2. 映画『おくりびと』がもたらした変化
納棺師の木村光希(きむら こうき)です。
だれかの大切な人である故人さまと、大切な家族を亡くしたばかりであるご遺族の、最後の「おくられる場」「おくる場」をつくることをなりわいとしています。
映画『おくりびと』がもたらした変化
ぼくが納棺師だと名乗ると「ああ、『おくりびと』ですね」と言われることも少なくありません。
『おくりびと』とは本木雅弘さん主演の映画で、チェロ奏者として夢破れて地元に戻り、ひょんなことから納棺師になってしまった男性とその妻、そして地域に暮らすひとたちを描いた物語です。
2008年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、話題にもなりましたから、この映画をきっかけに「納棺師」という職業をはじめて耳にしたという方も多いのではないかと思います。
じつはこの『おくりびと』では、納棺師である私の父が、納棺の技術指導を務めています。
「新米納棺師」となった本木さんに儀式をおこなう意義や流れをご説明し、故人さまをおくるための美しい所作のつくり方をお伝えしました。
故人さまのお身体を拭き、清める。
仏衣にお着せ替えをする。
お顔にお化粧をほどこす。
髪を整える。
そうしてすべての身支度を整えたら、棺に納める。
『おくりびと』でも描かれたとおり、これが納棺の儀式のおおきな流れとなります。
映画ではこうした「仕事内容」だけでなく、ぼくたちの矜持まで描いていただけました。
美しい立ち居振る舞いを大切にしていること。
故人さまへの強い敬意。なにより死に携る人間としての哲学。
ふだんぼくたちが密かに大切にしていることが、主演の本木さんの凜としたたたずまいによって見事に描き出されていたと思います。
この映画のおかげで、納棺師という職業の知名度が上がりました。
また、周りからはずいぶんイメージが変わった、とも言われます。
それまでは縁起が悪い、穢れ(けがれ)だと忌み嫌われたり、避けられたりする部分も少なからずあったのです。
ぼく自身、「他人の死で食っている仕事」と言われたこともありましたから。
ともかく、『おくりびと』というすばらしい映画によって、ぼくたちの仕事はただの「亡くなった方をお棺に納める作業」ではないと知ってもらえました。
納棺とは、旅立つひと、遺されたひとの双方にとって大切な儀式。
納棺師とは、ご遺体にもっとも近く、同時にご遺族にもっとも近い存在。
そんなぼくたちの仕事の本質を認識していただけるようになった、と誇らしく感じています。
そしてぼくは映画『おくりびと』が公開された数年後、この「本質」をより追究するために、納棺師でありながらいままでにない葬送のかたちを生み出しました。
それが、打ち合わせ(お見積もり)から納棺、葬儀、そして火葬までひとりの納棺師が寄り添う「おくりびとのお葬式」です。
基本的に、納棺の儀式以外の時間には一切タッチできなかった納棺師が、最初から最後まで一貫して伴走する。
それを実現するため、スタッフは全員納棺師という、非常にめずらしい葬儀会社を立ちあげたのです。
つづく
※本記事は、『だれかの記憶に生きていく』(朝日出版)から内容を一部編集して抜粋し、掲載しています。