ミスター「ゼロ」#3 『サムライソウル』
みなさん、こんにちは。
結果的にミャンマーに魅せられた男、オリバーの安谷です。
この物語は、株式会社オリバーインターナショナルで勤務するわたくし安谷が、ミャンマーから特定技能実習生を日本に招聘する業務で、生まれて初めての海外生活で七転八倒するお話です。
海外戦闘力「ゼロ」安谷の奮闘を包み隠さずお伝えする事で、海外赴任を控えている方、外国人とのコミュニケーションに自信のない方、全てに自信がないと落ち込んでいる方などに、謎に勇気をお届けできたらいいなと思っております。
決断
午前7時32分
安谷は誰もいないオフィスにいた。
「スターバックスラテ」も「チョコレートチャンクスコーン」もない。
安谷は何もせず、ただ静かにデスクに座っていた。
昨夜の家族会議で日本残留の糸口が絶たれ覚悟を決めた安谷は、壁掛け時計をじっと睨みながら、9時に出社する社長の到着をただ待っていた。
窓の外は快晴。
少し開いた窓から、心地よい風とともに金木犀の香りがオフィスに広がっていた。
社長からの辞令直後、社内では「安谷ミャンマー赴任」はちょっとした話題となり、プチブレイクしたお笑い芸人のように、出会う同僚・上司部下などからしきりに「頑張ってきてね!」と声をかけられていたが、現在ではすっかり
「あれ?まだいるの?」という冷たい空気が、金木犀の香りより強めに広がり始めていた。
安谷はその冷たい空気を感じないふりをしていたが、心の奥ではしっかりと刺さっていた。
かつては頼れるホープとして周囲に慕われ(ていたと思う)、重要なプロジェクトの中心にいた自分が、今や半ば「過去の人」として扱われている。
この無言の疎外感が、安谷にとっては何よりも辛かった。
「ミャンマーか・・・・」
つぶやきが自然に口から漏れた。
海外での生活は安谷にとって未知の領域だった。
異文化での生活、家族との別離、そしてミャンマーという国で本当に仕事で成果を出せるのかという不安。
頭では理解しているが、心は全くついていかない。
しかし、日本に留まれる可能性がなくなった以上、もはや選択肢はない。
・・・はずなのに、辞退して逃げたい気持ちが最後まで押し寄せてくる。
覚悟を決めなければならない、と何度も自分に言い聞かせていた。
ふと、机の引き出しに手を伸ばした。
古い写真が一枚しまわれていた。
それは新卒時代に撮ったものだった。
若かった自分と当時の仲間たちが、オフィスで笑顔を浮かべている。
希望と夢に満ちあふれていた頃の自分を思い出し、少しだけ目頭が熱くなった(完全に自己陶酔&現実逃避)
「あの頃の自分だったら、ミャンマー赴任をどう受け止めるだろうか・・」
思いを巡らせるが、答えは出ない。
今の自分が選ぶ道だからこそ、後悔はしたくなかった。
時計は8時を過ぎ、社長の出社まで残り1時間を切った。
社長に会ってから何を話すべきか、安谷は頭の中でシミュレーションを繰り返しながら「家族の反対があって…」「会社の判断は理解しているが…」いくつもの言い訳が浮かんでは消えていくが、最終的には「行くしかない」という結論にたどり着いてしまう。
突然、オフィスのドアが開いた。
お掃除のおばちゃんが、驚いた様子で安谷を見つめていた。
「あ、ごめんなさい。まだ誰もいないかと思って…」
「いや、大丈夫です」と安谷は軽く微笑んだ(表情ジャワカレー反町)
おばちゃんは礼儀正しく頭を下げ、静かに部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、安谷は再び深いため息をついた。
周囲からの疎外感だけでなく、自分自身に対しても、どこか違和感を感じているのだ。
オフィスという「かつての居場所」が、今やどこか遠い存在に感じられるようになっていた。
8時30分、、、8時45分。社長が来るまであと少しだ。
安谷は立ち上がり、窓際に近づいた。外の青空はまるで安谷の迷いを嘲笑うかのように広がっている。
もう一度、心の中で覚悟を決め直す。
何があろうとも、自分の選んだ道を進むしかない。
「9時が来たら…」そう思った瞬間、背後からドアの開く音が聞こえた。
ついに社長が来たのだ。
サムライソウル
「おはよう、安谷君。早いな」と、社長は軽い調子で挨拶をしてきた。
まるでミャンマー赴任なんて、スーパーに牛乳を買いに行くか?もしくは忘れているのでは?という雰囲気だった。
「お、おはようございます…」
安谷は、ちょっと声が裏返った。
社長は気にせずデスクに向かい、コートを脱いで椅子にかけると、すぐに業務モードに入ったかのようにデスクトップを操作し始めた。
安谷は少しの間、立ち尽くしてしまった。
今だ!今言うんだ!!
そう自分に言い聞かせてはいるものの、言葉が出てこない。
「さて、どうだ?」社長が急に顔を上げた。
「ミャンマー、楽しみだろ? 気候も暖かいし、現地のご飯は美味しいらしいぞ。ほら、スパイシーなやつ。」
いや、そんなことを聞きたかったんじゃない!!
安谷の心は叫んだ。
だが、口から出たのは「ええ、まあ…」という、またもや中途半端な返事。
「まあ、それはさておき」社長は軽く手を振って、笑いながら続けた。
「で、準備はどうだ?奥さん何か言ってるか?」
ここが正念場だ。安谷は一瞬深呼吸をしてから、ようやく重い口を開いた。
「社長、今一度お話させていただきます!」 安谷は勢い良く話した。
背筋をぴんと伸ばし、まるで軍人か戦国時代の武将が出陣前に語りかけるような姿勢だ。
社長は少し驚いた様子だったが、安谷の緊迫した様子に気づき、興味深げに腕を組んだ。
「私、安谷は、この程度のミャンマー赴任を承諾させて頂きます!
家族の事情や、個人的な不安は確かにあります。
でも、サムライにとって大事なのは、己の信念、そして主君への忠誠!
それが、私の生きる道です!」
社長はその言葉に一瞬戸惑ったが、次第に微笑みが浮かんだ。
「安谷君、で、なぜサムライなんだ?」
安谷は真剣な顔つきで、深い深呼吸をした。
そして、手を拳にして胸の前で握り締めた。
「私もこの困難な状況において、ミャンマーへの道を一つの試練と捉え、挑戦するサムライの如く乗り越えようと決意を固めました。 家族のことは確かに気がかりですが、会社のさらなる発展のためにミャンマーに赴こうと思います!」
感情の高ぶりも相まって、サムライを超越し、令和のチェ・ゲバラかと思うような謎の革命家的宣言になっていた。
「うん、、、そこまでの覚悟があれば、君ならきっとやり遂げられるだろう。
でも、サムライにも柔軟さは必要だぞ。くれぐれも無理しないようにな。」
激動の数ヶ月ではあったが、こうしてあっさり安谷のミャンマー赴任が決定し、運命の歯車が回りはじめた。