さよならの向こう側で3

「とても不愉快な人生だった。
そう最期に彼は思ったのだ。」
ビルディングの上で、タナトスはそう呟いた。


「今すぐ障害者は動きを止めなさい。
止めないと殺します。」
街宣車に乗って、数人の女が拡声器で命令を発する。
道を歩いていた女子小学生が、それを見て急に泣き出す、
振りをする。
一人の小学生の女の子の周りに、
街宣車から複数の女達がにこやかな顔で周りを取り囲み、
こんな会話を始めた。
「どうしたの?」
「あのね、障害者が生きて居て気持ち悪いの。
早く障害者を殺したい。」
「じゃあ、これで気持ち悪い障害者を殺そうね。」
「障害者を殺すのはヒトラーさんも認めている事だからね。」
そう言って女達は懐から取り出した、
長さ15センチはあろうかと言う刃のナイフを
女子小学生に手渡した。
「ありがとう、おばちゃん達!」
女子小学生は嬉しそうに御礼を言うと、
目の前に居た障害者男性に向かって、
ナイフを両手で構えて突進する。
男性は既の所で回避した。
それを見て、ナイフを手渡した女達は激昂する。
「おい!ガイジ野郎!お前今虐待したんだぞ、虐待!」
「障害者を殺したいという、子供の純真な気持ちを踏み躙った!
こんなのは虐待だ!許せない!」
この女達は、
NPO法人『子どもをすこやかに育てる会』
のメンバーである。
以前は「子供を叩かない子育て」を
「とても良い方法」の様に吹聴していた団体であり、
その本来の目的は「子供をヒトラーに育てる事」
であった。
しかし、
『植松聖法(うえまつさとしほう)』
が可決された事もあり、
団体名を
『子どものおしりを叩かない教育の会』
に改め、実力行使で教育法を広めようと考えた訳である。
もっともっと沢山のヒトラーを作り出さねば成らない。
その為には、
「子供の尻を叩かない教育」が
絶対に必要だったのである。
女達は障害者男性を集団で取り押さえる。
地面に押さえ付けられ、障害者男性は叫ぶ。
「助けてくれ!俺が何をしたって言うんだ!」

「ヒトラーに逆らってはいけない。」
「ヒトラーに逆らってはいけない。」
「ヒトラーに逆らってはいけない。」
「尻を叩かれていない子供は皆ヒトラーに成る。
だから」
「ヒトラーに逆らってはいけない。」

女子小学生のナイフが胸に突き刺さり、
赤い鮮血が飛び散った。

「ハイル・ヒトラー!」
「ハイル・セーブ・ザ・チルドレン!」
「ハイル・フェミニズム!」
「子供の尻を叩かない教育の勝利だ!
ざまあみろ障害者!」
「アハハハハハハ!」

子供の尻を叩かない教育の象徴、
ハーケンクロイツの旗を障害者男性の死体の上に立てて、
勝利の歓声を上げる。
いつの時代も、差別をする側は「正義」を名乗っている。
戦時に成ると、途端に本性を現すのだ。

「これからも「尻を叩かない教育」が世界の支配者だ!」
「我々権力者に逆らう障害者共に、
誰が飼い主か教えてやるのだ!」
「全ての障害者を惨たらしく殺してやるぞ!
尻を叩かれていない子供はヒトラーなのだ!
大喜びで障害者を虐殺してくれる!」

女達は醜く顔を歪ませて、愉しそうに嗤って居た。


世界中で尻を叩かれていない子供達によって、
「障害者を合法的に殺したい!」
という運動、
「子供は差別が大好き♪プロジェクト」
が拡散していた。
その背景にはセーブ・ザ・チルドレンという、
ナチスの意志を継いだ白人系の圧力団体が居たが、
テレビが報道しない為、
ただの陰謀論で済まされていた。

「世界の子供達が今、障害者を殺す為に頑張っています。
おしりを叩かれなかった子供達、
ガイジは全部殺さなきゃ駄目よ~。」
教育評論家の男が、嬉しそうにテレビCMを流していた。


人間は、
結局何も学ばなかった。

子供の尻を叩く、
という差別を無くす教育を完全に否定し、
人類は
その始まりの時と、
何も変わらなかった。


「人類は今、4つ目の罪を犯した。」
タナトスの言葉が地を這い空を飛び星を駆け巡った。


「また耳鳴りだよ。何なのこれ?」
「私も聞こえた、変な声。」
街中では、何事も無かったかの様に、
人は同じ事を繰り返して居た。

ずっとこのまま、世界は続いて行くんだ。
子供は尻を叩かれず、
障害者は差別されるのが当然で、
日本人の障害者が死ねばとてもとても心が嬉しくて、
新しいヒトラーはどんどん誕生して、
弱い者を犠牲にして踏み躙りながら、世界はとても平和だった。

人間がこの世界の支配者だもの。
人間が好き勝手に人を殺して何が悪いの?
障害者は人間じゃないよ。
おしりを叩かれなかった子供達のオモチャだよ。
オモチャを壊して何が悪いの?
子供には障害者を殺す権利があります。

ヒトラーはそれを行使しただけなんだよ。
とても良い人だったんだよ。
植松聖もとても良い人だったんだよ。
障害者は馬鹿だから分からないんだね。
僕達はこれからもずっと地球の支配者だよ。
障害者は殺して貰える事に感謝してね。

と、信じている人間達が居た。
世界中の人間が無意識の内にその宗教を信じて居て、
それが当たり前だと思っていた。

それは邪教であった。
しかし、邪教を信じるのが人間の性(さが)である。
せめて、さよならの日には楽しい宴をしようじゃないか。

空からとても綺羅綺羅した、
とても小さな四角片が無数に降り注いでいた。
12月31日の夜の事で或る。

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