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第一幕:再会と絆の芽生え




玲珀は目の前に立つ人間の男を、言葉を失って見つめていた。琥珀の森は仙界の領域であり、人間が立ち入ることはあり得ない。それどころか、仙界の存在を知る者すらほとんどいないはずだった。


男は、疲れ切った表情で玲珀を見上げた。その目に宿る光は、どこか懐かしさを漂わせている。


「ここは……どこだ……?」


彼の言葉は玲珀には奇妙に響いたが、どこか心の奥深くに触れるような感覚を呼び起こした。


玲珀は慎重に問いかけた。「あなたは……誰? どうやってここに入ったのです?」


男は肩で息をしながら、自分の周囲を見回した。神秘的な木々、漂う琥珀色の霧、そして中心に立つ巨大な琥珀樹。彼は言葉を失い、呟いた。


「これが……仙界なのか?」


玲珀の目がわずかに見開かれた。仙界という言葉を知る人間など、存在するはずがない。彼女は警戒心を抱きながらも、男の存在が森に干渉していることに気付いた。琥珀樹が微かに震え、その輝きが増しているのだ。


「何者か分からない人間をここに置いておくわけにはいきません。すぐに森から出て行ってもらいます。」


玲珀はそう言うと、男に近づき腕を掴もうとした。しかし、その瞬間、彼女の手が触れる前に男の目が不意にかすかな光を帯びた。



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記憶の断片


修岷の視界がぼやけ、頭の中に突如として映像が流れ込んできた。それは彼が知るはずのない、別の時代の光景だった。


壮麗な宮殿、満天の星空の下で咲き誇る琥珀の花々。そして、その中で微笑む一人の女性。その姿は目の前にいる玲珀に重なった。


「……君を……知っている気がする。」


修岷は自然に口から出たその言葉に、自分でも驚いた。玲珀は眉をひそめ、その場から一歩引いた。


「何を言っているの? 私があなたを知っているはずがない。」


玲珀の声は冷静だったが、その胸の奥にかすかな不安が広がる。彼の視線に、自分の記憶の奥底を揺さぶる何かがあったからだ。琥珀樹が震えるたびに、玲珀の胸中にもざわめきが生じる。


「いや、確かに……昔、どこかで君に会ったんだ……。でも、どうして思い出せない?」


修岷は頭を抱え、記憶の断片を必死に掴もうとした。玲珀はその言葉に動揺しながらも、冷静さを装い答えた。


「あなたが見ているのはただの幻想。ここは人間の来るべき場所ではないのです。今すぐ立ち去らないと——」


玲珀が言葉を続けようとした瞬間、琥珀樹が突然眩い光を放った。樹の表面に浮かび上がった古い刻印が鮮明になり、玲珀と修岷の両者に届く声が響いた。それは風の音にも似た、遠い記憶を呼び覚ますような不思議な響きだった。



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琥珀樹に刻まれた約束


玲珀は琥珀樹に刻まれた文字を目にし、息を呑んだ。そこに浮かび上がっていたのは、千年前に刻まれた「約束」の断片だった。


「来世で、必ず約束を果たす——」


玲珀の胸が強く締め付けられた。その言葉に覚えがある。それは、自分の記憶に眠る遠い過去、封じられた感情と結びついているように感じられた。だが、それが何なのかは思い出せない。


「これは……?」


修岷もその刻印に引き寄せられるように近づいた。玲珀は咄嗟に彼を制止しようとしたが、彼が琥珀樹に触れると再び光が強まった。そして、修岷の中にある前世の記憶が少しずつ蘇り始めた。



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長老会の警戒


そのころ、仙界の中心にある長老会の館では、玲珀の森で起きた異変が早々に報告されていた。琥珀樹に人間が触れたことで仙界全体に生じた微細な揺れが、長老たちの注意を引いていた。


「人間が琥珀の森に迷い込んだというのか?」


長老の一人が低い声で問いかけた。長老会の中でも特に厳格な意志を持つ夜煌(やこう)は、深い皺を刻んだ顔に険しい表情を浮かべていた。


「この事態を放置するわけにはいかぬ。玲珀は琥珀樹の守護者であるが、彼女の判断に任せるのは危険だ。何としてもその人間を排除せねばなるまい。」


夜煌の提案に他の長老たちが同意する。彼らは琥珀樹の力が人間によって引き出されることを恐れていた。


「玲珀にはすぐに指示を出せ。もし人間が琥珀の森に留まり続けるならば……処置を取るまでだ。」



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玲珀の混乱


玲珀は、目の前で記憶の断片に苦しむ修岷を見つめながら、その場からどうすべきかを判断できずにいた。彼の存在が琥珀樹を揺るがし、仙界そのものに影響を与えることは明らかだった。しかし、玲珀自身が彼に引き寄せられる感覚を拭い去ることができない。


「あなたは……誰なの? 本当に、ここに来た理由を知らないの?」


玲珀の問いに、修岷は苦しげな顔をしながら答えた。


「分からない。でも、ひとつだけ言えることがある。君と出会ったことに……意味がある気がする。」


玲珀はその言葉に動揺したが、何も言えなかった。ただ、琥珀樹に記された「約束」の刻印が、彼女の胸を締め付けるばかりだった。


物語の歯車は、確かに回り始めていた。

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