妄想 短編小説 『6色 運動会』
心地よい秋風がやがて旋風となり、グラウンドを横断した。幼稚園の屋上から扇状に伸びた万国旗もバタバタと踊りだす。
今日は町内にある、ごく一般的な幼稚園の一般的な運動会である。
早速、入場門からは元気いっぱいの園児が入場してきてた。
この日のために新調したのであろう、真新しいビデオカメラを手に撮り身構えるパパや、保護者テントの最前列にて我が子に手を振りながらスマホを構えるママ。
各家庭様々である。
次に、入場が終わり園長先生の前には年長さんの男の子と女の子が前に出てきた。
(せーの)
2人「せんせーい」
男の子「ぼくたち」
女の子「わたしたちは」
2人「運動会の練習をたくさんして来ました。一生懸命頑張ってレースをすることを誓います。お父さん、お母さん、先生、応援してね!」
(パチパチパチパチ)
会場内に大きな拍手が起きる。
次に園長先生がマイクに近付き元気に発した。
「そら組さん基準、体操隊形に開けっ!」
園児「ヤアッ!!!」
ラジオ体操が始まったのである。
(♫〜♫〜)
BGMが鳴り終わると同時に、園児たちは薬指をピタッと太ももに付けた。そして駆け足で退場門を後にした。
プログラムの初めは、乳児による「はいはいレース」である。体操マットが敷かれてママ達は一生懸命わが子に呼び掛ける。
早速、保護者テントからは歓声が聞こえてきた。
「頑張れー!」
「いっけー!」
観客もテントの裏を慌ただしそうに行ったり来たりと、段々と盛り上がって来たようだ。
続いては、年中さんによるかけっこである。
「位置について」
「よーい」
(パーーーン!)
年中さんにもなると、迫力が増していきレースにも見どころが増してくる。
「頑張れー!」
「いっけー!」
観客も次第に熱を帯びていく。
「位置について」
「よーい」
(・・・!)
(パーーーン!パンッ!!!)
「さとし君フライングにより失格!」
多少、残酷のような気もするが、この幼稚園でのルールである。因みにF1(フライング1回)となりさとし君は次回出場停止である。
「あ~」
保護者テントからも落胆の声が聞こえる。観客はテント裏に位置する(ある)場所に行ったり来たりと忙しそうだ。
そしてついに、メインレースである年長さんによるかけっこが始まる。
(場内締め切り5分前)
保護者テントの横にある電光掲示板が、愉快なBGMと共に締め切りを知らせていた。
(場内締め切りました)
可愛らしいPOPなウサギのキャラクターが、看板を手にして締め切りを知らせた。
♪パーッパパーン、パパパーパーンッ♪
甲高いファンファーレが秋晴れの空に鳴り響く。
「選手たちの入場です」
第1コース よしや くん そら組 勝率7.62
第2コース まこと くん うみ組 勝率7.23
第3コース たかゆき くん やま組 勝率6.96
第4コース ゆうき くん そら組 勝率7.03
第5コース なおや くん うみ組 勝率7.30
第6コース こうじ くん やま組 勝率7.15
「位置について」
「よーい」
「パーーーン!」
流石に年長さんにもなると横一線、みんな見事なスタートである。
しかし、スタート直後の直線にて多少のバラつきが生まれた。そこを上手く入ってきたのが、5コースのなおや君だった。
(タッタッタッタッ)
(頑張れー!)
なおや君は4コースのゆうき君をふさぎ込むように内へと入り込み、その勢いのまま最初のカーブへと差し掛かった。
そこへ最短コースでもある1コースのよしや君が、勢い良く伸びていき、5コースのなおや君との一騎打ちとなった。
(タッタッタッタッ)
(行けーーー!)
両者一歩も引かないデットヒートを繰り広げる。会場内も本日一番の盛り上がりである。
「なおや、捲れー!」
「よしや、そのまま逃げてー!」
そして次のコーナーに差し掛かる時に、よしや君はなおや君に捲られまいと張り合うようにコーナーに入った。
(タッタッタッタッ)
お互いがやり合い膨らんだ所を、狙っていたかのように6コースのこうじ君が最内を指してきた。
「こうじー!」
「いいぞ、行けーーー!」
そして最終直線は、よしや君、なおや君、こうじ君の三つ巴の闘いとなった。
ゴールテープを手にする先生達も固唾を呑みながら見守った。
「ゴーーーーール!」
勝ったのは6コースのこうじ君だった。
結局、最後のコーナーから勢い付きゴールテープを切った時には一園児分の差が付いていた。
「こうじ君、おめでとう!」
「頑張ったなー!」
「ありがとう!」
(ありがとう?)
保護者テントからは拍手と労いの言葉が向けられた。
(パチパチパチ)
保護者達や先生達の感動の拍手が、秋の空に鳴り響びく。
今年の運動会も無事に終了する事が出来た。
そして、テントの裏では券売機に並ぶ観客達で溢れたのだった。
ーーーおわり