きらいになりたくない。
夕刻、不動産屋めぐりにと駅まで自転車をこいでいると交差点で対自転車と衝突した。
「うわっ、避けれない」と思った直後、相手の自転車の後輪にぶつかってわたしはカゴの中のものとともに地面に放りだされた。
とっさにまず確認したのは服が破れていないかで、なんなんだと自分に思いながらも買ったばかりの一番お気に入りの洋服は無事でほっとしたのもつかの間、相手方の自転車はすでに走り去って行った後だった。
向こうは倒れもせず、文句もなにも一言も発せずそのまま走り抜けて行ったらしい。
数秒間の出来事だったとおもう。
わたしの側も指と爪に擦り傷を負い、膝を強打したもののその他大きな怪我はなく、自転車もかごが歪んだ程度で済んだので不幸中の幸いだったのかもしれない。
丈夫に産んでくれた両親には改めて感謝したいところだ。
でも、倒れてすぐは結構呆然としてしまったし混乱もしていた。
手が震えていて、どこか遠くのほうで「あぁ、こわかったよね」と考えている自分も感じた。
この街がすごく好きで、大切な場所だとおもつていたからわりとかなしかったんだとおもう。
でもその後すぐ通りかかった自転車に乗った女性が「大丈夫ですか?」と声をかけてくださって、すこし落ち着いた気がする。
まだ混乱していてふるえも止まっていなかったけど、「大丈夫です」というほかにこたえる言葉を持てなかったけど、その一言の気遣いにだいぶ救われた。
急いでいたのと返却したい本を積んでいたのでとりあえず血が流れる指のままで図書館に向かい、水道で傷を洗い流して絆創膏をもらった。
そこでも司書さんのおもいやりをありがたく感じた。
「それにしてもまぁこのタイミングで」と苦笑したくなったのは、ちょうど自転車事故を扱った小説を読んだ直後だったからだ。
小説の中でもやっぱりぶつかった相手はそのまま走り去ってしまい、のこされた方はかなり大きな怪我を負って、その親族が犯人探しをするというようなストーリーだった。
今回はそんな大事にはならずに済んだけど、本当に起こるのか、と身をもって実感した。
膝の打撲はちょうど正座をする時に床につく場所なので数日間はつらそうだし、親指の傷もいつも以上に注意して仕事に当たらねばというところ。
もうすぐ去ろうとはしているけどこんなことでこの場所をきらいにはなりたくなかったから、ぶつかって終わりにならなくてよかったとおもう。
もちろん相手の方も自分も大事に至らなくてよかった。
そして助けてくださった方々がいてよかった。
ありがとうございます。
また、お目にかかれますように。
おくり化粧師 Kao Tan
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