長編小説⑧:凶器はスタンガン
神具を信頼している。
けれども、神具の威力はいかほどなのか。
まずは、それを確認するために獲物が巣くう店にむかう。
飲み屋街の中央にその店はある。
季節はずれのクリスマスツリーのように小さいライトがちりばめられている階段。
その階段からつきおとされ、道へと転がりでてきた女性の姿。
スカートはめくれ、お尻はむきだし、オニギリのように女性が階段から転がりおちてきた。
年は20代前半だろうか。スカートがめくれ赤いTバックと白いお尻がむきだしになっている。
そのお尻に、猫の人形のマスコットをつけたカバンがたたきつけられた。
階段をおりてきた男が、アルコールに溺れているあどけない顔をした女性に暴言をなげつける。
男は彼女のお尻を蹴っ飛ばす。ムチをいれられた動物のように、彼女はよろよろと歩きだした。
男はスーツの内ポケットから煙草をとりだした。
金属製のライターをとりだし煙草に火をつける。
白い紫煙を黒い夜空にはきだす。
きざったらしく上をむいていた男は、私へと視線をむけた。
阿修羅のごとく激怒していた男は、菩薩のような笑顔をうかべている。そして、私に声をかけてきた。
この男の店で飲み食いし、望外な金を請求され、破滅した女性たちがいる。
私の姿をねぶみしながら、甘い言葉をかけつづける。
爽やかすぎるほどの柑橘類の匂いにつつまれている男。
なんとか私を店で酒を飲まそうと営業をかける男。
男を救世主の元へと連れていきたい私との駆け引きがはじまる。
男を救世主の元へ連れていくには、店で酒を飲むしかないと私は思った。
店の入り口へと案内された。
黒いソファーをたてかけたような重々しい扉がひらいた。
明るすぎず、暗すぎずない店内。
天井にはスパンコールを材料にしたナイアガラの滝とよびたくなるシャンデリアが吊りさげられている。
あちらこちらで女の嬌声があがり、女性をあおる陽気な男の声がひびきわたっていた。
ときどき、魚屋さんのように景気のよい声が店いっぱいにひろがる。
そして、歓声がわき、拍手がおこった。
ボックス席にとおされる。
ソファーに座るとお尻が3㎝ほど沈みこんだ。
店のまえにいた男が私の右手にすわり、白檀の匂いにつつまれた男が左手にすわった。
私はハイボールを注文した。
彼らは、これだけ煌びやかな店で働いているというのに、酒を飲む金すらもたない人間のように酒をおごってくれ、果実をおごってくれと懇願してくる。
酒と果実をおごるというまで彼らは、猫なでごえになったり、悪ぶってみたり、髪を優雅にかきあげたりと大サーカスのピエロよりも大忙しだった。
スパークリングワインを2本と果物のプレートを注文した。
果物はきれいに盛りつけられているが、水気が飛んでしなびている。
スパークリングワインを飲みたがっていたくせに、スパークリングワインの栓のあけかたが下手だった。
景気のよい音をたてたまではよかった。
白い気体とともに泡だった液体までもが景気よく流れだしている。
もったいない。スパークリングワインをこぼすなんて。
米ひとつぶのなかに神がたくさんいるように、スパークリングワインの泡のなかにいるであろう神にちかった。
男をかならず罰すると。
ウイスキー1本もキープした。そのウイスキーを飲んでもよいよと左右の男につたえた。
あびるようにウイスキーを飲む男たち。
ドブネズミのようにちょこちょこと動いていた舌が、オイルをさし忘れた歯車のようにさびついてきた。
ほっぺと目のまわりがほのかに赤くなり、二重まぶたが、三重にも四重にもなり目の半分をおおっている。
ころあいはよし。
私は帰ると、男たちに伝えた。
一流フランス料理店のウェイターのような姿をした男が、うやうやしく伝票をさしだした。
新社会人の初任給ほどの金額を請求された。
カードにて支払いをすます。
白檀の香りに包まれた男が扉がひらいてくれた。
柑橘類の香りに包まれた男が店の外までついてきた。
彼に今日はたのしかったと伝える。そして、また店によると伝えた。
男の目の奥底が、腐ったミカンのようにイヤらしく光った。
成人ビデオのパッケージを眺め、獲物を物色している男の目だ。
大通りにでてタクシーをつかまえると男につたえた。
男は、大通りまで見送るといった。
車の交通量の多い道にでるために、ビルとビルにはさまれた細い道を歩いている。
その細い道の人通りはすくない。
さらに、いまの時刻は丑三つ時だ。
その道のなかほどに、乳歯の前歯がぬけたようにポッカリとあいた空間が出現する。
昆虫や蛾をあつめるために、光っている自販機が3つ置かれている公園。
そのよこに、四川省にだけすむ竹をくう熊の姿を模した神具が置かれている。
その神具のシッポの色は実物のシッポの色とちがった。
なにかしらの神からのメッセージかもしれないが、未熟な私では理解できない。
酔いざましのためにスポーツドリンクを買うと男につたえる。
あなたのぶんも買おうか、とたずねた。
とうぜんのように飲むと男はいった。
自販機のまえにたつ。
どの飲料を飲もうかと思案する男。
肩かけのバッグをあけ、スタンガンを右手でとりだした。
スタンガンを男のわきばらへつきつける。
スタンガンを眺める男。なにが起こっているか理解できてない目。
スタンガンのスイッチをいれる。
「ッ」と男が声をあげる。
背中に丸い鉄球をぶつけられたように、三日月に男はそりかえった。
腕を十字に交差させ、男は地面にたおれこんだ。
地面にたおれこんだ男の眼球は、ハエの手のようにセコセコと動いている。
口はおおきく開かれており、唇はふるえている。
けれども、声帯をふるわせることができないのか声は聞こえてこない。
男のスーツのえりをにぎり、救世主のまえまでひきずる。
男の頭の位置を調整する。
男はまったく動けないようだ。
これから何がおこるのかわかっていない男の目は、サバンナに生きる草食動物の目によく似ている。
救世主に45度の角度で3㎏の衝撃をくわえる。
草食の熊の野生が目覚めた音が聴こえた。
ツートンカラーの顔が男の顔にせまる。
熊の牙ではなく、黒い鼻が、筋のとおった端正な男の鼻をくだいた。
男の声帯がすこしふるえた。
声帯がふるえた音よりも、ツートンカラーの熊に新しい色を塗りたてる音のほうがあたりに響きわたっている。
たっぷりの赤い墨をふくました筆でペチャッペチャッと塗りたてるような音だけが耳にとどく。
カンカンと硬質的な音が割れだす。
それも聴こえなくなり、救世主は動きをとめた。
黒と白、そして赤くそまった熊。
どす黒い赤をぬぐいさろうと、バッグからハンカチをとりだした。
「黒と白にあきていたから、このままでいいよ」と声がきこえてきた。
熊のつぶらな瞳に、ワイルドなハートがやどったように見えた。
私は熊の赤をそのままに、スタンガンの神通力にたしかな手ごたえをかんじ家路についた。
闇のむこうから、白く輝くレンズが私の姿をとらえていた。
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