ミスター「ゼロ」#5 『ジェットストリーム』
みなさん、こんにちは。
結果的にミャンマーに魅せられた男、オリバーの安谷です。
この物語は、株式会社オリバーインターナショナルで勤務するわたくし安谷が、ミャンマーから特定技能実習生を日本に招聘する業務で、生まれて初めての海外生活で七転八倒するお話です。
海外戦闘力「ゼロ」安谷の奮闘を包み隠さずお伝えする事で、海外赴任を控えている方、外国人とのコミュニケーションに自信のない方、全てに自信がないと落ち込んでいる方などに、謎に勇気をお届けできたらいいなと思っております。
出国
午前8時32分。
サングラスをかけた安谷は成田空港駅にいた。
成田エクスプレスからスーツケースを引きずりながら、あたかも「海外渡航ベテラン風」の所作で空港に入った。
自宅近くのターミナル駅からリムジンバスで約2時間30分。
早朝からの移動ではあったが、不思議と眠さは全く感じない。
事前にネットで調べた通り、第1ターミナル南ウイング3階のタイ国際航空のチェックインカウンターを迷わず目指した。
「国際空港ってやっぱり広いなー」(100%純粋お上りさん)
安谷は初めての国際線ターミナルをキョロキョロ見渡しながら歩いた。
タイ国際航空のチェックインカウンターに近づくと、安谷の目に謎の長蛇の列が目に入ってきた。
「おお!すごい人気の便だなー バンコク行きかな〜」
この人気便の行き先を知りたくなった安谷は、興味本位で長蛇の列が繋がっている先頭まで行ってみた。
長蛇の列は「Yangon」と書かれたカウンターへとつながっていた。
「!?!? えっ!!マジで!??これヤンゴン行きの列??」
国際線のチェックインではよくある光景だが、ネット情報に従って、出発3時間前で超余裕を持ってきたつもりだった安谷には、衝撃的な焦りが発生した。
「おいおいマジか!これ搭乗時間に間に合うのか??」
「軽く朝食を済ませて空港散策でもするか、、」っと呑気に構えていた気持ちは一気に吹き飛び、安谷は千の風になって列の最後尾に走った。
列に並ぶと、周りはミャンマー人と思われる方々で(当然と言えば当然)、
もはや日本語での会話は全く聞こえてこない。
聞き慣れないミャンマー語と一向に進まない列の中で、安谷にふとした疑念が湧いてきた。
「この列って本当に俺が搭乗する便なのか?」
先程間違いなく「Yangon」という掲示板を確認したのだが、もしかしたら気が動転して見間違ったのかも?という疑念が頭から離れなくなった。
空港スタッフに確認したいのだが、この列から離れて最後尾に行きたくないし、でももう一度確認はしたいという究極のジレンマと激闘しながら、気づけば30分が経過した。
「もしミスって乗り遅れたら、本気でクビになるかもしれない」
誰にも相談できない状況の中で、安谷は自分の心拍数があがってくるのをはっきりと感じていた。
(※列に並んでいる人に得意のGoogle翻訳で聞けば良いだけなのに)
1時間後。
なんとか無事搭乗手続きを完了させ、マクドナルドで安堵の朝食を食べる安谷の姿があった。
この後、手荷物検査と出国手続きでも長蛇の列が待っているとも知らず、優雅にソーセージエッグマフィンを頬張っている安谷は、先ほどの焦りをすでに忘れ、困難を乗り越えた自分を褒めてあげたい気持ちを抑えきれず、再びサングラス姿でビシネスエリート風を吹かせていた。
安谷のソーセジエッグマフィンの持ち方は、某キムタクと同じ持ち方になっていた。
ジェットストリーム
タイ国際航空ヤンゴン行き搭乗ゲート。
安谷は搭乗券を強く握りしめて、搭乗客の最前列に仁王立ちしていた。
空港に到着して以来幾多の困難に打ち勝って、安谷は無事搭乗ゲートに辿り着いていた。
「もうヒヤヒヤするのはごめんだ」
安谷は華やかな免税店やコーヒーショップには目もくれず、確実に出発便に乗ることだけを考えて、搭乗開始アナウンスが始まるはるか前からゲート入り口を陣取っていた。
もちろんサングラスは外している。
「窓側 、23A」を呪文のように頭の中で復唱していた。
しばらくすると搭乗開始のアナウンスが流れ、安谷の後ろに長い列ができた。ビジネスクラスの乗客を先に通し、ついに安谷は案内されながらゆっくりと機内へ進んで行った。
「いよいよ日本ともお別れか…」
日本を離れる感傷に浸りつつ機内に入った安谷は、手荷物を座席上ロッカーに入れてから、ゆっくり静かに23Aに座った。
「俺も世界を相手にがんばるんだ」
安谷は、窓の外に整然と並んだ世界中から飛んできたであろう各国の航空機を眺めながら、静かに熱い誓いを立てていた。
しばらくして、誓いモード安谷に隣に座った人物がsにこやかに話しかけてきた。
「コンニチワー」
派手なアロハシャツにサングラスをかけた中年のミャンマー人らしき男性が、片言の日本語で話しかけてきた。
「あっどうも、こんにちは」
安谷は一応挨拶を返した。
アロハおじさんは大きく頷き、笑顔で話を続けた。
アロハおじ「あなたはUFOを見たことはありますか?」
安谷「?? UFO…ですか?」
安谷は思わず聞き返したが、男性は真剣な表情で頷いた。
安谷は内心「変な人に捕まったな」と思いつつも、適当に相槌を打つことで話を切り上げようとした。
安谷「いえ、、見たことはありませんね」
アロハおじ「では、、あなたはUFOですか?」
安谷「・・・いえ、私は違います」
日本語を間違えているだけなら良いけど、そうじゃなければ結構やばい奴だぞ。
アロハおじ「実はね、私はこれまでにも世界中でUFOを見てきたんだ。
タイでは空飛ぶ象型のUFOを見たし、フィリピンではバナナ型のUFOが…」
バナナ型のUFOの話が始まったあたりで、安谷は窓の外に目を向けた。
アロハおじさんが1人でUFOを熱く語るのを背中で感じながら、しばらく見ることができなくなる日本の風景を窓から眺めていた。
このアロハおじさんとの出会いが、のちに安谷の運命を大きく動かすことになるとはこの時まだ彼は知らなかった。
アロハおじさんのUFOトークが続く中、飛行機は静かに動きだした。
そして滑走路に入ると、一気に加速し離陸した。
あっという間に地上は遠のき、飛行機は上空のジェット気流に押し出されるかのように、南西の空へ徐々に高度を上げていった。
安谷は目を閉じて大きく深呼吸をした後、再び窓から外の景色に目をやった。
水平線の彼方に、房総半島がうっすら横たわっていた。