知恵の事

私に、永遠に消えないトラウマを作った女の子、知恵。
小学生の頃は、母の司会者であるH姉妹と一緒に家に来た時だけ、接触があった訳だけれど。
中学に入って、友人Sに付き合って集会に行って。
でも、その時は基本的にSの相手をしていないといけないから、知恵との接触はやっぱり殆ど無かった。
中学を卒業したSが就職の為に引っ越してから、私はもう集会へ行く必要も無く成ったけれど、母が「行け」と言うから、惰性で行っていた。
母は他の一世の親同様、私に「兄弟(男の正規信者)に成るか、就職するか選べ」と強要して来ていた。だから、尚更もう集会へは行きたく無かったのだけれど。
Sと集会へ行く様に成って気付いた事があった。
知恵はいつも、母親と弟としかまともに会話しない。
いや、話し掛けられれば返事はするんだが。
あの気の強い性格なので、同年代の二世にも「用が無いならあっちへ行って。」とか、年上の兄弟姉妹にも、必要な事しか話さず、雑談なんか始めようものなら、「私興味が無いので」とか、「話が終わりならもう帰りますから」とか言ったり、無言で立ち去る事すらあった。
しかし、母親が母親なので、誰も文句を言えなかったのだろう。
でも。
相変わらず、母親の前では、いつも俯き加減で「はい、お母さん。」と命令に絶対服従する女の子だった。中学一年生の知恵は、小学生の頃と同じガリガリに痩せている感じで線が細くて、歳の割には背が少し低くて、肌の色は少し黒くて、肩より少し長い髪の毛をストレートに下ろしていた。
私は何だか、知恵が心配だった。このままだとこの子は、一生母親に付き合わされて、この変な宗教と心中してしまうんじゃないか、って。普通の女の子の経験する楽しい事を何も知らないまま、人生を終えてしまうんじゃないか、って。
余計な御世話かもしれないけれど。
だから或る時、集会が終わってから廊下で、知恵の母親がトイレに入ったのを見計らってから、私は自閉障害だけど無理して話し掛けた。
「大丈夫?」
「何が?」
こっちを鋭い目で思い切り睨んで来る知恵。
この、相手を威圧する様な目がどうしても苦手・・・。
「あのね、お母さんの言う事、全部言う通りにしなくて良いんだよ?」
「どうして?」
さっきよりも怒った様な声。
「だって知恵、何だかお母さんのロボットみたいだから・・・。」
「あなたにそんな心配される筋合い無いわよ!!」
急に知恵が怒鳴った。
それを聞き付けて、周囲が途端にザワザワし出す。
やばい・・・これじゃ私も「騒ぎ起こした」って、お母さんに怒られる・・・。
ある兄弟がやって来て、知恵に話を聞く。
「何かあったの?」
「いえ、何でも無いです。すみません、大きな声を出して。」
「そう・・・御話しする時は盛り上がっちゃうかもしれないけれど、あんまり煩くしないでね。」
それだけ言って、その兄弟は去る。H姉妹に関わりたく無いのだろう。
他の二世の子供なら、「帰ったら懲らしめして」とか言い出すのだろうか。
その兄弟との会話で周囲の騒ぎは収まり、知恵は私を一度ギロリと睨んでから、母親の居るトイレに入る。
H姉妹は丁度トイレから出る所だったのか、トイレのドア付近で娘と会話を始める。
廊下に近いから、会話が全部聞こえる。
「ねえ、お母さん。」
「どうしたの?」
「あのね、○○(私の名前)君に私、「お母さんの言う通りにしなくて良い」とか、「お母さんのロボットに成ってる」とか言われた。」
全部お母さんに報告するんだ・・・やっぱり心配した通り、この子はお母さんの言いなりだ。
「ふ~ん、そうなの。」
ここで普通の一世の母親ならギャーギャー怒鳴って私の母親に文句を言うのだろうが・・・そこはH姉妹、一筋縄では行かない。
「やっぱりあの子、あなたの事好きなのかもね。」
「ええーっ?何で?」
「だって好きでも無いのなら、何であなたの事そんなに心配して来るの?」
「やだよ・・・あんなヤツ、気持ち悪い。」
相変わらず、知恵はストレートにグサグサ心に刺さる事を言って来る。
でも、その後の事を考えると、これが知恵の本音だったのかもしれない。
「そんな事言って。あなたも○○君の事、気にしてたでしょ。」
「そんな事言ってたっけ?」
それからトイレの奥の方へ親子は移動したのか、それ以降の会話は聞こえなく成った。

H姉妹の言葉を信用して良いものか・・・。
でも私はその後も知恵の事が心配だった。
好きかどうかは、正直よく分からない。
でも、知恵は何だか放っておけなかった。
周りを寄せ付けない、孤独な女の子。
母親と弟と宗教だけの世界で生きている女の子。
助けたかったのかな・・・でも無力だから無理だったけど。

Sが居なく成ってから少しした頃。
集会が終わって、知恵はトイレに行った母親を第一(第二?)会場で待って居た。
その時は近くに弟も居なくて、知恵は壁に寄り掛かって、一人で俯いていた。
その顔が何だかとても寂しそうに見えたんだ。
だから、私はまた話し掛けた。それが良く無かったのかな・・・。
「大丈夫?」
知恵は無言でこっちを見る。
「何だか、寂しそうだけれど・・・。」
「ふーん。私って寂しそうに見えるんだ。」
意外そうに知恵は言った。
「だから、何だか知恵が心配で。」
「何であなたに心配されなきゃいけないの?心配されても嬉しく無いわよ。」
「でも・・・。」
「もう二度と話し掛けて来ないで。」
それだけ言って、知恵はその場から去って行った。
私は、その場で泣いてたと思う。
ハッキリと拒絶されてしまった事、相手に全く心配する意図が伝わっていない事、結局、知恵をあの母親から助けたいなんて事自体が、余計な御世話だったって事。
メンタルが弱い私は、もう耐えられなかったんだと思う。

そんな時。
反対側から声が聞こえて来た。
「ねえねえ、何か今、根暗が告白してたんだけど。」
振り向くと、そこに居たのは、以前障害者の私を馬鹿にして嗤っていた、小学校五年生位の三人組の二世の女の子供だった。
「根暗が根暗に告白してて、マジウケるんだけど。」
「で、どう成ったの?」
「根暗女逃げてったよ。フラレてやんの!」
「根暗男ダセエ!」
私だけならまだしも、知恵の事まで馬鹿にされたのが私は許せなかった。
「お前達なんかに人の心が分かる訳が無い。」
「はあ?根暗が何か文句言ってんだけど?」
「お母さんに言い付けてやろーっと。」
「家に帰ってから懲らしめのムチされろ!」
「アタシ、懲らしめのムチってされた事なーい。」
「アタシもー。でも見た事はあるよー。男の子の二世が尻ムチで叩かれて泣き叫んでる所。マジで笑えるんだけど。「ギャー、助けてー」だって。」
「何それ、ウケる!それって誰?」
「△△姉妹のとこの子だよ。」
「あー、アイツかー。生意気だから叩かれて清々するわ。」
コイツら・・・他の子供が虐待されてんの、面白がってんのか。
同じ二世でも、知恵とのこの違いは何なんだよ・・・。
「おい!根暗、何コッチ睨んでんだよ!」
「お前の母親にも言い付けてやるからな!」
「そしたらコイツもムチで叩かれて情けなくギャーギャー泣くんじゃねえの?」
「想像しただけで笑えるんだけど!」
「女の子が叩かれてるのは可哀想だけど、男が叩かれてんのは本当に笑えるもん!男はもっと懲らしめのムチされろ!」
「ギャハハハハハハ!」
人間の女のこういう所が、ボクは本当に大嫌い。
「親に縋るしか出来無いなんてお前達は意気地無しだね。」
私は、大笑いをしている二世の女の子供を無視して、母の車へと向かった。

車の中で母に、さっきの二世の女の子供三人について聞いた。
「□□姉妹の所の子かなあ・・・最近入った人は、よく分からないんだよね。」
との事。

その次の集会にも行ったけれど、知恵は、私を見つけるとさっさと立ち去ってしまって、もう完全に嫌われたんだな、と思った。
これ以上集会に行くと、知恵の居場所を奪ってしまう気がして、私はもう集会には行かない事にした。元元Sの為に一緒に行ってただけだし、もう行く理由も無かったし。
母には「何で行かないの!?」なんて、怒られたけれど。

二世って一言で言っても、色々だよね。
ネットに書いてある体験談とか見ても、「中学生までムチされてた」なんて書き込みも多いし、知恵もきっと中一のあの頃はまだ、小さい頃からされてた、枝のムチで何十発もおしりぶたれる懲らしめのムチを我慢してたんだろうな、きっと。
あのH姉妹の事だから、高校生に成ってもしてた可能性は十分あるし。
かたや、他の二世を傷付けても平気で居る二世。
多分、本人達の言った通り、懲らしめのムチを受けた事が無いんだろう。
でも、もし例えガスホースのムチで叩かれていたとしても、あの女子小学生達には全く同情出来無い。
同情する価値があるのは、人の痛みが理解出来るヤツだけだ。
人の心を踏み躙る様な二世なら、それは被害者じゃなくて加害者だ。

私が「さよ向こ」のラストで、「尻を叩かれていないエホバの証人の二世の女の子」を「いじめっ子の加害者」として登場させたのも、こういった事情がある。
知恵みたいな100%の被害者(まあ、私の事は傷付けたけど・・・)も居れば、加害者の側面を持つ二世も居る。

でも、私も人の事言えないのかな・・・。
知恵の母親のH姉妹がしていたみたいな事、私の手で知恵にしてみたいなんて思っていたりするし、知恵のおしりを掌で叩いて、生意気な所を矯正してあげたいなんて、思ってたりもしてたし・・・私も最低な人間なのかもしれない。
知恵をいじめたい訳じゃないけどね。知恵の事は小学校三年生の頃から、完全にトラウマに成ってるから、どうしてもそういう事をしたい対象として見ちゃう。
実はこの前も、妄想の中で、小学生の知恵が自分からパンツ下ろして「私のおしり叩いて下さい」って御願いして来るって言うシチュエーションでマスターベーションしてしまった訳だけれど・・・(勿論、沢山おしりを叩いてあげました。「○○に叩かれるのは、ママのと違って好き」とか言われて嬉しかった)。
知恵でしたのはこれで四回目か・・・。

それはともかく・・・。

大人に成った知恵に会ってみたい気もするけれど。
向こうは別に会いたくなんてないか。
「もう二度と話し掛けないで」と言われたのだから、実際、拒絶してるのだろうし。
話す事も無いか。
ただ、一つだけ聞くとしたら、「今、幸せなのか」だけは聞きたい。
幸せならいいんだ。本人があの人生で満足してるなら、私は何も言う事は無い。
好きな人が居て、その人と幸せに成ってたりしたら、私はそれでいいと思う。
でも、もし幸せで無いのなら・・・何とかしてあげたいけど、私じゃ無理か。
自分の面倒すら見られない、母に何かあったら自殺するしか無い様な人間だし。

小さい頃出来なかった事、一緒にしてあげたいなんて思うけれど・・・そんな子供じゃないよね。
私は42、知恵は40。もういい年だ。
私みたいな情けないのと違って、他の二世の子はみんなしっかりしてるし。
私が心配するまでも無いか。

知恵の父親は日立の系列会社に勤めてたから、経済的には余裕のある家庭だったと思う。母が聖書研究でH姉妹の家に行った時は、「蟹の殻が床に転がってた」とか言ってたし(娘のおしりをムチで叩く前に、掃除しろって話だが)。
でも、本当の幸福は金銭では買えないから。
実際、あんなに母親にベッタリだった所を見るに、父親との関係性は薄かったんだろうな、とは思う。

本当はさ、知恵も含め、他のエホバの証人の二世の子も含め、全ての不幸だった子供がもう一度子供時代をやり直す事が出来れば、なんて思うけれど・・・私の見たものは所詮、ただの妄想だったのかもしれないし・・・私は信じてるけれど。
人間が90まで生きるとして、今40代の子達が後40年以上の残りの人生を、こんな人間の妄想で台無しにしてしまって、そう成っても私は何の責任も取れない。
だから、残りの人生を台無しにしても良い人だけ「私の妄想」を信じてくれれは良いと思う。
勿論、私は人間として産まれる前の事を本当の事だと思ってるし、そうで無いのなら、この世界に意味なんて無いと思う。誰かの不幸を吸い続けるだけの世界なんて。
幸福に成るチャンスが全ての人間に与えられていないなんて、
そんなのおかしい。
公正じゃないよ、そんなの。

頑張って書こうと思う。
最低でも、加奈子の話は完成させよう。
今の私には、書くしか出来無いから。

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