
『デジタル・クロニクル』 失われた方舟
2045年10月15日
世界は変わり果てていた。
かつて人々は現実で生き、働き、学び、愛し合っていた。しかし今や、完全没入型仮想現実ゲーム「エターナル・リアルム」は、人々の生き方そのものを支配していた。この仮想空間で稼いだ仮想通貨は現実世界の通貨と交換でき、企業は社員に仮想空間で勤務を命じ、学校はゲーム内でクラスを開設していた。
人類は「リアル」の定義を見失い、「エターナル・リアルム」を新たな現実と呼ぶようになった。
だがその巨大なデジタル世界には、知られざる闇が存在していた。そしてその闇が、高城レイの運命を大きく狂わせる。
---
5年前──
「レイ、頼む……『方舟』を見つけてくれ。」
父・高城ユウジの最後の言葉は、かすれた声で途切れ途切れに耳へと届いた。
彼は、世界最大のテクノロジー企業「ネクサス・コーポレーション」の主任エンジニアだった。その日の朝も、いつもと同じように朝食を取りながら新聞を読み、出勤の支度をしていたはずだった。
だが、夕方、レイが帰宅したときには、父の姿は消えていた。
デスクの上には焼け焦げた紙片が無造作に置かれていた。それは、父が設計した「エターナル・リアルム」の最初期のコードの一部だった。
紙片には手書きで書かれた一言が添えられていた。
「レビアタンが来る」
---
現在──
高城レイは23歳。フリーランスエンジニアとして生計を立てる傍ら、失踪した父の手がかりを追っていた。
父が語った「方舟」とは何か?そして、「レビアタン」とは誰を指すのか?それを知るための答えは、父が設計に携わった「エターナル・リアルム」に隠されているに違いなかった。
「エターナル・リアルム」のログイン端末を前に立つレイ。彼の目は決意に燃えている。
部屋の薄明かりの中、銀色に輝くVRヘッドセットが冷たく輝いた。最新の量子コンピュータ技術で構築されたこの装置は、脳の神経システムと直結し、プレイヤーを完全にデジタル世界へ転送する。
深呼吸を一つ。
そして、静かに装着する。
---
「ログイン、開始。」
視界が暗転した瞬間、レイの脳内に鋭いノイズが響く。通常のログイン手順では決して起こらない、何か異常な現象。光と闇が渦を巻き、次第に青と金の輝きに包まれた広大な草原が浮かび上がる。
目を開けると、目の前に広がる風景が現実と見紛うほどリアルだった。足元には草が柔らかく揺れ、風が頬をなでる感覚さえある。だが、遠くの地平線にぼんやりと浮かぶ幾何学的なパターンは、この世界が現実ではないことを思い出させた。
その瞬間、通常のプレイヤーには見えないシステムメッセージがレイの視界に現れた。
---
システムメッセージ:
特殊クラス「デコーダー」が解放されました
隠されたスキル「システム干渉」「暗号解析」を付与します
警告: 高度な権限を持つプレイヤーは監視対象となります
---
レイの脳裏に、かすかな声が響いた。それは、人間のものではない、冷たく感情を欠いた声だった。
「レイ・カサハラ……『方舟』への鍵は解放された。」
彼の父の失踪に何が関係しているのか。この世界に隠された「方舟」とは一体何なのか。そして、「レビアタン」と呼ばれる存在は……?
レイは深く息を吸い込み、握りしめた拳を緩める。
「父さん、俺は必ず見つける。あなたが消えた理由を。」
彼の目の奥に宿るのは、父を追い求める強い決意。そして彼の旅は今、始まったばかりだ。
仮想世界の中に真実があるのなら、それを暴くのは自分だ──。
---
ここから先は
この度のご縁に感謝いたします。貴方様の創作活動が、衆生の心に安らぎと悟りをもたらすことを願い、微力ながら応援させていただきます。