さよならの向こう側で9

「今すぐに投降しなさい!」
胡座をかいたままラップトップPCのキーボードをブラインドタッチで叩く
Z80が、拡声器から響く声の方を見ようともせずに言い放つ。
「投降しなくてもいいぜ!もうバリアは張ってある。
まあ、しようとも思わ無えだろうがよ。」
自衛隊のヘリには、アメリカ軍の士官も搭乗しており、
その男が指示を出す。
「構わない。撃ち殺せ。そいつらは白人の敵だ。」
「ヒュー!カッコイイねえ。世界の支配者様は御健在だぜえ!」
Z80は茶化した様に言う。
「じゃ、そんな支配者様に楽しい御土産を御献上しねえとな!」
Z80がエンターキーを押すと、空から無数の写真が降って来る。
エネマがその内の一枚を拾い上げる。
「ほーお。いい御趣味だこと。」
そこに写って居たのは、まだ8、9歳程の日本人の少女と無理矢理セックスして居る、
すぐそこのヘリに乗っているアメリカ白人の士官であった。
自衛官の一人も別の写真を掴んで、それを訝しげに見つめる。
「なっ、何が悪いか!我々は貴様等黄色人種の飼い主なんだぞ!
奴隷民族如きがセックスして貰えるんだから、有り難く思え!」
しかし、写真を見つめて居た自衛官が白人士官に言い放った。
「自分は貴方を軽蔑する。」
「貴様ああああああ!飼い主を軽蔑すると言うのかああああああ!」
白人が怒りに任せて自衛官に殴り掛かり、そこで取っ組み合いが始まった。
内部での事態悪化に、ヘリは去って行く。一旦、近場の基地へ戻るのだろう。
「反吐が出るわね。こんな連中が「子供の尻を叩くな」だって。
白人が何でも世界基準なのよね、結局。」
エネマは不愉快そうに言うと、再び緑茶を静かに啜る。

周りがにわかに騒がしく成って来る。
米軍がヘリだの戦闘機だの戦車だの、諸々の通常兵器を差し向けて来たのである。
「そろそろフィナーレの準備をしないとね。」
タナトスがくれたクッションの上に座って居たフェッシーが立ち上がり、
ビルの角の端に向けて歩き出す。
一番端に来た時、フェッシーは両手の平をくっ付けて突き出して、気合を入れて叫ぶ。
「ほらよッ!」
すると、何も無い空間から、頭頂高160mはある
巨大な人型の金属製の何かが現れた。
ゴーレムである。
額には「真理」と書かれており、それはすぐに街を破壊し始めた。
すぐにフェッシーは別のゴーレムを召喚する。
合計八体のゴーレムを召喚し、最初の一体以外は別の街へ向かって飛んで行った。

フェッシーは召喚が終わると、フラフラした足取りで他のみんなの所へ戻る。
「御疲れ様、フェッシーちゃん。」
エネマが労いの言葉を掛けた直後、
フェッシーは両手をコンクリートの地面の上について
大量の血反吐を吐き出した。
血溜まりの上で、更に後からこみ上げた血がベチャベチャと跳ね返る。
「あはは・・・ちょっと力を使い過ぎちゃったみたい。」
口の端から血を滴らせながら、力無くフェッシーは笑う。
エネマは口の周りの血を吹いてやると、
タナトスのクッションを枕代わりに頭の下に敷いてやり、
そのままフェッシーをコンクリートの上に寝かせた。
「よく頑張ったわね。後は私達でやるから、暫くそこで横に成っていなさい。」
「うん。」
エネマは頭を撫でてやり、フェッシーはそして頷いた。

何処までも青い空間が広がっている。
今日は空がとても高く感じる。
こうして空だけを見て居ると、
まるで世界がひっくり返ったみたいな感覚に成る。
自分で叩いた尻が未だに痛いが、動かさなければ
我慢出来無い程では無く成っていた。
周囲で起こっている喧騒が嘘の様に静かだ。
世界が止まった様に感じる。
あの日も、こんな空が高い日だった。


姉がずっと欲しかった、って言ったら、
「御姉ちゃんに成ってあげようか?」
「え?」
って、思わず聞き返した。
「あなたの姉に成ってあげようか、って言ったの。
何度も言わせないでよ、恥ずかしい。」
でも、何だか嬉しそうだった。
その後、「ずっと誰かにおしりを叩いて欲しかった」って言ったら、
「いいわよ。うふふ、おしりぺんぺんして欲しいなんて、
ちょっと甘えん坊さんなのね。
でも私の教育は厳しいわよ?おしりビシビシ叩くから覚悟しておきなさい。」
「はい!御姉ちゃん!」
って言って抱き着いたら、少しくすぐったそうに
御姉ちゃんは頭を撫でてくれたんだ。

それから毎日ミスをする度に、御姉ちゃんに
「おしり突き出しなさい!」
って言われて、パンツ下ろすと本気でおしりをぶたれたっけ。
ベッドの中に入る頃には、おしりがヒリヒリズキズキしてて・・・
でも毎日が楽しかったなあ。
やっと信頼出来る本当の家族が出来たんだって、
心の底から嬉しかった。


フェッシーは昔の事を思い出して居た。


私は子供の頃、気が付くと児童養護施設に居た。
それから暫くして、里親に引き取られた。
学校では毎日いじめられた。
ゴミの臭いがするから、「ゴミ女(め)」って呼ばれた。
里親が御風呂に入れてくれなかったからだ。
妻は毎日別の男の所へ出掛けて行き、夫は・・・
私は学校から帰ると、いつもあの男の手が伸びて来て・・・
私はいつも下半身をオモチャにされていた。
でも、誰も助けてくれなかった。
テレビでは相変わらず、ニヤついたあの男が
「子供は叩いちゃダメよー」
なんて、白々しい言葉を吐いていた。

私は親の愛情が欲しくて、
そんなどうしようも無い男にだって縋りたい気持ちで、
わざわざ悪戯をした。
でも、あの男は絶対に私を叩かなかった。
いつかのあの日、アニメで見た
父親の膝の上でおしりを叩かれる子供みたいに、
おしりを何発も何十発も厳しく叩いて欲しかった。
「愛される」ってどんな感覚なのか、知りたかった。
でも、あの男はこう言った。
「おいおい、俺は虐待は嫌いなんだよ。
あの大学教授の教育評論家の先生も言ってただろ?
「子供のおしりを叩くのは虐待よー」ってな。
だから、俺は虐待はしない。安心しろ。
俺はお前を愛してるんだから。」
そう言って、また私の下半身に手を突っ込んで来た。
私は悔しかった。

里親が居ない時を見計らって、
自分のおしりを物差しで叩いたりしたけれど、
自分で叩いても空しいだけで、
心は満たされないままだった。

それから少しして、私はあの同級生の女に殺された。
ニヤニヤと嬉しそうに嗤ったあの顔は、
今でも忘れられない。
でも、もうどうでも良かった。
生きている事に、何も希望を見い出せなかった。

・・・それから御姉ちゃんと出会い、
そして、現在に至る。

いつの間にか眠って居たのだろうか。
フェッシーが体を起こすと、空はもう既に夕暮れ時であった。
ゴーレムによる破壊は既に完了しているらしく、
向こうの夕陽輝く空の彼方から、
天駆ける馬に乗った騎兵団がやって来るのが見えた。
先頭を走る髑髏(しゃれこうべ)顔の男が、
目の前を通り過ぎる時こちらを向いて敬礼したので、
フェッシーもやや力無く敬礼を返した。

「もう大丈夫なの!?」
エネマが戻って来て、心配そうに声を掛ける。
「うん・・・何とか。」
「そう。ならいいんだけど。」
エネマはフェッシーの頭を少し撫でると、
他のメンバーと慌ただしく撤収の準備を始める。
「もう仕上げだから、休憩してて?」
「分かった。」
フェッシーは頷いた。

ふと。屋上の扉が開く。
中から一人の若い女性が現れて、こう叫んだ。
「あなた達があれやったんでしょ!?
私、あなた達の仲間に加わりたいの!
御願い仲間に入れて!私、エホバの証人の二世よ!」
フェッシーは、ある事に気付いた。
だが、こう返事をした。
「いいよ。仲間に入って。大変だったでしょ。」
「フェッシーちゃん?何を言ってるの?」
タナトスがエネマの肩に手を置く。
「だって可哀想だよ。エホバの証人の二世の子は、
おしりをムチで叩かれて酷い目に遭ったんだもんね?」
「う、うん。本当に辛かったんだ。」
女性は頷く。
「フェッシー!いい加減にしないと怒るよ!?」
「ババアは黙ってろよ。いつも偉そうに命令して!」
「このクソガキ!勝手に決めてんじゃねー!」
「あんなクソババアなんか気にしなくていいよ。
私達はもう仲間だから。」
フェッシーの言葉にタナトスも頷く。
「仕方あるまい。今はもうそういう事にしておく他無い。
フェッシーには後で、君が罰を与えればいい。」
「そうね。帰ったらお仕置きとして、
おしりぺんぺん百回なんだからね!ふんっ!」
そう言って、他のメンバーは皆、再び撤収準備の続きを始めた。

「大変だったね、ここに来るまでも危ない所だらけだったでしょう?」
「うん。でも頑張ってここまで来たんだ。ありがとう、受け入れてくれて。」
女性は手摺りに掴まって、赤く染まる夕陽を眺める。
「見て、夕陽がとっても綺麗。」
フェッシーはそんな女性の両肩に手を置く。
「私を突き落としたあの日も、こんな色の空だったねえ。
ねえ、柊琴美。」
琴美が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには
満面の笑みで立って居るフェッシーが居た。
しかしおかしい。確かこの女の子は、自分より遥かに背丈が低い筈・・・
そう思って琴美が足元を見ると、フェッシーは宙に浮いた状態で
物凄い力で両肩を掴んで居た。
「何処かへ逃げるつもり?まさか、またあの時みたいに、
私を突き落として逃げたりしないよね?」
顔が自然と引き攣る。
「わ、私はエホバの証人の二世よ。どう?可哀想でしょ?
だから仕方無かったの!ムチで叩かれて」
「嘘ばっかり。お前別に叩かれてなんか無いじゃん。
他の叩かれてる子の真っ赤なおしり見て「いい気味ー!」とかほざいて
嗤ってやがったのは何なんだよ?」
「だ、だって、ムチなんて私には関係無いし。
男の子がぶたれてるのとか面白いんだよ?
タマキン震えさせてベソかいててさあ~。」
「お前ってつくづく根性捻じくれてんね。」
「大体アンタが悪いのよ!ゴミ女の癖に、口答えなんかしてさ!」
「もういいよ。」
琴美の口の中を赤黒い刃が一閃した。
「お前の口から謝罪の言葉を聞こうとした、私が馬鹿だった。」
そのまま腹部から心臓目掛けて、背中から刃を一気に動かして
琴美の体を引き裂いた。
「さようなら、私の過去。」


「はい、御疲れ様。全部終わったみたいね。」
エネマがタイミングを見計らって現れた。
「御姉ちゃん、名演技だったよ。」
「まあ大根役者にしては頑張った方でしょ。」
「うん。ありがと。」
フェッシーは嬉しそうに言う。
「ねえ、御姉ちゃん。」
「ん?なあに?」
「帰ったら、その・・・久し振りに
おしりぺんぺんして欲しいなあ、なんて・・・。」
「あらあら。何か悪い事したっけ?」
「いやしてないつもりだけど・・・。」
「じゃあぺんぺんしなくてもいいわね。
今日はいっぱい頑張ったものね。」
「だっ、だったら、御褒美におしりぺんぺんして。ね?」
「困った甘えん坊さんね。分かったわ。
聞き分けの悪い妹のおしりをたっくさん
ぺんぺんぺんって叩いてあげようね。」
「うん!」
「こら、返事は「はい」でしょ。それにまだ作戦中なのに
「御姉ちゃん」って呼んだわね。作戦中は気を抜くなって、
あれ程おしりを叩いて教えた筈なのに困った子ね。
それにさっきは「クソババア」って言ったわね。
それら全部の悪い子の分を足すと・・・
一週間はおしり真っ赤に成るまで
おしりを叩いてあげなくちゃいけないわね。」
「うへえ~・・・そんなに叩かれるの?」
「自分で御願いしたんだから逃げないで耐えるのよ?
おしりを逃げる事は御姉ちゃん許しませんからね。」
「はい!御姉ちゃん!」
フェッシーはエネマに抱き着くと、
また暫くおしりを愛して貰えるのだと嬉しく成った。
これが家族ごっこでも構わない。
フェッシーにとっては、本物の家族なのだから。


空の彼方に、真っ黒い星が光って居る。
もうすぐおうじが目覚めるのだと、
全ての人間が眠った大地の上で、
裏切りの月の最初の夜が訪れた。




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