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西海Freak Story⑤ 「日本一小さな公園」

今日もお弁当を忘れている。

「行ってきます」と慌ただしく玄関を飛び出したお父さん。それをコタツから見送ったのも束の間。ひと仕事終わり仮眠を取ろうと、座布団を二つ折りにするとスマホが鳴った。

「ヒロミ、ごめん!またお弁当忘れちゃった」

「もー!また?」

せっかく昨晩から気合をいれて、クックパッドを見ながらアレコレ考えたのに。スマホを片手に玄関先を覗いてみる。そこには、お弁当がポツリと寂しそうに置いてあった。

「何で台所からは持ち出しているクセに、玄関先で忘れるかなー」

「だから、ごめんだって。お昼のチャイムが鳴ると会社の正門前までに出てくるから持ってきて」

「もー。わかった」

単身赴任でこの松島にある火力発電所で働くお父さん。今は私が冬休みだからって、サボらずにちゃんと仕事をしているか覗いて来て。そんな事言わないで、お母さんが来ればよかったのに「友達と旅行があるから」と茶を濁された。そんなの関係あるかい!

そんな事を思いコタツでまぁるく不貞腐れていると、学生の一人暮らしサイズのテレビからは「今シーズン長崎では初雪です」とアナウンスを告げる春の開花宣言にも似た陽気な声。

その浮ついた女性の声が余計に嫌味ったらしくなり、テレビを消すと倒れて大の字に寝転んだ。

見上げた天井は木製の天井板で所々波打ったり、渦の様な模様がある。そんな模様がぐしゃぐしゃと絡みあれば、やがて顔の様に見えた。

(ヒロミ〜)

(ヒロミ〜)

模様が口にも似た部分からは私を呼ぶ声がする。

(ヒロミ〜)
(ヒロミ〜)

(お弁当〜)

はっとして目が覚めると、時刻は11時30分だった。私はスウェットのまま座椅子に掛かったちゃんちゃこを羽織った。そして、そのタバコ臭いちゃんちゃこ姿のまま、お弁当を手に取り玄関を出た。

外は寒々しい濁った冬空の天気。社員用に支給されているお父さんのネーム入りの自転車に跨ると、ペダルを漕いだ。

キーキー。

漕ぐたびにチェーンの部分から油が足りない音をたてる。しかし、私にはそんなの関係無い。立ち漕ぎになって勢いよく走り出した。

しばらく立ち漕ぎをすると、疲れてサドルに座った。そして更にしばらくすると、たちまち自転車はフラフラと蛇行運転になっていた。

(はぁはぁ)

日頃の運動不足をこの油が切れたオンボロ自転車のせいだと責任転嫁する私。

理不尽すぎて自転車側も堪らない。

そんな些末の末、遂にはペダルの足が停まった。

「きっつ!もう限界」

思わず声が出た。何処かで休憩しようかと疲れて自転車を押していると、目の前に一枚の看板が目に入った。

『日本一小さな公園』

白い看板にはそう書いてあった。私はそのキャッチーな言葉に、まんまと公園を覗いた。ここで休憩しよう。

公園を見渡すとそこにはヤシの木が一本あり、ポツリと木製のベンチがあった。

「ホント猫の額ほどしか無いじゃん!」

偶然にも目の前にいた野良猫につられてそう口を滑らせたけど、確かに狭い。そしてベンチに座って目の前に広がる海を見渡した。

目の前に広がっている冬の海は荒々しく、ギザギザと白波が立っている。おまけに北風を遮るものが何一つも無い。見晴らしの良さが返って仇となった。

全然ちがーーーう!

スマホから検索した「日本一小さな公園」の青々とした風景画像とのギャップに萎えた。

逆に次回こそはこの目で青々とした「日本一小さな公園」を見てやるんだ。そう躍起になって公園に別れを告げる。

「バイバイ。今度は春休みね」

そう言うと、再び自転車を走らせた。

ーーーおわり


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