猫に支配された世界2

さて。
猫人が世界を支配する様に成ってからというもの、
児童養護施設に入っている子供は全員、
猫人が親に成り、一人ひとりの子供を育てて行く事に決まった。
これにより、全ての身寄りの無い子供は戸籍が自動的に猫人側に移動、
主=猫人 続柄=人間種 子供
として、養育されて行く、教育されて行く事に成った。

よって、人間の親が生きていたとしても、自動的に全ての親権は剥奪された。
「虐待していた親、子供を放置した親には、親権を与える必要は無い。」
これが猫人の出した答えである。

水希(みずき)も、そんな経緯で猫人の保護下に入った子供の一人である。
ついこの間まで児童養護施設で暮らしていた水希にとって、
猫人との暮らしは夢の様であった。
定期的に訪ねて来ては「娘を返せ!!」と怒鳴る、
自分を散々殴った
あの母親の事を心配する必要は、もう無い。
ちゃんと自分専用の部屋が用意され、猫人の保護する子供として扱って貰える。

勉強机の上にはパソコンがある。
先日のニュースを思い出す。
猫人の一人、イプシロン・ケイが壇上で会見を開いている所だった。
「我々エクタ・ザヌール(人間は「エクタ人」とも呼ぶ)は、
人間のパソコン用のOSを供給するにゃ。「TRON Mk-Ⅴ」だにゃ。
かなり旧式のOSで、人間のPCはオンボロだから、調整が大変だったにゃ。」
このTRON Mk-ⅤというOSは256bit OSであり、x56系(猫人の言う所の
256bit系統)の命令セットは勿論の事、x28系(猫人の言う所の128bit系統)
もx64系もx86系もそれら全ての命令セットを完全に網羅した、
下位互換エミュレートを完備していた。
人間の現行PCの主流が64bitである事から、その性能に合わせて
グラフィカルな部分は大部分がオミットされており、見た目は大分簡素なもの
であったが、如何にも未来なOSよろしく、動作は人間側現行のOSよりも
極めて快適なものであった。
このOSは元々、複数の機器との連携を目的として開発されたOSの一つ
だったらしいが、現在はスタンドアローンとしてしか機能していない。
とは言え、その機能らしきものの名残は見て取れた。
そしてこのOSはソースコードが猫人側の暗号コードが掛けられており、
セキュリティ性が極めて高く、リバースエンジニアリングは困難であった。
猫人によると、人間のCPU複数コア設計は何れまた行き詰まるとの事で、
この旧型OS、TRON Mk-Ⅴもその思想の先にある存在らしかった。
アリュバロン卿曰く、「BTRONの系統」との事であったが、
水希には何の事だかよく分からなかった。
ただ、自分の部屋と自分のパソコンを持てた事が嬉しかった。

アリュバロン卿とは、水希の保護者に成った猫人である。
元々とても貴い存在の猫らしく、何か上の方の職務を担当しているらしかった。

机の引き出しには、大事にしまってある一枚の木の板の様な物。
その表面には「水希お仕置き専用」と書いてあった。
そう、子供をお仕置きする為のパドルだ。
水希が悪い子に成った時は、パンツを下ろして、丸出しのおしりを
このパドルでたっぷりと叩いて貰う。
お仕置きの事を思い出して、水希は思わずおしりの穴がキュッと締まるのを感じた。
お仕置きはとても痛い。だけど、とっても暖かいものだと、
水希はちゃんと知っている。
「子供のおしりを叩くのは虐待です!」
「可哀想なので絶対にやめさせましょう!」
人間の大人達は、「おしりぺんぺんが一体何なのか」教えようともせずに、
ただ「子供には良くない」と否定だけを繰り返した。
「私の事を助けてくれなかった癖に・・・。」
人間の大人は「子供を叩くな」と騒ぐだけで、誰も虐待されている子供を、
世界から置き去りにされた水希の様な子供を見ようともしていなかった。
でも。
猫人は違う。
口先だけの人間の大人とは違う。
実際に助けてくれて、おしりぺんぺんは愛の証なんだって、
愛しているからする事なんだって教えてくれた。
水希は、今まで人間が作って来た法律というものが、
有難がる程の存在では無いと、もう知っていた。
所詮、同族を騙す為の詭弁。弱者を嬲りものにする為の言い訳だったのだ。
体罰禁止法が通って、私達子供は何か良い事はあった?
いいや。何も無かった。
良い事があったのは、賛成した議員とニヤニヤ嗤う教育評論家だけだ。
いつも子供の為に何もしない人達が、テレビの中で正義の味方を気取って居る。
もう沢山だ。もうウンザリだ。
人間の世界が終わって、人間の支配する世界が終わって、本当に良かった。
水希は心の底からそう思うのだった。
「やっぱり人間は、人間以上の存在に支配された時、
はじめて幸せに成れる生き物なんだ。」

アリュバロン卿の用意した朝御飯を食べて、学校へ行く支度を終えて、
玄関に立つ。
「気を付けて行って来るんだにゃあ。」
「大丈夫だよ。もう心配性なんだから。」
水希は「行ってきまーす」と元気に声を上げて、
アリュバロン卿の見送る玄関から駆け出した。

いつか、この猫の人を父親と呼べる日が来るのだろうか。
今はまだ、親切でやさしい猫としてしか接する事が出来ないけれど。

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