
神話から舞台へ、その起源と発展〜古代ギリシャ演劇〜
こんにちは、トゥインクルコーポレーション所属、パントマイムアーティストの織辺真智子です。今日は、古代ギリシャ演劇の歴史をご紹介します。
古代ギリシャ、それは人類の英知が結晶した時代であり、演劇もまた、市民の生活に欠かせない文化として花開いていました。
古代ギリシャ時代の演劇は、宗教的な儀式から出発し、次第に喜びも悲しみも抱えた人間社会の縮図として、ギリシャ人の魂を映し出す鏡となっていきました。また、古代ギリシャでは、教育に力が注がれていました。特に男性市民には詩や哲学、歴史などが教えられる中、演劇も教育の一環と位置づけられ、多くの市民が観劇を通じて社会問題への関心を高め、批判的思考を育みました。
一方、パントマイムの起源は舞踊にあり、身振りと音楽によって物語を表現する芸術として発展していきました。しかし、やがてパントマイムは演劇の世界にも取り入れられ、俳優たちは台詞だけでなく、身体表現でも登場人物の感情を巧みに演じるようになりました。
パントマイムの歴史を知るための重要な背景となる、古代ギリシャの演劇の起源をみていきましょう。
神々への捧げ物から芸術の最高峰へ
古代ギリシャの演劇は、豊穣と酒の神ディオニュソスを讃える宗教的な祭礼に端を発しました。当初は神官たちによる雄大な合唱から始まり、やがて俳優を加えることで、より洗練された芸術へと発展を遂げていったのです。祭りは「小ディオニュシア」と「大ディオニュシア」に分かれ、特に春に行われる大ディオニュシアでは、著名な劇作家たちによる新作が披露されました。
悲劇と喜劇、葛藤と風刺
古代ギリシャ演劇の黄金時代を築いたのは、三大悲劇詩人と呼ばれるアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスでした。彼らは神話の世界を通して、人間の運命や正義、愛憎といった根源的なテーマを深く掘り下げました。登場人物の苦悩や葛藤が織りなす重厚な人間ドラマは、観客の感情を揺さぶり、人生の深淵に迫る問いかけを投げかけたのです。
悲劇とは対照的に、喜劇は笑いを通じて社会への風刺を込めました。政治家や社会的慣習を茶化し、戦争や貧困といった問題を痛烈に皮肉る。喜劇作家たちは、庶民の代弁者として民衆の共感を呼び、時に下品で大胆な笑いで、人々の心の葛藤を浄化したのです。
代表的な古代ギリシャ演劇作品
古代ギリシャ演劇には多くの名作がありますが、代表的なものをいくつか紹介します。
ソフォクレス『オイディプス王』
ソフォクレスの『オイディプス王』は、運命の皮肉を描いた古代ギリシャの悲劇です。テーバイの王オイディプスは、自分の出生の秘密を知らぬまま、かつて道で出会った見知らぬ男を殺し、テーバイの王妃と結婚します。しかし、町を襲う疫病の原因を追究する中で、衝撃的な真実に直面します。オイディプスは、自分が殺した男が実の父ライオスであり、妻として子をなした女性が実の母イオカステだったことを知ります。この恐ろしい発見により、イオカステは自殺し、オイディプスは自らの目を潰して追放の身となるのです。
エウリピデス『メデイア』
エウリピデスの『メデイア』は、愛と復讐をテーマにした強烈な悲劇です。メデイアは、夫イアソンのために故郷を捨て、魔法の力で彼を助けてきました。しかし、イアソンは出世のために王女と結婚しようとします。裏切られたメデイアは激しく怒り、恐ろしい復讐を企てます。まず、イアソンの新しい妻とその父である王を毒で殺します。そして最後に、イアソンに最大の苦しみを与えるため、自分たちの子供二人を殺してしまいます。
この物語は、愛する人に裏切られた女性の怒りと悲しみ、そして復讐の恐ろしさを描いています。メデイアの行動は極端ですが、彼女の感情の激しさは多くの人の心に響きます。
アイスキュロス『オレステイア』三部作
アイスキュロスの『オレステイア』は、一つの家族の悲劇を通して、復讐と正義の問題を探る物語です。
『アガメムノン』: 戦争から帰ってきた王様が、妻に殺されます。妻は、王が娘を生贄にしたことへの恨みから、この行動を起こします。
『コエーポロイ』: 殺された王の息子オレステスが、父の仇を討つため母親を殺します。彼は父への義務と母への愛の間で苦しみます。
『エウメニデス』: オレステスは母を殺した罪で裁判にかけられます。最後は、知恵の女神アテナの助けで無罪になります。
この物語は、「目には目を」という古い正義の考え方から、法による公正な裁きへの移行を示しています。また、家族の絆、義務、そして許しの難しさについても考えさせられる作品です。
また、古代ギリシャ演劇の喜劇の代表作としては、アリストパネスの作品が挙げられます。アリストパネスは古代ギリシャを代表する喜劇作家で、その作品は「古喜劇」と呼ばれる様式を確立しました。
『雲』
この作品は、ソクラテスと彼の哲学塾を風刺的に描いています。主人公のストレプシアデスは借金に苦しむ農夫で、息子のペイディピデスを哲学者ソクラテスの塾に入れます。そこで息子は詭弁を学び、父親の借金を帳消しにする方法を見つけます。しかし、その結果として息子は父親に暴力を振るうようになってしまいます。怒ったストレプシアデスは最終的にソクラテスの塾を焼き払います。
『リュシストラテ』
この作品は、女性たちが性的ストライキで戦争を止めようとする物語です。アテナイの女性リュシストラテは、ペロポネソス戦争を終わらせるため、ギリシア中の女性たちに性的関係を拒否するよう呼びかけます。女性たちはアクロポリスを占拠し、男性たちの要求を拒否し続けます。最終的に、欲求不満に陥った男性たちは和平交渉に応じざるを得なくなります。
『鳥』
この作品は、理想郷を求めて鳥の国を作る物語です。アテナイの二人の市民、ペイセタイロスとエウエルピデスは、人間社会の問題から逃れるため鳥たちの世界に逃げ込みます。彼らは鳥たちを説得して空中に新しい都市「ネフェロコッキュギア」(雲鳥郷)を建設します。この新しい都市は神々と人間の間に位置し、両者の仲介役となります。最終的にペイセタイロスは神々の権力を奪い、鳥の王となります。
今の価値観からすると「え・・これが喜劇なの?」と思ってしまいますが 笑、
アリストパネスの喜劇は、観客を楽しませつつ批判的なメッセージを伝える巧みな手法で知られ、当時のアテナイの政治や社会問題を風刺的に描いていたものと思われます。
合唱隊が踊る!?古代ギリシャの演劇とダンス
古代ギリシャの演劇は、ダンス文化とも密接に結びついていました。初期の演劇では、ダンスが物語を伝える重要な手段であり、合唱隊が踊りながら登場人物の感情を表現しました。俳優の登場によって演劇はより洗練されたものになりましたが、ダンスは依然として欠かせない要素でした。大ディオニュシア祭では、観客は演技とダンス、音楽が一体となった総合芸術を堪能したのです。
社会的意義が大きかった劇場空間
古代ギリシャの劇場は、紀元前6-5世紀頃、都市国家の発展と共に、建設され、発展しました。
劇場の中心には、「オーケストラ」と呼ばれる円形の演技スペースがありました。その周りを取り囲むように、「テアトロン」と呼ばれる観客席が広がっています。
また、舞台背景には「スケーネー」と呼ばれる建物が設置されました。当初は俳優の控室として使われていましたが、やがて劇の背景として重要な役割を果たすようになりました。この三要素が融合することで、劇場は物語が生き生きと息づく空間へと変貌を遂げたのです。
劇場は通常、丘の斜面を利用して建設され、自然の地形を活かした音響効果を実現していました。円形劇場にすることにより、演者の声が最後列の観客にも届きやすくなるように設計されていたのです。建築資材や観客席の角度などにも音響を良くするための工夫がなされていたといいます。
この半円形の劇場設計は現代の劇場やコンサートホールにも影響を与えています。
舞台に映し出される社会の姿
古代ギリシャ社会は、市民、女性、奴隷、外国人居住者という明確な階層に分かれていました。男性市民が政治的権利を独占する一方、女性は家庭内の役割に限定され、奴隷は市民に所有される存在でした。こうした社会構造は演劇にも反映され、登場人物の身分や立場が物語の展開に大きく影響したのです。
そして、演劇は民主政アテネの理想をも体現していました。市民に選ばれた脚本が上演され、観客もまた作品を評価する審査員の役割を担いました。演劇を通して、人々は自由に議論し、批評し合う。それは民主主義の根幹をなす建設的な対話の文化であり、演劇はまさにその理想の鏡だったのです。
古代ギリシャ演劇の遺産:現代文化への永続的影響
古代ギリシャ演劇は、西洋文化の根幹を形成し、その影響は現代にまで及んでいます。
演劇と文学の分野では、悲劇と喜劇という基本的なジャンルを確立し、劇作の基本構造を形作りました。これらは現代の映画やテレビドラマにも受け継がれており、シェイクスピアをはじめとする後世の劇作家たちに多大な影響を与えています。
建築面では、古代ギリシャの半円形劇場の設計が現代の劇場やコンサートホールの原型となり、優れた音響効果を実現しています。哲学と思想の領域では、アリストテレスの『詩学』に代表される演劇理論が芸術批評の基礎を形成し、カタルシスの概念を通じて芸術の心理的効果に注目しました。
社会と政治の面では、古代ギリシャの劇場は公共の討論や批評の場として機能し、民主主義的な対話の文化を育みました。この伝統は現代の言論の自由にも繋がっています。芸術表現においては、仮面やコロスの使用による独特の表現技法が発展し、現代の実験的な舞台芸術にも影響を与えています。
さらに、古代ギリシャ演劇は神話や歴史的事件の劇化を通じて重要な教育的役割を果たし、文化的アイデンティティの形成にも貢献しました。このように、古代ギリシャ演劇の影響は多岐にわたり、現代社会の芸術、思想、教育など様々な側面に深く根付いているのです。