長編小説⑤:凶器は目薬
上司が殺害されたと騒がしい空気に包まれた会社。
私は与えられた業務をこなし、定時で退社した。
会社からの帰り道にあるドラッグストアにたちよる。
目薬コーナーに置かれているすべての商品を買った。
その日から私は目薬を飲む生活を続けた。
水に混ぜたり、お茶に混ぜたり、お酒に混ぜたりして目薬を飲みつづけた。
どの目薬が、どれぐらいの量で、どれぐらいの時間まてば人を眠りにつかせるのか、しっかりとノートに書きつらねた。
眠りについた時間がかかれていない目薬を重点に飲みつづけた。
ついに、私は理想的な目薬をみつけだした。すぐに眠らず、しばらくは動ける。
そして、確実に眠りにおちる目薬をみつけた。
いよいよ、ふたたび裁きを実行するときがきた。
街で有名なクラブへと足をふみいれる。
タバコの紫煙がライトをおおっている。
赤や黄、緑色のライトに、かすみがかかっている。
砂漠の砂につつまれた太陽のようにも見えるライト群。
他人の耳元で話さなければ声が聞きとれないほどの音楽が流されている。
男と女が、からみあいながら踊りくるっているフロア。
クラブのバーカウンターにて罪人がくるのを私はアリジゴクのように静かに待つ。
罪びとは、国会議員の長男だ。
尊大な態度、軽薄な言葉、国会議員の長男に生まれたということしか誇るものがない男だ。
国会議員である父の権力と金に守られ、何人もの女性を犯し、はらませてきた。
女性が流したのは涙だけでない。
いくつもの、ちいさい命すらも流されてきた。
救いようのないゴミ。今夜、私がそのゴミを掃除する。
国会議員の長男が、私の横にすわった。そして、会話をかわす。
私はお酒をすすめる。男のプライドをゆらし、なだめ、くすぐり、アルコール度数の高いカクテルをすすめる。
男が目をはなした瞬間。
つばめが地面からひるがえるほどの速度でカクテルに目薬をたらしこむ。
羽毛が湖面に落ちるように、音ひとつたてずにアルコールのなかに落ちた目薬は、早朝の霧のように静かに忍びきえた。
カクテルを飲みほした男は、ほどなく関節に力がはいらず骨がくだけたように脱力した。
私は男をひきずりながら、力強く歩みをすすめる。クラブの入り口へとむかう。
灯りをともしたタクシーをとめ、タクシーの後部座席に男をなげいれる。
そして、私もタクシーにのりこむ。そして、目的地を運転手につげる。
ピンク色にキラキラと下品に輝くラブホテルのまえで私と男はタクシーから降りた。
目的地は、ラブホテルではない。ラブホテル街のはしっこにある広場をめざし歩をすすめる。
正体をなくした男が、ここまで重いとは思わなかった。
十字架を背負い坂をのぼられた救世主もこのような苦しみを感じられたのだろうか。
キラキラしたラブホテル街のはしっこにある広場についた。
青白い蛍光灯がひとつだけが灯っている。
日本の警察がのる白いバイクを模した神具のまえに、国会議員の長男を寝かせる。
ダクトテープを手と足に巻きつける。
ミノムシかミイラのような姿にしたてあげる。
アンモニアがはいった小瓶のフタをあける。
国会議員の長男にアンモニアの匂いをかがせる。
目はひらかれ、覚醒したが、まだ意識は混濁しているようだ。
45度の角度にて3kgの衝撃を白いバイクを模した神具にあたえる。
マラソンを先導する日本警察の象徴ともいえる白いバイクが国会議員の長男に襲いかかる。
国家が裁けないのであれば、救世主が社会の悪をさばくしかない。
白いバイクが赤く染まりだす。
痛みから逃れようと芋虫のようにもぞもぞと動く国会議員の長男。
男のヘソを紅いハイヒールで力づよく押さえつけた。
6,000円分ほど動いた白いバイク。
女たちが流した血涙色にそまった白いバイク。
すこし茶色く染めた軽薄な髪。それと皮脂や皮膚などが、白いバイクにはりついている。
生まれ落ちたときから苦労を知らずに生きてきた幼い目は消えた。
異様に白く輝いたいた歯も消えた。
女の私よりも綺麗な指先には、もう血が通っていない。
この地方のゴミを掃除した私は晴れ晴れとした気持ちになった。
月にむかって遊泳飛行するように、ちょんとスキップをふむ。
しかし、男ひとりを運んだ私の体には、疲労とよばれる刻印がきざまれた。
干潟の泥にまみれた魚のように私は疲れきっている。
なんとか部屋にたどりついた私は、ひさしぶりに目薬を飲まずにゆっくりと眠った。
日本の警察が緊急をつげるサイレンの音が静かな街にひびいている。
サケが産卵する場所をめざすように、その音はひとつの場所をめざし暗い道を泳いでいるようだった。
6話
1話
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