旅のしおり
空港での出来事です。
手荷物検査でリュックとスニーカーをそれぞれトレーに乗せてレーンに流すと、リュックが再検査レーンへと流れていきました。
モバイルバッテリーで引っかかる人が多かったから私もそれだろうかと、レーンの奥のスタッフのもとへ向かいます。
にこやかなスタッフが「Sorry〜」とポーチの中身を丁寧に取り出し、再度レーンに流しました。
そうして2回目の検査が終わると、またしても再検査レーンへと流されるリュック。
「Sorry..」
申し訳なさげに、今度はリュックの中身のほとんどをトレーに並べ出すスタッフ。
私としては別にやましいものはないため、今並べてくださっている服はひとつも洗濯してませんよ♪と、懸命に働くスタッフに対する最低ジョークを心の中で伝えつつ、明るい気持ちでリュックを見送りました。
そして3回目の検査。
やはりひっかかる。
「Sorry..」
完全に空になったリュックのメイン機室やポケットを何度もひっくり返し、2人がかりで私の荷物を一つ一つチェックする。
最初はにこやかだったスタッフから、若干疑いの眼差しを向けられている気がする。
「靴は履いていいですか?」
すっかり笑顔が消えてしまったスタッフに許可を取り、完了レーンにぽつんと流されていたスニーカーを回収して戻ると、神妙な面持ちのスタッフらに囲まれました。
そして聞かれる。
「Do you have Snake?」
スネーク?
聞き取れている自信がなく、何度も「え、スネーク?スネーク??」と指や腕をうねうねさせたりして、本当にあの動物のヘビのことを言ってるのかを聞こうとするもまったく伝わらず。
うねる私を無視して話し合う彼らの間で、何度も「Snake」らしき単語が飛び交っていた。
もしこれでスネークじゃなければ、私はただの踊り人。
私はスタッフの立場になって、一体何を探しているのか、スネークとは何なのかを一生懸命考えました。
仮に文字通りのスネークだとして、一般人が持っている可能性があり且つ機内に持ち込めないスネークと言ったらなんだろう。
ハブ酒?
しかし持ち物の液体はほぼ手放していて予備のコンタクトぐらいだし、そこにハブは入っていない。
スネーク、、酒、牙、毒、力、悪、、、
もしかして、、!
とても無職とは思えないほど頭が冴えている私。
スネークとはズバリ「いけない薬の隠語」ではないかという結論に、自力で辿り着いたのです。
私は慌ててポーチから放り出されたビオフェルミンを取り上げ、
「ヘイ!これはサプリです」と懸命に伝えました。
「まだ検査中なので触らないで」と、ビオフェルミンを置くよう指示するスタッフ。
Sorry..
引き続きスタッフ達がスネークとやらを探しながら、モニターと私を交互に見ては
「Do you have Snake?」と聞いてくる。
「スネーク?」うねる私。
いよいよ分からない。
翻訳アプリを使いたいけど携帯も触らせてもらえない。
私はとにかく怪しまれそうなものを指さしては
「このケーブルですか?(本当スネークの線)Sorry..」
「このお土産のミントタブレットですか?(隠語スネークの線) Sorry..」
「この龍角散ダイレクトですか?(隠語スネークの線) Sorry..」
そのとき一人のスタッフが、リュックの中で唯一見ていないポケットの存在に気がつきました。
そこは本来リュックの背面パネルを入れるためのポケットで、私はパネルを抜いてそこにジップロックに入れた文庫本2冊をしまっていました。
再び検査レーンに通しモニターを確認。
「これだね」というように頷き合うスタッフ達。
「本の中に入れてるものを見せてくれますか?」
え、ここにスネークが?
なんだろう、まるで身に覚えがない。
ただの本なのに、開くのが怖い。
しかしたとえ身に覚えがなくとも、私の本から"スネーク"が見つかったなら、それは私の罪。
捕まれば、きっともう日本の家族や友人には会えないのだろう。
ありがとう、さようなら。
私は覚悟を決め、震える手で本を開きました。