。
「そこに居た君はどんな気分だった?」
「………とても嫌だった。痛かった。苦しかった。怖かった。」
少年は膝を抱え、泣きながら気持ちを吐き出していく。
「だから空を飛んでいる鳥が楽しそうだと?」
無言で頷く。
「それから何かした?」
「…何も。急に大人がね、騒ぎだしてたのは…覚えて…る。そこで、気が付いたら海の中に…居た。暗くてさ、冷たくてさ、息苦しくてさ、周りに何かが泳いでいて怖くてさ!辛くてさ!誰も居なくて助けてって何度も思ったら…ここに居た……。」
「辛いのに答えてくれてありがとう。ごめんね。辛い事を思い出させちゃって。」
背中をさすりながらお礼を言うと子供は矢継ぎ早に語りだす。
「だから此処から逃げ出したかった。だから空を飛びたかった。空を飛ぶのは気持ちよかった。皆、応援してくれるしさ。これが僕なんだって思ったんだ。」
現実が少し判明したからか、周りの景色がうっすらと歪んできた。青一色の空が所々夕焼けの赤色が差し込んでいる。
この子は隔離された世界から飛び出したくて吸血鬼になり果てたのか。だから空に固執した形に変化したのだろう。でも教えないといけない。今の姿がどんなのかを…。受け止めて貰わないといけない。
「素敵な夢何だけど、今、その夢は追いかけちゃいけないんだ。」と答えると少年は此方をじっと見つめて来る。その瞳が心に刺さる。
「君は今多くの命を奪っている。それも数人じゃなく数百人もの命をね。そしてこれが今の君だよ。」
そう言いながらポケットから夕立ちを取り扱った新聞の切り抜きを見せた。其処には外形だけだが化け物の形をした写真が写り込んでいる。
「いや、ちがう、これじゃない」と首を振り頭を抱え込みながらその場に伏せていく。
「君の見えている景色はこの青空かもしれない。でもよく思い出して。本当の君は何を見てた?夕暮れの中、町の上を飛んでいなかった?この姿で。」
「違う違う違う違う違う!!!!僕じゃない僕じゃない僕じゃない!!!!」と私の声をかき消そうとするが、心象風景の景色が少しずつ晴れていき、先ほどまで青々しかった空が次第に赤みがかった夕焼け空へと変わっていく。その場でふさぎこんでいた少年も次第に消え去り、足元には鮫肌の様な皮膚が一面に広がっていた。
(霧が晴れた…。)
少年が座り込んでいた場所が微かに脈動している。あそこが心臓部だろう。腰に下げていたパイルバンカーを取り出し、座標杭を装填して心臓部に目掛けてトリガーを引いた。バシュッと杭が勢いよく射出され、固い表皮に食い込んだ。それに合わせてインカム越しから連絡が入る。
「座標杭の情報取得を確認しました。今から5分後に指定座標目掛けて集中爆撃を行いますのですぐに離れて下さい。」
それを聞き、落ちていたヘルメットを被り夕立ちの縁を目指し走り、飛び降りた。
2つ目のパラシュートを展開し、落ちながら見えた夕立ちは表皮が赤色のグラデーションが掛かているように広がっており、海水を降らしながら飛んでいる。
「爆撃開始!」との指示と共に夕立ちの背中が大きく爆ぜた。その爆風でパラシュートが大きく揺れ、遠くへと夕立ちから離れていく。遠くから見えた夕立ちは燃える背中を背負いつつ、ゆっくりと地面へ落ちていく。まるで夕焼け空が落ちているようだった。
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夕立ちは見事討伐された。ニュースでは夕立ちが落ちていくシーンが幾度となく流れ、それに合わせて人々の歓声が伺える。人々が安心できる世界になった。一番気にかけていた夕立ちの正体についてだが、クロスロード社との約束もあってか、夕立ちが吸血鬼では無く、新しい巨大生物との発表を行い、民衆は吸血症との関連性を大きく取り上げなかった。これでまたひと段落したと安心した。
だが、一部の人間は納得していなかった。夕立ちの正体が露になった事に拍車をかけ、デモ活動が過激化し、暴徒と化してしまった。そして吸血症患者の隔離病棟に火炎瓶を投げつける事件へと発展した。しかも薬品が多く貯蔵されている場所へ引火し、火災は想像以上に燃えだした。賢明な救助活動も虚しく多くの患者と医師が死亡した。デモ隊は警備隊に抑え込まれ鎮圧し、これを機に活動が収まったがあの屈託の無い笑顔を向けてくれた彼女は帰ってこない。約束を果たせそうだったのに叶わなかった。
私は自室から夕焼けを眺めながら思い詰める。
私は何のために純粋な少年であった夕立ちを殺した?彼女たちが安心できる世界をあげたかったのだが…。でも世間は何かにつけて非難する人の愚行で虐げられる。吸血症だからってなんでこんな目に合わなきゃならないんだ?いっその事夕立ちが全ての人を食べてくれれば幸せだったのだろうか。私は何のために戦って行動していたのか。この行動に意味はあったのか。
そうこう考えているうちにある一言が浮かんだ。
(こんな世界滅べばいいのに)
そう思った瞬間、体から霧がうっすらと出始めた。
私は慌てて自分の腕を噛み、血を吸う。口いっぱいに生ごみを押し付けられたかのような嫌悪感を感じながら何とか飲み込む。霧は収まったが、不快感からその場で何度も吐き出し、涙目で荒い呼吸のまま突っ伏した。
吸血症にとって自分の血は一番美味しくない。私を窮地から救ってくれた名医は「吸血症を治すのに手っ取り早いのは自分の血を飲めるようになる事」だと教えてくれたが、こんなの無理だ。それにその秘訣も教えてくれない。私自身が殺してしまったから。
そんな過去への後悔と現状の息苦しさを抱えながら目を閉じた。
眼を閉じた先にはハッチ越しから見えた綺麗な夕焼け空が広がっていた。
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