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ラッキーの自分語り(後編) / 明日花の思い

※これは事実を元にしたフィクションです。
前回はこちら↓

須磨海浜水族園(スマスイ)は、リニューアルのため、2021年2月28日をもってラッコ館を含む大部分のエリアの営業を終了した。これに伴って明日花とラッキーは鴨川シーワールドに移動することになった。

僕はラッキー。スマスイで明日花と一緒に暮らしてるオスのラッコだよ!大きい鼻と長いまゆ毛がチャームポイント。好きなものは伊勢エビとホタテと氷!それと明日花ちゃん!

僕たちの暮らしているスマスイがリニューアルするんだって!まあ確かに、このプールのガラス面、いっぱい傷ついちゃってるしなあ…。これは先輩ラッコがつけていったものなんだけどね。昔はごはんにウチムラサキを殻ごとあげてたみたいで、どこで貝殻を割ったかって、ガラス面に叩きつけて割ったんだって!賢い!

……えっ?僕たちどうなっちゃうの!?

そういえば僕がスマスイに来た理由の一つに、マリンピア日本海のリニューアルっていうのがあったなあ。ラッコ水槽も工事するからラッコたちを移動させなきゃいけなかったんだよね。…ってことは僕たちも移動!?

「ねえ明日花ちゃん」
「ちゃん付けやめて」
「あ、ごめん、明日花。ここリニューアルするんだって。僕たちどうなっちゃうんだろう」
「ウチ知っとうよ。別の水族館に移動せんなんみたいやなあ」
「そんな…本当?また移動しなきゃいけないの?」
「そう。どこに移動するかはまだ分からんねんて。もしかしたら別々のところになるかもしれんなあ。」
「そんなあ…明日花と別れるのはイヤだよ…!!」
「そうなる可能性もあるっていうだけやで。そういえばウチ移動するの初めてやわ。移動はしんどいって聞いたけど実際どうだった?ラッキー。」
「移動は結構しんどいよ…。14の時に移動して辛かったんだから、22歳になった今はもう体がもつかどうか…。」
「せやな…。ウチももうすぐ22になるからなあ…。そう思ったらえらい年取ったもんやねえ。ラッキーは22やのに今でもウチのごはん横取りするし、ウチにしつこく構うし元気やなあ。このスケベじじい…」
「スケベじじいで悪かったよ…。」
明日花と一緒にいられなくなるのだけはイヤだな。

2021年2月3日、明日花は22歳になった。僕と同い年だね。明日花には元気で長生きしてほしいな。僕もずっと明日花と一緒にいたい。あ、おそろいで伊勢エビもらっておいしかったな。
ラッコ館が閉館するのは2月28日。たしかに最近お客さん多いような気がする。
閉館したらどこに行くのかな。明日花と一緒にいられるのかな。


たくさんのお客さんに包まれた最終日を過ぎ、3月1日になった。もうお客さんはやってこない。大勢いると騒がしくてしんどい時もあるけど、いなかったらいなかったで寂しいものだなあ。これから移動の準備が始まるんだろうなあ…。

「ねえラッキー。ウチらの移動先が決まったんやって」
「そうなんだ。どこなの?」
「千葉県の鴨川シーワールドっていうとこ。スマスイを運営する会社と関係あるんやって。昔はラッコが住んどったけど、もうおらんようになってだいぶ経つらしいわ」
「明日花と一緒…だよね?」
「安心して。ふたりで同じところやって。どっちかが先に死ぬまでいっしょにおったるわ」
「あーよかった。けど、明日花には先に死んでほしくないよ。」
「冗談やって」

移動の日。僕らはやっぱり狭いところに入れられて長時間移動だったよ。だけど飼育員さんは人間だから寒いはずなのに、たくさん着込んでずっと一緒にいてくれた。やっぱり信用できる人間だ。

鴨川シーワールドでは、お客さんの来ないところで過ごすことになった。静かだな。
飼育員さんもスマスイから一緒に来てくれた。僕たちのために引っ越してまで来てくれるのは人間の世界では結構大変なんだと思うんだけど、それをしてくれるんだから、すごいなあ。ただごはんをくれる人間じゃないんだよね。

お客さんが来ないから、僕たちは思う存分二人きりで過ごすことが出来た。明日花をいっぱい毛づくろいしてあげた。ときどき明日花が僕の毛づくろいをしてくれることもあった。嬉しかったな。


その日は突然やってきた。
僕の体が思うように動かない。意識が遠のいていく。飼育員さんは僕の手をぎゅっと握っている。
明日花の声が聞こえたような気がした。「待って…行かんとってラッキー…」

最後まで明日花と一緒に過ごせて、僕は幸せだったよ。


2021年5月9日、僕は空に還った。


明日花は長生きしてね。必ず迎えに行くから。


肉体を失ってからも、ときどき明日花の様子を見に来たりしていた。明日花は大体元気そうだった。
「明日花、元気にしてる?」
返事は返ってこない。見えてないし聞こえてないから仕方ないんだろう。
さみしいものだなあ。もっと一緒にいたかったな。僕のこと忘れちゃったのかな…。


今日はとてもびっくりした。サンタさんが僕に会いに来た。クリスマスには僕たちはいつもごちそうをもらえるっていうのは知ってたし、その時だけ飼育員さんが真っ赤な服を着てたから、サンタさんのことは知ってた。けど本人に会ったのは初めてだ。

「クリスマスにはわしのところに手紙が届いて、クリスマスイブの夜にプレゼントを配るんだよ」
「そうなんだ」
でもどうして僕のところに来たんだろう。何の用なんだろう。
「ラッキーくん。これを見たまえ」
サンタさんが僕に手紙を渡した。そこにはこう書いてあった。

ラッキーに会いたい
明日花

「ううぅ……明日花ちゃん……!!」
僕は涙せずにはいられなかった。もう身体はないはずなのに。
「今日はこの手紙を君に渡しに来たんだよ。どうだね、わしの代わりに明日花のところに行ってやるのはどうかな?」
「行きます!!」


クリスマスイブの夜。明日花のもとにサンタさんの代わりにやってきた。
明日花を見るといてもたってもいられなくて、かつてのように明日花に抱きついた。

「明日花ちゃん!ありがとう!ラッキーだよ!やってきたよ!」

明日花は少し苦しそうにしていた。せめて僕の夢を見てくれたらいいな。

僕はとても幸せ者だったな。

(おわり(たぶん))


【明日花の思い】

ラッキーなあ。ウチも一緒に過ごせて嬉しかったで。最後までしつこかったけどな。なんやかんやでウチはラッキーのこと愛しとうよ。
クリスマスプレゼント…ちょっとさみしかってん。ラッキーがおらんのが。会えへんって分かっとるけど、ラッキーに会いたかった。そう思ってしもうた。

けどな、イブの夜見たのは昆布のお化けに抱きつかれて首絞められる夢やった…

ちゃんと会いに来いよ!!待っとったのに!!

(おわり)


(追記)
好評につきアンコールを書きました。こちらからどうぞ↓

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