狭間の世界8

13月3日、正午。
「第四波が来ます!」
タナトスの叫びが響く。
ビルの瓦礫が散らばる海岸線。
そこに6人の男の姿が現れる。
今の所は・・・人型の形態を採っている。
「今までで一番強力な因子です!皇子、御注意を!」
「そういう事は先に言ってよ!」
少し離れた場所に居るタナトスと、そんなやり取りをしていると、
6人の中央に立つ男が意識を取り戻した様に喋り出した。

「ここは何処だ?私は随分長く眠って居た気がするが・・・。」
「総統、ここは狭間の世界と言う場所らしいです。
我々が生きた時代は既に終焉を迎えたらしく・・・。」
「終焉・・・だと?」
「ハッ。あの方の」
「安心しろ。サタンは私の無二の親友だ。口を憚る必要は無い。
奴の御陰で私はヒューラーと成り得たのだからな。
奴の、サタンの人智を超えた力と知識は素晴らしいものだった。」
「そのサタン閣下が教えて下さったのですが・・・
計画は全て失敗に終わった、と。」
「何だと!?それは事実か!?」
「はい、間違いありません。」
「イギリスの、子供を救うと抜かしていた慈善団体に工作員を潜り込ませて、
ナチスの後継団体として秘密裏に再構築する計画はどうした?」
「セーブ・ザ・チルドレンは既に崩壊しています。」
「何だと・・・では、子供の尻を叩かない教育自体は?
あれは偉大な発見だぞ。私が見つけたのだ、あれを。
子供は尻を叩かれないと、私と同じ考え方に成り、
障害者という下等生物を殺したく成り、ナチスの戦士として覚醒するのだ。
しかも武力を使わず洗脳出来るから、全世界の子供を
いとも容易くナチスの戦士に養成出来る。
子供は尻を叩かれないと聞くと大喜びで賛成するし、
親も楽な子育てが出来るから、誰も反対しないままナチスは勢力を拡大出来るのだ。
この壮大な計画は絶対成功すると、サタンの奴も大賛成してくれた。
だから奴は、エホバの証人というアメリカの宗教団体のトップが、
二代目に成った時点でサタンの支配下に成ったから、
それを利用して子供を虐待させ、「叩く=悪」と認識させて、
益々子供の尻を叩かない教育でナチスの戦士を増やす、
そんなとてつも無く完璧な計画だったのだ。
「日本の子供は特に厳しく虐待しろ」と、サタンは言っていたな。
何でも、日本から約束の子供が生まれて来るから、
その子供を幼い内に潰しておく必要があったそうだからな。
私が死んだ後もこの計画は順調に進んでいた、
ん?そうだろう?」
「いえ・・・確かに途中までは順調に進んでいたのですが・・・。」
「まさか、そんな。有り得ん。
大学教授や教育雑誌の編集長、教育評論家、
ありとあらゆる発言力の高い人間を利用して広めると、
サタンはそう言っていたぞ。
だからこの計画は絶対に成功すると。」
「失敗しました、途中までは洗脳が成功したのですが・・・。」
「何故だ!?アメリカのKKKまで抱き込んだんだろう!?
フェミニストも仲間に引き込んだんだろう!?」
「突然、障害者の男が現れて、その男が
「子供の尻を叩かないのは。子供をヒトラーに育てる教育だ。」
と言い出したそうです・・・。」
「そいつだ・・・そいつが約束の子だ。
クソッ!忌々しい!サタンは約束の子供の抹殺に失敗していたのか!」
「ですが、その障害者の男を殺害する事には成功したそうです。
尻を叩かれていない幼い女の子達によって惨殺されたと。」
「ハハハッ!やはり私の考えは正しかったな!
子供は尻を叩かなければ、皆ナチスの戦士と成るのだ!
障害者という下等生物を殺すとは、本当に愛おしいナチスの子供達だよ!」
「・・・しかし、殺した直後、奇怪な現象が起こり、
暗黒の星が空に浮かんで、何処(いずこ)からか不可思議な者達が現れて、
世界中を破壊し、そして人間を皆殺しにしたそうです。」
「何!?それで奴は、サタンは無事なのか!?」
「サタン閣下は既に拘束されており、
こうしてサタン閣下と近い意識を持った存在である我々の意識を因子として、
飛ばして逃がすのが精一杯でした・・・。」
「何と・・・。」
「次に拘束が解かれるのは、この時代が終わった後に訪れる、
次の時代の1000年間の終わりの時に成るらしく、
「その時に成ったら大暴れしてやる」と仰っておられました。」
「・・・そうか。で、憎き(ニックき)その障害者の男はどう成った?
死んだままか?」
「いえ、それが・・・。」
「ボクならここに居るよ。」

目の前に、ナチスの軍服を着た6人の男達が立って居る。
「貴様か・・・貴様がサタンを・・・。」
チョビ髭を生やした男が、こちらを睨んで立ち尽くして居る。
「その名前を呼ぶのも嫌悪する存在をどうにかしたのは、ボクじゃないよ。
神の軍勢だ。」
「神だと!?下等生物如きが、神の名を口にするか!」
「総統、サタン閣下曰く、「アスペ」「ガイジ」「池沼」という言葉が、
障害者を馬鹿にするのに適切な言葉だそうです。
この言葉によって、子供達はより強力なナチスの心を持つのだそうです。」
「そうか!おい!アスペガイジの池沼野郎!
貴様は下等生物だから、殺されて当然の存在だったのだ!
寧ろ、子供に殺して貰えて感謝しなければ成らないのだぞ!」
「うん、思った通りの人間で安心した。
これで心置き無く殺せるよ。」
「下等生物が私を殺すだとお!?やれるものならやってみろ!」
ヒトラーの因子が両手を広げると、その先から全身を包む白装束の、
頭の尖ったその服の両目だけ穴の開いた出で立ちの男達が現れた。
男達は大鎌を両手で構えて、ボクの周囲を取り囲んだ。
今の所、数は6人。いや6体かもしれない。
「皇子!それはその因子の能力です!我々でも殺せます!」
そう、やっぱり6体か。
タナトスが漆黒の馬を走らせ一騎駆けで、こちらへ突っ込んで来る。
ボクから見て左手の白装束の男3体が漆黒の剣で斬り殺される。
「総統!こいつです!こいつが障害者の男を殺した時に現れた者の一人です!
サタン閣下から聞いた特徴と、ピタリと一致します!」
「我は闇の軍勢が一人、暗黒騎士タナトス也!」
「ぬうううううう・・・闇の軍勢だと・・・。」
タナトスは口上を述べると、ボクの隣で停止した。
「良かった、その武器は飾りじゃ無かったんだね。」
「皇子、冗談を言っている場合では御座いません。」
「分かってるよ。さっさと本体を殺さないとね。」
ヒトラーの因子は再び両手を広げる。
「フンッ!私の力はこんなものでは無い。
いでよ!KKKの兵士達よ!」
今度は30体以上のKKK姿の男達が現れる。
それが一斉に大鎌をこちらへ向けて振り下ろして来る。
後退しながら闇の神剣で振り払って行く。
数が多いな・・・。
「燃え上がれ!」
後方のKKK兵士が燃え上がりながら吹き飛んだ。
右手を見ると、宙に浮かびながら火球を構えているフェッシーが居た。
「皇子!私も加勢します!」
「助かるよ!ありがとう。」
「名乗らないのか?」
「何で私まで恥ずかしい口上をしないといけないのか、疑問なんだけど?」
「そうか・・・。」
そんな寂しそうな顔をしなくても・・・。
そうこうして居る間にもヒトラーの因子はKKK兵士を大量に生産して居る。
それがこちらへ向けて、一斉に押し寄せて来る。
「ハハハハハハ!白人の力を思い知れ!」
多勢に無勢・・・三人ではキツ過ぎる。
「急げ!皇子を御守りするのだ!」
天から髑髏(しゃれこうべ)顔の騎兵団が一気に降りて来る。
空中を駆け抜ける馬に跨った騎士達は、地上に到達すると、
次々とKKK兵士達を斬り倒して行く。
「皇子の為に道を切り拓くのだ!」
騎兵達が中央を空けてくれる。
そこを一気に走り抜ける。
いや・・・駄目だ。
闇の神剣で斬り付けるけど、周囲に居る因子が身を挺してヒトラーの因子を庇った。
「グッ!」
しかし、当然少しダメージを与えただけ。
これじゃ意味が無い。
「早く殲滅用の神剣を投下して!」
「出来ません。まだ一撃で殺せる状況ではありません。
光の神剣は一回分しか使えません。
一撃で殺せる状況に成ったら投下します。」
ボクが天に向かってそう言うと、
空に浮いた白い装束に身を包んだ、白い羽が一対生えたいつもの男は、
表情一つ変えずにそう答えた。
「・・・仲間なんてどうでもいいの?」
「仕方ありません、皇子。何とか相手を消耗させつつ、追い詰めましょう!」
「ありがと。そうするよ。」
フェッシーの言葉に、そう応えた。

こちらの数が増えた事もあり、徐々に相手を押し返し始めた。
「クソッ!やっぱりアメリカ人なんかじゃ駄目だな!
誇り高きアーリア人こそが本当に勇ましい存在なのだ!」
そう言うとヒトラーの因子は、今度は両手の平を前に突き出した。
するとナチスの武装親衛隊の姿をした男達が現れた。
その数は一気に増え、辺り一帯埋め尽くす程だ。
「フハハハハハハッ!666人の精鋭達よ、生きている価値の無い障害者共を撃ち殺せ!」
横一列に並んで武装親衛隊は一斉に銃を構える。
「避けて!」
「壁よ皇子を護れ!」
ボクの声の直後にフェッシーの声が響いた。
ボクの前に透明な壁が出来上がり、弾丸が弾かれる。
しかし、ボクの所以外へ飛んだ弾丸は騎兵達の方へ向かってしまう。
大半の弾は鎧や兜で防がれたが、一人の騎兵の顔面に命中してしまう。
「おい!大丈夫か!?」
仲間達の声が響く。
しかし、心配の声も空しく、その騎兵は馬と共に倒れた。

「ハハハッ!ハハハ!障害者の仲間が倒れたぞお!
障害者みたいな生きている価値の無い奴に従うからこう成る。
ざまあみろ!」
こんなつまらない生き物を殺すのに、何でこんなに時間を掛けて居るんだろう。
所詮、元はただの人間なのに。
ボクが因子の男を睨むと、後ろの空から巨大な一つ眼が現れて、
その周囲は灰色の雲の様に形成された。
そして、雲から両手が伸びて来て、男の体を拘束した。
「何だ?おい何だ、この化け物は!?」
最初からこうすれば良かったんだ。
「早く投下して。こうして欲しかったんでしょ?」
目の前の地面に光を放つ剣が突き刺さる。
勿体振っておいて、こんなにアッサリと剣を、
どうでも良さそうに落とすのか。
「やめろ・・・やめてくれ!
そっ、そうだ!見逃してくれたら、お前にナチスの所有する土地をくれてやるぞ!
金も女もやる!どうだ?障害者には夢の様な話だろう!?」
「そんなものには何の価値も無い。
ボクが望むのは、全世界の子供が女も男も尻を丸出しにされて、
真っ赤に成るまで叩かれて、差別をしない人間に育つ世界だ。」
「そんな事したらナチスの思想が滅んじゃうだろオオオオオオ!!」
「滅べばいいだろ、そんなもの。」
ボクは光の神剣を振り上げる。
「嫌だああああああ!お前達!盾に成れ!盾に成って私を守れ!」
「総統、おやめ下され!」
「また死ぬのは嫌だああああああ!」
男の因子は、部下の因子を周りに引き寄せた。
なので、それらを纏めて一気に横薙ぎで斬り殺す。
次の瞬間、男の因子が呼び出した全てが消えた。


「ボクが出来が悪い子だから、不出来な子だから、
守れなくてごめんなさい、ごめんなさい、こめんなさい。」
「皇子、この者は眠っているだけです。
次の世界が来れば、すぐに目が覚めます。
それに皇子の為に働けて、この者も光栄でしょう。」
「命を失っても得る価値がある名誉なんて無いよ!」
「すみません、余計な事を言いました。」
「ごめん、ボクも感情的だった。」
まだ眠ったままの割れた髑髏の顔に、口づけをした。
「ボクを護ってくれて、ありがとう。」


「何で見殺しにする様な事をしたの?」
「私は職務通りに行っているだけです。」
目の前の白い翼の男は、表情一つ変えずに言葉を吐く。
「仲間を見捨てるのがお前の職務なんだ?」
「御言葉ですが、我々にやさしさを求めないで下さい。
我々は裁きの子が直接の上司なのです。
貴方の事を助けよ、とは確かに言われていますが、
貴方の部下の事までは管轄外なので。」
「部下じゃなくて仲間だよ。」
「いいえ、分類上は貴方の部下です。
闇の軍勢は貴方の下部組織ですので。」
「君は公務員か何かなの?」
「・・・冷たい対応だと思われるでしょうが、
最優先されている事は、この世界において、
全ての因子を抹殺し、次の世界を早急に確実に導く、事なのです。
当然、貴方の命はそれ以上に優先されていますが、
それ以外の事は後でも解決出来る事なので、
優先される事項では無いのです。」
「そっか。君は要求された以上の事は出来無いんだね。ありがと。」
「・・・。」
この皮肉は少し効いたらしく、数瞬押し黙った。
しかし、すぐに口を開く。
「取り敢えず、今回の事は上にも相談しておきます。
もっとスムーズに倒せた可能性もあるので。」
「そうだね、そうして貰えると助かるよ。」

翼の男が飛び立って行く。
「先程のは魂から分離された意識を殺しただけですので、
次の世界へ進んだ時点で、他の人間同様、
ヒトラー自体はもう一度目覚めます、一人の人間として。」
「まあ、それに関しては本人がどうにかする問題だろうけどね。
かつての栄光は無く、その罪を背負い、
それでも生きて行かなきゃいけない。
それは、エホバの証人もフェミニストも女子小学生も、
皆同じ事だから。」
「そうですね、それが人間の選んだ道ですから。」
タナトスがそう言ってくれた。
騎兵団は眠った騎兵を連れて帰って行った。
タナトスとフェッシーと、まだ高い陽を見つめて居た。

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