龍虎詣の不思議
毎年
暮れの御挨拶に伺う御家がある。
私にとって いちばんヨリドコロとなる 敷居。
おこがましくて跨ぐのも憚られる 御家だが 若気の至りで飛び込んだご縁で今も変わらずお導きをいただいている。
いつもその御家に伺う前にお清めの意味で神農さんへ お参りする。
薬の神様だけあって 気付け薬のようでもあり 雑菌を払い落としてもらえそうな御利益も感じる。
考えてみれば もう30年近く参るだろうか。
今年の社は寅年から辰年になったので龍虎詣と称して特別ご神徳がある年と言われている。
去年の年末に詣でた時 すでに掛けられていた幔幕も1年を経て落ち着いた和らぎを見せている。
静かに今日の訪問の無事を祈り 大楠に そっと触れる。
注連縄より少し下あたり…。
お供え物に囲まれた本殿の虎にも御挨拶してひととき満ちた気をいただく。
(今日 訪問で何をお話しようか……
何を お聞かせて下さるだろうか……)
緊張する心の隅で 少しシュミレーションしてみる。
ある程度方向が定まると 去年いただいた宿題に どれ位おこたえできたか自己分析にはいる。
ちょっとだけ変わったようで飛び抜けた進歩の実感がわかない1年のような気もしてくる。
深呼吸 最後の息ををはいて
心落ちつけて虎と龍に聞いてみる。
そう言えば龍虎の絵は 只ふたつが対峙するだけで噛みつきあっているのを見たことがない。
丸1年にらみあったままの龍虎…。
良い関係とは どちらかが圧倒的に上だとか下だとか争うものではなく、言うべき事は言いあえる間柄にあり 均衡を保ちながら しかもピリッとした緊張を持ちうる関係が望ましく思われる。
この龍虎の幕も あとわずかで仕舞われる。
この暮れにまた 清々しい神前に立てた安堵を胸に 目指す御家に向かう。
門を開けて「ごめんください…今日お約束した~です。」と申し上げると おつとめのかたが出てこられる。「どうぞ お2階へ」と案内される。
「少々お待ちを…」と 先ず お菓子と ご一服が出される。
有り難く口をつけると ご主人がすぐ部屋に入ってこられる。
ソファーから立ち上がり「今日はお忙しい中お時間有難うございます。御挨拶に参りました。ご笑納ください。」粗品をお渡しする。
しばし今年の事をご批評いただき
新たに来年の課題を賜る。
ふとした話しの流れの中 ご主人が「色々あったけど あなたとも長い付き合いになりますね… 」と しみじみおっしゃっていただいたので 思わず涙が溢れた。
一言に30年と言ってしまえば 呆気ないが ご主人も歳をとられて小さくなられたし 私の様子も随分と変わってしまった。
来年は また一味違う自分をお見せしたいと心から思った。
特別な事は要らないから
何かあれば いつでもおたずねできる関係でいられる幸せをかみしめた。
仕事以前に
大切にしなければならない誠実がある。
穏やかなご主人に
先代のご主人の面影が
僅か重なって見えた。
時間によって醸される信頼
今さらながら
出会い ずっと繋がっていられることの 尊さが身に染む。
俄然やる気が出てきて
年末年始は
のんびり休む気に
なれそうにない。