長編小説:最終話 そして伝説に
日本中の話題をひとりじめにしていた連続殺人事件の容疑者が署に連行されたニュースは、またたくまに日本列島の北端から南端にまでひろがった。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物キラーと名づけられた殺人犯が逮捕された。
容疑者であり、逮捕はされていないのだが、情報が錯綜していた。
日本中のだれもが電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物という言葉をおぼえた。
エリをたてるトカゲやウーパールーパーのように子どもたちの人気をあつめ、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物にのるための列が日本中のあちらこちらにできた。
早口言葉にもなり、アナウンサーたちを泣かせてきた。
連続殺人犯は、単独犯であり、女性だったこともあり、ヒステリック気味にマスコミが踊り騒ぎ日本各地に情報が乱れとんだ。
駅前や交差点では、号外までもがくばられた。
日本国民の八割が、女性の顔をみた。
「あんな、べっぴんさんが」
「悪い男たちを成敗しただけなので無罪」
「美人だから無罪」
「殺された人間は悪人だったんだろ」
日本国民の半数以上は、彼女に同情的だった。
彼女は警察の取り調べを素直にうけいれた。
しかし、警察は彼女の返答にまいっていた。
彼女の話していることは支離滅裂であり、神や浄化、救世主といった言葉が並べられる。
精神鑑定と薬物検査をうけた結果、彼女は真っ白だった。
目の前の人物を見つめているようで、焦点があっておらずうつろな彼女の目。
テンション高く言葉をまくしたてたかと思うと、一転して、一文字一文字を石碑に刻みこむようにポツリポツリと語る。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の話になると、彼女は饒舌になる。
青い小鳥のように軽快に語りだす。
その語りは、異国に宗教をひろめようとした使命感だけで構成された勇敢な宣教師のようだ。
言葉をさえぎろうと、口をふさごうと、食事をさしだそうと、彼女は胸に両手をあて流れる水のように語りつづけるのだ、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物のすばらしさを。
そして、私は、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物に選ばれた人間だと会話の最後につけくわえる。
彼女は、平然と自然に狂っている。
のちの捜査でわかることではあるが、彼女がスタンガンを買った店は見つけられなかった。
そして、彼女が、犯罪に使用した目薬を飲んでも人が眠ることも正体をなくすこともなかった。
彼女の現場検証がおこなわれる日がきた。雲ひとつない晴天の日だった。
その日、日本国民は伝説を目撃する。
報道陣の人数は百人をこえ、数えられないほどの野次馬が雲霞のごとくむらがり、あちこちに脚立がたてられている。
いま、彼女は殺人者でありアイドルであり教祖でもあった。
彼女の被害者たちにくるしめられた女性たちの嘆願書がたくさん届けられた。
また、彼女にほれた男と、彼女を尊敬している女性から送られたプレゼントが拘置所に山とつまれている。
天気は晴天。ぬいぐるみから飛びでたような雲が浮いている。
そして、けたたましい爆音をまきあげる複数のヘリが現場をぐるぐると旋回している。
護送車から彼女がおろされる。
オレンジの服を着ており、体のまえにだされた両手には錠がはめられている。
彼女の両側には女性警官がつきしたがっている。
その背後には、十人ほどの男性警官がつきしたがっている。
最後尾には、アゴをさすっている私服刑事の姿あり。
しずしずと歩む彼女の姿は、花魁が歩くように神々しい美しく、戦場にむかう巴午前のような凛々しく、神に仕える聖女のような清廉さがあった。
リポーターの声がきえ、カメラマンがシャッターをきるのを忘れ、群衆は息を吸うのを忘れ静まりかえっている。
時が動きだす。
リポーターの声とカメラのシャッター音、群衆の声が空気をふるわせた。
最初の殺害につかわれた電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線のまえに彼女がたつ。
彼女は、静かに目をとじる。鼻から息をすい、口から細く息をはく。
突然、彼女が目をあける。
肩を左右にふり、女性警官をふりはらう。そして、手錠の鎖を力まかせに引きちぎった。
地面にたおれた女性警官が、彼女の足に飛びつく。
飛びついてきた女性警官の顔にサッカーボールキックを彼女はおみまいした。
サッカーボールのかわりに女性警官の白い歯と赤い血が飛んだ。
彼女は、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線に抱きついた。
そして、彼女は、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線を土台ごと持ちあげた。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物のコンクリートの土台は、彼女の国士無双な武器になった。
腰を抜かし失禁していたもう一人の婦警に、その凶悪すぎるほどの凶器を力まかせに叩きつけた。
婦警の身長は1メートル以上ちぢんだ。
さらに彼女は、むかってくる男性警官を殴りつけ、跳ねとばし、肩をくだき、足の関節をありえない方向にまげ、人間のいちばん硬くぶ厚い骨を砕き、人間の中身である赤い肉や白い骨、臓物、糞便をたくさん露出させた。
彼女のまえに空間ができた。
彼女の行動をさえぎるものは、なにもない。
彼女は、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線にまたがった。
伝説の剣のように地に固定されていた電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の封印は解かれた。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線がはしりだす、彼女をのせて。
彼女がのる電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線は、一本の白い矢とかした。
アスファルトをけずり、火花をちらし、さらにリポーターやカメラマン、群衆でつくられた袋をつきやぶる。
群衆をきりさく彼女は姿は、古の偉大なる大王アレクサンダー大王とプケパロスのようだ。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線と彼女は、とまることなく疾走をつづける。
彼女がのる電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線は、坂道にはいり速度をぐんぐんとあげる。
アスファルトにけずられた部分は滑らかになりさらに速度をあげる。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線の進行方向に右に折れ曲がるカーブがせまる。白いガードレールもみえる。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線の先端がガードレールを突きやぶった。
新幹線が青空を飛んだ。
白い放物線のレールを宙に描きだし、電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物の新幹線が青い空を飛んだ。
彼女は満面の笑顔をうかべ、涙をひとすじ流し、お天道様にむけて両手をひろげた。
彼女の口が、かすかに動いたのを日本国民たちは見た。
彼女は何と語ったのだろうか。
終わり
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
1話