香りを描く、新しい体験づくり
PROJECT NOTE
香の具 kanogu(GRASSE TOKYO株式会社・東京)
デザインの仕事を通じて、ものづくりに関わる人たちと、実際にものを使う人たちをつなげたい。その想いが形となった一つのプロジェクトが、2019年度東京ビジネスデザインアワードを通じてGRASSE TOKYO株式会社と取り組んだ共創プロジェクトです。
共創で生まれた「香りを贈る」新しい体験
このプロジェクトの起点となったのは、「香り」というテーマでした。GRASSE TOKYO株式会社はアロマ製品製造の豊富な経験を持つ企業ですが、従来のアロマ製品に留まらない新たな価値を探していました。その中で、私は「香りを塗ることができる水彩絵の具」というアイデアを提案しました。題して、「香の具」。香りを混ぜた絵の具というわけです。この製品は、香りのブレンドを楽しむだけでなく、自分が描いた絵や文字に香りを定着させることで、贈る人の個性や気持ちを表現するという新しい体験を提供します。
発想の背景とデザインの役割
このアイデアは、「視覚と嗅覚を融合させるデザインは可能か?」という問いから生まれました。香りは、見えないけれど記憶や感情と深く結びついています。一方で、視覚は人が最も多くの情報を受け取る感覚です。この二つを組み合わせることで、人々の心に残る特別な体験を作りたいと思いました。
実際にプロジェクトを進める中では、多くの課題がありました。例えば、香りを絵の具に定着させる技術や、香りのバリエーションをどう提供するか、また使い心地の良さをどのようにデザインに落とし込むか、といった細部まで検討を重ねました。ここで重要だったのは、GRASSE TOKYOさんとの綿密なコミュニケーションと試作を繰り返すプロセスです。製造技術とデザインの視点を持つ双方が手を取り合うことで、単なるアイデアが具体的な製品へと進化しました。
商品化とその成果
完成した「香りを塗る水彩絵の具」は、発売直後から大きな反響を呼びました。特に、「香りを贈る」という新しいコンセプトが多くの人々の共感を呼び、日本文具大賞2020 機能部門優秀賞や第15回キッズデザイン賞を受賞するという名誉をいただきました。
また、この製品はテレビや雑誌などの各種メディアでも取り上げられ、多くの方にその魅力を知っていただく機会が広がりました。私自身、このような形で自分のデザインが社会に広がり、人々の生活を彩る一助となったことに、深い喜びを感じています。
このプロジェクトから学んだこと
今回のプロジェクトを通じて、改めて実感したのは、「共創」の力です。私はデザイナーとして、アイデアを形にするプロセスをサポートする立場にありますが、その過程で出会う技術者や企業の専門知識がなければ、実現し得ないものばかりです。
また、「新しい価値の提案」には、相手の強みを理解し、それを引き出す視点が必要不可欠です。GRASSE TOKYOさんの香りに対する深い知識があったからこそ、このアイデアを具体化し、成功に導くことができました。
さらに、デザインは単に見た目を整えるだけでなく、「体験そのものをデザインする」という役割を担っています。このプロジェクトでは、「香り」という抽象的な要素を、誰もが直感的に楽しめる形にすることが求められました。その中で、「贈る」という行為にフォーカスしたことで、多くの人の心に響く製品となったのだと思います。
目の不自由な方が表現するツール
絵の具は本来、目の見える方が使うツールです。それが世の中の当たり前でした。香りを加えた絵の具によって、香りをインプットにして目の不自由な方が自由に表現をできることにつなげられればと思っています。
次の挑戦に向けて
私が日々デザインの仕事に向き合う中で大切にしているのは、「誰かの暮らしを少しでも豊かにするデザインとは何か」という問いです。今回のプロジェクトを通じて、「香りを贈る」という新しい体験を提案できたことは、一つの答えだと感じています。しかし、デザインの可能性はまだまだ広がっています。
これからも、様々な分野の企業やクリエイターと協力しながら、新しい価値を生み出す挑戦を続けていきたいと思います。そして、そのプロセスで得た気づきや学びを、こうした形で発信し、誰かの参考になればと願っています。
「香りを塗る水彩絵の具」が生まれるまでのプロセスは、私にとっても一つの旅でした。この旅を通じて得た経験を糧に、また新たな旅へと踏み出していきます。読んでくださった方が、私の経験から何かを感じ取っていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。もしこの記事が気に入っていただけたら、ぜひシェアやコメントで感想をお聞かせください。これからも、デザインの力で人々の生活を彩る仕事を続けていきます。
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