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タイトル:夜明けを告げる花火

 街は新年の足音を迎えようとしていた。クリスマスの装飾がまだ残る商店街や駅前の広場は、大晦日のカウントダウンを待ちきれない人々の熱気に包まれている。きらびやかなイルミネーションと賑やかな音楽が、まるで「今年は終わるのが惜しい」とでも言いたげにきらめいていた。

 そんな華やぎの中を、篠原千夏(しのはら ちなつ)はマフラーをぎゅっと握りしめながら歩いていた。高校三年生の彼女は、年が明けるまであと数時間という今になっても、参考書の重みが詰まったリュックを背負っている。冬休みだというのに、まるで息つく暇もない受験勉強――街の歓声は遠くの出来事のように聞こえ、楽しげな人々の姿がどこかまぶしく感じられた。

「はぁ……こんな時期なのに、全然お祭り気分になれないや」

 千夏は軽くため息をつき、商店街の角を曲がる。そこに掲げられた大きな幟(のぼり)には「年末セール」と書かれ、年の瀬の浮かれた空気をさらに煽っている。SNSを開けば、クラスメイトの笑顔や忘年会の様子が洪水のように流れてくる。
 ――私だけ取り残されてるんじゃないかな。そんな思いが、胸の奥でじわりと広がっていった。


 家に帰ると、リビングから紅白歌合戦の音が聞こえてくる。キッチンでは母が年越しそばの準備をしているようで、出汁の香りが食欲をそそった。しかし、千夏は勉強を理由に自室へ向かい、机に向かって化学の参考書を広げる。勉強に集中するしか、自分の気持ちを紛らわす術がなかった。

「あと少し、あと少し……受験が終われば自由になれる」

 自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、千夏は参考書のページをめくる。けれど、頭にはどこか空白ができていて、問題の意味がすんなりと入ってこない。胸の奥にある“もやもや”が完全に散らせずにいた。

 ふと、スマホの画面が光った。軽い気持ちでSNSを覗いてみると、目に飛び込んできたのは一之瀬優(いちのせ ゆう)の投稿だった。


「今年もいろいろあったな。最後に誰かの顔を見たい気がする」

 そんなコメントとともに、河川敷で撮影した夕暮れの写真がアップされている。淡いオレンジ色の空が、水面に反射して静かに広がっていた。一之瀬優――千夏の同級生であり、同じ部活で切磋琢磨(せっさたくま)した仲でもある。もともとは気さくで明るく、みんなから頼られるリーダー的存在だったが、受験を意識し始めた秋ごろからは部活も引退し、顔を合わせる機会がめっきり減ってしまった。

 気まずくなったわけでもない。けれど、お互い忙しさに追われるうちに、次第に距離ができてしまったのだ。かつては気軽に連絡を取り合っていたのに、今ではお互いの投稿をSNSで眺めるだけ。そんな状況に、千夏は小さな胸の痛みを感じた。

「……最後に誰かの顔を見たい、か。もしかして、私のこと……ではないよね」

 ぼんやりとつぶやいたその声は、机の上の参考書に吸い込まれるように消えた。紅白歌合戦が最高潮に向かうらしく、リビングから聞こえる拍手や歓声が一段と大きくなる。なんとなく落ち着かない気持ちでSNSのタイムラインを更新すると、新着メッセージの通知が目に留まった。差出人は――一之瀬優本人。

「今、時間ある? もし大丈夫なら少し会えないかな?」

 それだけの短い文章。けれど、千夏の胸は一気に跳ね上がった。こんな時間に呼び出されるのは非常識かもしれない。けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、どこかで「やっと連絡をくれた」という安堵感すら覚えていた。悩んだ末に、千夏は返事を打ち込む。

「……わかった。いつもの公園でいい?」


 千夏が公園に着いたのは、夜の11時半頃。街の年越しイベントが盛り上がっているのか、遠くからは時折、花火か爆竹のような音が聞こえてくる。けれど、公園にはほとんど人影がなかった。かすかな街灯に照らされた雪がひっそりと広場を覆い、寒さが肌を刺す。

 ベンチの近くに立っていた一之瀬は、千夏の姿を見つけると、ほっとしたように手を挙げた。いつもの快活な笑顔より、少し緊張感が混じった表情だ。

「……こんなに寒い夜に呼び出してごめん。受験生には迷惑だよな」

 一之瀬が申し訳なさそうに口を開くと、千夏は首を振って否定した。

「ううん。むしろ、気分転換になったかも。それより……こんな時間にいったい何の話?」

 雪が小さく舞い降りる中、二人は並んでベンチに座る。互いに視線を合わせられないでいると、遠くからカウントダウンの歓声が響き渡り、街のどこかで打ち上げられた花火の音が夜空にとどろいた。

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