神は、警備の現場で書体を創造し、今日も気さくで、サービス精神に溢れ、飄々としていた。(佐藤修悦さん)
個人的な話で恐縮ですが、書体というものが大好きでして。
でもセンスと根性がないので、自分で書体を作ることは、これからもきっとできない。だから、書体を創造してしまうような人々は、わたくしにとって憧れの存在、そう、「神」であります。
あ、ちなみに書体という言葉と同意に思いがちな「フォント」とは、もともと「ある書体を印刷するための活字」のことだそうなので、今回の記事は「書体」で通します。(最近はパソコンの影響でフォントという言葉の方がイメージ先行してますけどね。)
ガムテープ文字「修悦体」の佐藤修悦さん
ということで、今回の神は、佐藤修悦さん。
知る人ぞ知る布テープ書体、「修悦体」の作者です。
新宿駅や下北沢駅で印象的な案内表示を目にしている方も多いはずです。
あ、布テープというのも、一般的に「ガムテープ」と言ってしまいがちですが、これも実は正確には違ってまして、ガムテープというのはエジソンが発明したクラフトのうらに糊がついているもので、切手のように水をつけながら使うもの。日本で一般的にガムテープというのは、クラフト粘着テープというものです。
修悦さんが使っているのは、クラフト紙ではなくカラフルな布のもの。これは布粘着テープというのが正式名称になりますが、修悦さんご自身も「ガムテープおじさん」と名乗ったりしてますので、ご本人はまったく気にされていないようですが、わたくしは文具業界におります立場上、ここでは一応、布テープと書きます。
さて、佐藤修悦さんの普段のお仕事は、鉄道駅構内の警備員さん。(三和警備保障所属)
その業務中に、視認性がよく、わかりやすい案内表示の必要性から、布テープを使った手作り看板を披露していたところ評判となり、その書体はいつしか修悦体と呼ばれ、ついには解説書まで出版(現在は絶版)することになったという方です。
先に書きましたように、わたくし個人的に書体は大好物の分野だものですから、昨年開催された東急ハンズさんの文具イベント「文具祭り」で実演のパフォーマンスをされると知ったときには、「神降臨」と思ったものでした。
佐藤修悦さんのライブパフォーマンス
当日は、ついにその実演を見ることができただけでなく、ご挨拶もさせていただくことができ、至福の時間を過ごしたわけですが、そのお人柄がもう!
会場に着いた神は、なぜかモコモコしています。
そう、警備のユニフォームの上に普通の服を着ていたのです。これを脱ぎまして、パフォーマンスの準備が整いました。
さて、まずはイベントタイトル的な文字から取り掛かります。いつものように縦横に布テープを張り巡らします。(今回は斜めの部分もありますね)
次に不要な部分をカットカット!ひたすらカットです。
さて、どんな文字が出来上がるのでしょうか?
角の絶妙なアールは、カッターナイフでフリーハンド。
最後に、カラーの装飾部品などを付け加えて、完成です!
横の線の本数が、言葉全体のバランスを見て決まるので、その都度少しずつ変化するのが修悦体の醍醐味。お題ありき、ライブありきの、「生きている書体」なのです。
ライブは時折りご本人の解説トークを交え、楽しく進行していきます。このトークも飾らないお人柄のにじみ出る、心地よいもの。
さてその後も文具にまつわるお題をどんどんこなす修悦さん。これはどんな文字になるのでしょうか。
こ、高級筆記具て!
そして数時間にわたるライブパフォーマンスを終え、任務完了の敬礼!
夜勤明けだった神は「あー、眠い。」とニコニコしながら帰っていかれました。
ご本人いわく、ライブパフォーマンスの楽しみは、最初は何をやっているんだろうという感じでシーンとして見ているお客さんの、テープをはがすたびに反応が大きくなっていくところだそうで。
「そのザワザワを背中で感じるのが、やってて一番たまんない。」のだそうです。ちょっとわかりますその感覚。
修悦さんの神対応
実は、修悦さんの作品はこれだけでなく、会場のあちこちに看板が!
いつも仕事が終わってから、会場で必要になるであろう看板を、作っておいてくださったそうです。
サービス精神がすごい、、、まさに神対応。
この実演の際に、布テープのサポーターであるマクセル・スリオンテック事業部の田村さんとも面識ができ、2012年から定期的に主催しているわたくし主催の方の文具祭りにもマクセルさんはご登壇いただくようになりました。
佐藤修悦さんの修悦体ワークショップ!
数か月後、文具系ワークショップの先生にたくさん集まっていただいて開催したWORKSHOP HOLIDAYというイベントに、ダメもとで講師としてお招きしたら、なんとご参加くださるとのこと。
当日は、遠方からも信者?ファン?が集まり、修悦体の体験ワークショップをしていただき、20名以上の方が「夢」という文字を作りました。
わたくしも主催者ながら最終回に参加させていただきましたが、これがまた実に楽しかった。
修悦体は、文字数から全体像を把握して、横何段の構成にするかを計算したうえで布テープを縦横に敷き詰め、不要な部分をはがすことで完成します。
これだけ聞くと、設計図さえできていれば、簡単なように思えますが、そんな単純ではありませんで。
微妙な線間の距離、割り当てのバランスによって、全然違う仕上がりになります。例えばこれがわたくしの「夢」の原型です。
わたくしも頭ではわかっているのですが、頭の中と実際に手を動かすのでは、大違いでして、やはりワークショップの醍醐味はこれだなと再認識した次第です。
そして最終的にできたのがこちら。縦と横のテープの色をたくさん使うと、上になっているものをはがすことによって下の色が出て来て、ちょっとおもしろい効果になるんですね。これは奥が深い!
そんな修悦さん、どこまでも気さくな方で。これだけクリエイティブなことを成し遂げておられるのに、素朴で飄々とされています。
修悦体の楽しさはもちろんですが、お会いするとその人柄にもダブルでガツンとやられてしまうんですよね。自分もこうありたいと思う方(勝手に師匠と思っている)のひとりです。
東急ハンズさんの文具祭りイベント、また来年の2月に企画中です。今度は、パフォーマンスでなくワークショップをやっていただけたら、修悦ファンがもっと増えるんじゃないかと思いを馳せております。