ミスター「ゼロ」#2 『夜空ノムコウ』
みなさん、こんにちは。
結果的にミャンマーに魅せられた男、オリバーの安谷です。
この物語は、株式会社オリバーインターナショナルで勤務するわたくし安谷が、ミャンマーから特定技能実習生を日本に招聘する業務で、生まれて初めての海外生活で七転八倒するお話です。
海外戦闘力「ゼロ」安谷の奮闘を包み隠さずお伝えする事で、海外赴任を控えている方、外国人とのコミュニケーションに自信のない方、全てに自信がないと落ち込んでいる方などに、謎に勇気をお届けできたらいいなと思っております。
座礁
最寄り駅から自宅までの道のりを、緊張で高まる胸と荒れる呼吸を整える為、iQOS本体を手中で隠し、口を窄めながら高速で煙を吐き出し煙を薄め、他人からiQOSを吸っている事を悟られない「奥義」を駆使しながら、あえてゆっくり歩いて帰宅した。
(注釈:安谷の地元では、駅前周辺以外は路上喫煙禁止地区に指定されていないが、歩きタバコは当然モラル違反)
妻は不在だった。
部屋の様子から、妻は恐らく夕食の買い出しに出ているようだ。
最寄り駅からゆっくり歩いた事、またiQOS連続吸いのおかげで、心の焦りは少しは軽減しているようだった。
男らしく、かつ大人の振る舞いで妻に海外赴任の話を伝え、最終的に妻から涙ながらに「あなた行かないで!」を引き出す緻密な計画、通称AID計画(あなた行かないで計画)は実行されようとしていた。
(安谷脳内イメージトレーニング)
妻「あれ?今日帰ってくるの早いじゃない。私うれしい!」
安谷「おお、そうか(微笑み) 今日の晩飯なにかな?」
妻「あなたの好きなカレーよ」
安谷「おお、いいね〜(表情 反町隆史 ジャワカレーCM参照)
じゃあ先にお風呂にするけど、夕食の前に少し話があるから時
間いいかな?」
妻「え??、、、大事な話、、、??」
安谷「そうだね。2人の将来に関わる大事な話だよ(優しくも真剣な眼差し)」
妻「、、、わかった。じゃあすぐにお風呂を沸かすね(動揺を押し殺す感じ)」
我ながら完璧なスタートだ。
スタートさえうまくいけば、あと自然とジャンプ台まで加速してk点超えジャンプ=「あなた!いかないで!」を引き出し、余裕のテレマークを決めれるだろう。
安谷は頭の中で繰り返しイメージトレーニングを行いながら、妻の帰りを待った。
1時間後、妻帰宅。
妻「あれ?今日帰ってくるの早いじゃない。 どうしたの?」
安谷「おお、そうか(微笑み) 今日の晩飯なにかな?」
妻「え?・・・・・なんか気持ち悪いけど何?」
安谷「あっえっ、、いやっ、、、おっお風呂にするけど、夕食の前に少し話があるから時間いいかな?」
妻「はあ? 今話してよ。 何? まさか会社クビにでもなった?」
安谷「えっ あっ いやっ ふっふたりの将来に関わる大事な話だよ(大汗)」
妻「じゃあなに?」
安谷「まあまあ、飯の前にゆっくり話すよ、、(開く瞳孔)」
妻「いいから今話してよ!!」
安谷「いやっ あのっ 話す順番とかもあるし、、、」
妻「はあ?じゅんばん〜!!?(表情 かたせ梨乃 極道の妻たち参照)
AID計画はかたせ梨乃ご出演により、まるで進水式で勢いあまってダイレクトに巨大氷山に激突したタイタニックのように、急速に破綻へと突き進んでいた。
夜空ノムコウ
数時間後。
AID計画はすでに海のもずくとなっていたが、沈没した船内のような息苦しさの中、安谷はミャンマー赴任辞令の話を妻に話し終えていた。
結果、妻は大賛成。
赴任手当で若干給与アップする事で妻は完全にお祝いムードになっていた。
「海外赴任 給与上昇! 熱烈歓迎!! 謝謝!!!」
旧正月の横浜中華街で、爆竹で熱狂乱舞する唐獅子と同レベルのテンションで食事の後片付けをする妻をよそに、タイタニック安谷は1人2階ベランダでiQOSを吸っていた。
無表情、、、いやっさらに無に近い「真空表情」で夜空を見つめていた。
「何故こうなったのかな?」
「どこで俺は間違えたのかな?」
「人生うまくいかないなあ」
「そもそも人生ってなんだろう?」
「宇宙ってなんだろう?」
取り止めもない考えを巡らせながら、社長直々に海外赴任指名されながらも、愛する妻の反対により渡航を断念し、その後華々しく日本で活躍して若い女子社員からの熱い視線を背中に受け、朝のスターバックスを軽快に飲む輝かしい未来が完全に吹き飛んだ現実を、安谷は静かに受け入れようとしていた。
夜の風は心地よく、空には街の明かりでぼやけながらも、うっすらと星が輝いていた。
安谷は星を見上げていた。
ただ星を見ていた。
東の空がうっすら明るみ、決断の朝が訪れようとしていた。