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長編小説⑫:I字カミソリは危険
街が静かになった。
いや、半分の人間が静かになり、のこり半分の人間は活き活きと活動している。
静かになったのは男たちだ。
それも、女性に暴力をふるった男たち、女性を傷つけた男たち。女性を支配してきた男たちが、とくに静かになった。
男たちは、絹ごし豆腐を手にのせ包丁で切るように女性を大切にあつかいだした。
女性を傷つけてきた自覚のある男たちは、ゆれる柳の葉にすらビクビクしだした。
女性の肌をまさぐる、犯し、セクハラしたのち、権力を笠に女性のうったえにぎりつぶしていた警察署長や自衛隊の幹部が殺害された。
施術と称して、卑猥なことをくり返していた医師も殺された。
飲食店の内部で女性を暴行したのち奴隷として売りはらっていた料理人たちも殺された。
同級生を拉致、監禁し、あげくの果てに殺害した未成年者だったので無期懲役にならなった元若者たちも殺された。
ガイシャたちには、罪人の烙印のような、ちいさい二つの火傷のあとがのこっている。
けれども、犯人につながるような証拠はのこされていない。
ホストクラブの店長と記者のふたりを殺害してから、犯行の頻度があがった。
女性たちの無念があつまった霊が犯人ではないだろうか、と小耳にはさんだ。
そんなバカな、と一蹴できない。
そのように考えてしまうのはわかる。手がかりがなさすぎる。
凶器はわかっている。しかし、どのようにして、ガイシャを殺したのか、それがわからない。
女性を傷つけたかもしれない、とおびえている警察の上層部から事件を解決するように催促されている。
後方の安全な場所からはいでて、最前線で指揮をとり、事件を解決すればよい、と歯のすきまから言葉がこぼれだしかけた。
上層部のいる場所も、はたして安全とよべるか、それは疑問ではある。
安全のために、犯人を捕まえてほしいのだろうが、手がかりがまったくない。
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物を街から撤去する動きがあった。
女性たちの反対にあい中止になった。
街にある凶器の位置をすべて調べあげた。
そして、凶器の付近に監視カメラを設置した。
カメラを設置してからも凶器のまわりで人が死んだ。
けれども、監視カメラには何も撮影されていなかった。
悪魔か霊か、人外の存在が犯人なのではと真剣にかんがえはじめた。
女性がよく襲われていた公園のちかくに住むネズミが太りだした。
公園の木のうえを、海鳥のようにカラスがくるくると飛びまわり愉快な声で歌っている。
リードをはずされ公園の芝生のうえで遊んでいた犬が茂みのなかに飛びこんでいった。
飼い主が犬をよんだ。犬は飼い主のもとに楽しそうにもどってきた。
犬の口には、人間の手がくわえられていた。
ちゃちなゾンビ映画に登場するような手だった。
飼い主は、犬の口から手をとりあげた。
手には白いご飯粒によく似たものがついている。
そのご飯粒は、ぴくぴくと動いた。
飼い主は、ご飯粒によく似たものがついた手を天高く放りなげ、じぶんの意識も放りだした。
事件の発生を自宅でなく署でうけた。
暴力団よりタチの悪い三人がガイシャだ。
法律の灰色部分をひょいひょいと歩き、ときには暴力と脅しをつかい女性を虐げてきた三人が殺された。
なんども三人の事情聴取をした。事情聴取をとった回数だけ、三人を解放してきた。
捕まえられないと思っていた三人が死んだ。
三人は死んでから半月は経過していると伝えられる。
忙しくてコーヒーしか飲んでなくて助かった。
胃に固形物がはいっていれば、確実にもどしていた。
ツヨシは首と鎖骨の筋肉を総動員し胃からハンバーガーが飛びださないように格闘している。
ジュンコくんのホホは、緑の血管が見えるほどすきとおっている。
ジュンコくんの目には、三人が殺された歓喜もあるように見えた。
法で裁くことのできない男たちが死んでいる。
お金をはらい、悪人を成敗する時代劇があった。
いま、この時代にもそのような制度がよみがえったのだろうか。
女性を虐げている男性は、街をおおう見えない殺意におびていることだろう。
もしかしたら、知らないうちに女性を虐げているかもしれないと考えた。
アゴを手でこすった。ばんそうこうの感触があった。ばんそうこうの端がはがれ、すこし黒ずんでいる。
署のロッカーにいれておいたI字カミソリでヒゲをそり、スパッと切ってしまったのだ。
最終話
1話