【巴】生命咲き
深山幽谷の更に奥へ進み漸くたどり着く廃寺。
葉が囁く音一つしない静寂な場所で一人の琵琶法師と一人の浪人が居た。
幾時前にこの国に突如現れた異形。人々を喰らい貪る地獄の住人。それが現れてから国から安心との言葉は消え失せた。
その元凶である異形を倒すべく俺はここまで来た。
目の前の男こそ異形退治の心得を知っているからと。
だが、思っていたことと真逆の事を語りだす。
「巴よ。『生命咲き』とは生きる気力を失った虚人に欲望と感情を注ぎ込んだ時に心身共に生まれ変わる理じゃ。この理は万物にとって掛替えのない成長なるもの故、下手に他者が手を加えてはならんぞ。」
目の前に座っている法師は見えない目をこちらに向けて話す。
「加えちゃならんって言ってる事が違ぇじゃねぇか禿坊主!俺は奴らを倒したいって言ってんだ!」
辛い旅路の結果が手を出すなと言われ、頭に来た。
しかし、自分の荒々しい声が周囲に木霊し自分の耳に入る。
まるで音の鏡で自分を鑑みている様な妙な気分になっていき胸騒ぎを起こす。
「これだから年端も行かん生娘は困るのぉ。感情的すぎて最後まで聞く事すらままならんのか。それでは異形に抗う以前の問題じゃなぁ。芸者の様に奥ゆかしく美しくれ。」
飽きれながら法師は呟く。
ぶん殴りたいが、ここで殴ったらこの先どうすれば良いか分からなくなってしまう。
怒りを抑え、話を促した。
「!!!……………チッ、わかったよ。話は最後まで聞いてやる。正し!身にならねぇ話だったら全身の皮を剥いで本物の禿坊主にしてやるからな。」
「はっはっはっはっは。よろしい。その心の均衡を保つ事も『狂い咲き』に抗える力になろうて。」
似たような言葉に疑問が生まれる。
「ちょっと待て。狂い咲きって何だ?あの異形は生命咲きってヤツじゃねぇのか?」
え~っと、ちょっと待っておれと言いながら戸棚から二つの桜の枝木を取り出し目の前に置く。
一つは赤く、もう一つは青い。
「桜…?」
「そうじゃ。生命咲きには良し悪しがある。この赤い桜が正しき生まれ変わりの『返り咲き』、そして青い桜が悪しき生まれ変わりの『狂い咲き』。異形には何処かしらこの青い桜が咲き散るじゃろう。」
確かに、思い返してみれば異形に刺さった刀から青い花びらが舞っていたのを思い出した。
刀が幹となった青い歪な桜。
「お前さんが知っておる異形は虚人の狂い咲きからなる『狂い桜』じゃな。先も言ったが生命咲きは虚人に欲望と感情を注ぎ込む事により完成する。そのどれかに綻びが生じれば自ずと枯れるじゃろうて。つまり『虚人を斬る』『欲望を断つ』『感情を殺す』どれかを成せば事は済む。」
説法みたくなってきたが分かりかけてきた。
「手っ取り早そうなのは虚人って根源を斬りゃいいのか、他は坊さんのやる仕事だし俺には無理だな。」
「それがのぉ巴。虚人は器となる故、斬れば咲き堕ちるが二度と咲かなくなる。つまり本当に死ぬのじゃ。狂い桜のみを断つには欲望を断ち、感情を殺さねばならん。」
欲望をって…。困惑しているのを悟られたのか法師が腰に差している刀を指さし語る。
「お前さんの刀は正しく欲を断つ刀じゃろ?そのまま斬れば宜しいて。それでこそ親父さんも報われる事じゃろう。」
刀を眺める。親父が最後まで異形と抗い、そして自身が異形(刀)となり果てた姿。物を語らない刀だが強い意志が感じられる。
「あの玄奘とか言う天下人は刀狩りと称して国中の刀を集め、その刀がすでにため込んでいた負の感情と欲望を虚人に刺し、人々を狂い咲かしている。それが異形の始まりじゃな。」
蔵田玄奘…。平和の為と刀狩りを施行したのはこの為か…。
「生命咲きは欲や感情の均衡を保つのが正しい姿ぞ。欲張り過ぎても、感情的過ぎても器が壊れるのみ。かと言って欲も無く、感情を殺すのも駄目じゃ。器のみの亡骸になってしまうからなぁ。程良い欲と心地よい感情こそが人生を桜花させる人の生き方ぞ。さて………これから苦難困難が待ち受けておるだろうし、最後は般若心経に倣い、導きの言葉を授けよう。え~っ、『楼羽・堂叉・喪端、全を断つ者なれば不動咲きとなり彼岸花へと咲き乱れん。』巴よ。自分を見失わずにな。」
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